3
外はとても暑くて、ゆらゆらするアスファルトを歩いている人は僕ら以外誰もいなかった。それでもじいちゃんを抱いているのはとても恥ずかしかった。だって、何も知らない人からすれば、僕がペンギンのぬいぐるみを手放せない男子中学生に見えるはずだ。
「じいちゃん、もう帰ろうよ」
腕の中でぐったりとしたじいちゃんはうめいた。
「ス、スーパーに行きたいんじゃ……」
冗談じゃない。家の近くのスーパーには同じ中学のやつやその家族が出入りする。僕のことを知っている人に出会えば、すぐにうわさになって一生いじられるに違いない。
かといって暑さでまいっているじいちゃんを放置することもできない。
困った僕は。
「貴志、ちと汗くさいんじゃが」
「がまんしてよ」
じいちゃんをTシャツの下に隠すことにした。じいちゃんがお腹に直にあたるので、ふわふわとくすぐったい。知り合いにお腹のふくらみを指摘されたときは、夏休みで運動不足ということにする。
「これはペンギンの」
「静かにしてよ」
自分のふくらんだお腹を見て短く言うと、じいちゃんは黙った。僕の腹の上でもぞもぞと動いてたけど、しばらくすると良い体勢が見つかったのか動かなくなった。
冷凍食品やアイスクリームコーナーをぶらついていると、水色のワンピースを着た女の子と出会った。
同じクラスの木村さんだ。木村さんは僕と違って友だちも多く、誰にでも話しかける。とてもかわいくて、そして少し変わった子だ。
「何をかくしてるの?」
木村さんは笑いをこらえながら、僕の異常なお腹を指さした。
「それ、ペンギンの足?」
はっとしてよく見ると、Tシャツのすそからじいちゃんの足が片方だけ見えていた。
さあーっと血の気が引き、僕は慌ててじいちゃんをTシャツの中に押しこんだ。
「気のせいだよ」
「いいでしょ、見せてよ」
木村さんは有無を言わさない強引な笑顔でその場を動こうとしなかった。僕はしぶしぶじいちゃんを引っぱり出す。じいちゃんは何も言わなかった。
「わあ、かわいい。これ、どうしたの」
木村さんにがっかりされるんじゃないかと心配していた僕はほっとする。
「じいちゃんが買ってくれたんだ」
そう言いながらじいちゃんを差し出すと、木村さんは両手で大事そうに持ってくれた。
うそではなかった。
じいちゃんが死ぬ前の年、2人で水族館に行ったことがあった。その水族館にはコウテイペンギンがいて、僕はその大きさと風格に目を奪われその場を離れることができなかった。
じいちゃんはめったにおもちゃを買ってくれなかったけど、その日だけは違った。家に帰るとママはやっぱりいやな顔をしたし、僕も「もう小学生なのになあ」と思ったけど、うれしかったのも本当だ。それ以来、ペンギンは僕の本棚に収まり大切にしていた。
でも、じいちゃんが死んでからはほこりをかぶっていた。
「南くんのおじいちゃんって、南極に行ってたんだっけ」
何も知らない木村さんは目を輝かせ、木村さんの手の中でじいちゃんはぴくりと動いた。興奮しているのか、木村さんはまったく気がついていないようだった。じいちゃんを前にかかげたまま、木村さんは腕を大きく上下に動かす。
「そういえば、B高のオープンスクール、もうすぐだよね! 南極観測隊の先生の話を聞くのが楽しみ!」
にこにこしている木村さんの前で、僕の心はくもっていく。汚れたスニーカーのつま先を見ながら、僕は吐き捨てた。
「僕はA高に行くよ」
木村さんの顔を見ることはできなかったけど、彼女が息をのんだのがわかった。
「そっか。南くんは成績いいもんね」
心の底から残念そうに言うものだから、気づいたときにはアイスクリームよりも冷たい声でひどい言葉を投げつけていた。
「南極なんて、行かない方がいいよ」
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