Ⅷ
朝靄の向こうに、石造りの壁が見える。馬鹿になった左脚を引きずり、杖をつきながら、ジェイコブはゆっくりと『聖都』と呼ばれる都に向かった。何時間もかけて聖都の門前に辿り着くと、自分と同じようなボロ布を纏った乞食たちが列をなしている。列の最後尾に並び、聳える壁を見上げると、何故か懐かしい気持ちになった。
これと同じような壁を、何処かで見たような気がする。何処で見たのかを思い出そうとするが、老いたジェイコブの記憶はどれも朧げで、不確かだ。最近では自分の名前を忘れることすらあるのだからと、ジェイコブは記憶を辿るのを早々に諦めてしまった。
少し待っていると門が開き、乞食たちが中に招き入れられる。門の内側はまさに大都市といった様子で、木造の建物がひしめき合い、石畳の敷かれた通りは老若男女あらゆる人でごった返していた。大通りの側に、他の乞食たちと腰掛ける。そのまま待つと、遠くの方から歓声が聞こえてきた。噂に聞いた、セレス教会の行進が始まったのだろう。
聞けば、一年に一度——至聖日と呼ばれる特別な日に、セレス教会の教皇が直々に街を巡って、貧しい者や、病める者を祝福してまわるという。
老いさらばえ、持たざる者となったジェイコブは、せめて祝福に
歓声がさらに大きく、近くなる。少しして、煌びやかな鎧に身を包んだ聖騎士たちに伴われ、馬車に乗った教皇が姿を現した。装飾の施された法衣姿の教皇は、顔を純銀製の美しい仮面で覆っている。きっと仮面の下の顔は、この上なく尊いものなのだろうと、ジェイコブは思った。
教皇の真後ろを、真珠色の髪を束ねた美青年を先頭に、純白の装束を纏った祓魔師の一団が行進している。荘厳な、神々しさすら覚える光景だった。
教皇の馬車が近付いてくる。
「俺は天国に行きてえ! 祝福を! 祝福をぉぉぉ!」
ジェイコブが両手を広げて叫ぶと、それに気付いた教皇が、ジェイコブの方に手を振った。
老人は、何故、教皇の振る手には指が一本も無いのだろうかと、不思議に思った。
盲目の教皇は、何故、群衆から聞こえてきた叫び声に聞き覚えがあるのだろうかと、疑問に思った。
こよなき悲しみ 第四話 寄る辺 かねむ @kanem
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