Ⅳ
翌朝、ハリエットは仲間達に旅を続けるよう告げ、自身はエマニュエルを伴って聖者の元へと向かった。街道を避け、草原を進みながら、ハリエットが歌を口ずさむ。
貴方の手、あたしの目——。
貴方によく似た、小さな手——。
あたしによく似た、可愛い目——。
ふたりによく似た、その笑顔——。
笑ってて。待っていて——。
あたしがいくまで待っていて——。
哀しげな調べに乗せて、ハリエットはそう歌った。
「その歌は?」
エマニュエルが訊ねると、ハリエットは歌うのを止め、寂しげな笑みを浮かべる。
「娘の歌。旅するときにいつも歌うの」
「お子さんが居たんですか。そうは思えませんでした」
「それってどういう意味よ?」
ハリエットが少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「お若く見えますし、ハリエットさま自身がなんだか子供らしい感じがしたので」
答えると、ハリエットがエマニュエルの肩に拳骨を食らわせる。正直に答えただけなのに何故怒っているのかと、エマニュエルは首を傾げた。
「ふん。いろんな知り合いから『あんたは余計なことばっかり言う』って言われてきたけど、あんたはあたしより
呆れたように笑った後、再びハリエットの表情が寂しげなものに変わる。
「結構若いときに出来た子だったからね。生きてれば、もうすぐ九つかな……」
その言葉の意味するところを察し、エマニュエルは口をつぐんだ。人間の死について何か言うと、いつも相手は怒り狂うか、泣き崩れるからだ。幸い、ハリエットはエマニュエルが沈黙しているのをなんとも思っていないようだった。
「旦那は、カーザの兵士に殺されたって聞いた。もしかしたら何処か遠くの娼館に入り浸ってるのかもしれないけど、あの人はあたしにぞっこんだったから、帰ってこないってことは本当に死んだんだと思う……」
語りながら亡くした者を思い出しているのだろう、ハリエットの目から、涙が零れ落ちる。
「娘は二年前に疫病にやられてさ……医者は兵士の治療で忙しかったから、何もしてやれなくてね……今でも思い出すと辛いよ」
堪らなくなって立ち止まり、嗚咽を漏らすハリエットを、エマニュエルはただ静かに見つめていた——この若き未亡人、子を喪った母親は、自分が何か言えば泣き崩れる方なのだと思いながら。
「……ごめん。泣いちゃって」
ひとしきり泣いた後、ハリエットは落ち着きを取り戻し、笑顔を見せた。
「家族をみんな失って、生きる希望も無かった時に、聖者様と巡り逢ったの。死んだら天国が待ってるって教えてもらってからは、また前を向いて生きられるようになった……」
「——だから、同じ教えを広めようとしているのですね」
「うん。あたしみたいな人が、絶対ほかにも居るはずだから……」
そう言って、ハリエットはまた歌い出す。何度も繰り返し、聖者の元に着くまで歌い続けた。
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