第4話

「今度はあなた方お二人の事をお聞かせくださいな」

 柔らかな笑みを浮かべ、エリアナは静かに掌を向けた。

 すると、これまで無言を貫いていたビアナの侍女が深く腰を折り、「恐れながら王妃様」と切り出した。

「私が、お二人のご紹介をさせていただきとう存じます」

 彼女はすっとビアナを手で示し、

「まずこちらのお方が、第一王女ビアナ様でございます。当国では『宝石のように美しい』と噂されることも少なくありません。また美術についての造詣が深く、……」

 ああ、またか。

 寂しくなる感じもしたが、仕方のないことだとリジーナは割り切っていた。

 当然ではあるが、昔から、こういった社交の場では第一王女であるビアナの紹介が優先されてきた。他国の王族などがフォルティス国へ訪れ挨拶を交わす時も、リジーナの侍女であるアルネは毎度のように何か用事を言いつけられ、同席させてもらえない。

 姉の侍女の口からは、ビアナがいかに素晴らしい淑女であるかということがあることないこと混ぜて語られる。当のビアナは恥ずかしそうな素振りを見せているが、満更でもなさそうだ。

「申し訳ないのですが」

 そんな侍女の声を遮り、フォセカが口を開いた。

 彼女は怪訝そうに口を噤み、ビアナは眉間に皺を寄せる。

「次の王女様の紹介もしていただけませんか」

 そう続けた彼は、ふいっと一瞬だけリジーナを見た。

「私たちは初対面ですので、お二人のことをよりよく知りたいのです」

 リジーナから移した視線を侍女に向けたフォセカの顔には、最初に会った時の微笑みは浮かんでいない。

 侍女は明らかに戸惑っていた。それもそうだろう、こうした機会があるたびにビアナの事ばかり語り、リジーナについてはまともに説明したことがないのだから。

「あ、ああ、大変失礼いたしました。こちらのお方が、第二王女リジーナ様で、」

「それは存じています」

 気のせいか先ほどより幾分低い声に、侍女の額に汗がにじむ。

「そう、ですね、リジーナ様は、薔薇色の瞳が大変お美しいと……」

 そんなこと、一度も言われたことがない。血の色のようで気持ち悪いとビアナに罵られたことはあるが。

 あからさまに狼狽する侍女に、ビアナは「もういいから黙ってなさい」と苦々しげに呟いた。

「大変失礼いたしました。申し訳ありません、彼女はこういった場に不慣れですの」

 私にフォローさせるなんて、と言いたげなビアナは精一杯の謝罪の意を込めてフォセカとエリアナに頭を下げた。リジーナも慌てて「申し訳ありませんでした」と続く。

 恐る恐る頭を上げた時、またあの大剣が目に飛び込んできた。

 ――やっぱり、引き寄せられている気がする。

「リジーナ王女、どうなさいました?」

 それに気づいたのか、エリアナ王妃に声をかけられた。

「えっ、あ、その、……」

 まさか「剣に見惚れてしまって」とも言えずに口籠ってしまう。しかし、

「王女様はあの大剣に興味がおありのようですね」

 フォセカにさりげなくそう言われ、リジーナは思わず頷いてしまっていた。

「そうでしたか。折角ですから、この大剣について少しお話しましょうか」

 リジーナの振る舞いはいささか失礼なものではあったが、エリアナは膝の上で指を組み、どこか嬉しそうに目尻を下げる。

「我が国が出来る前の話です。群雄が覇権を競い合っていた時代、一人の英雄がこの大剣を用いて戦い、見事勝利をおさめ、この国を作り上げました。以後、この大剣は国王の象徴として玉座に飾られるようになったのです」

 話を聞いてからもう一度見た大剣は、格別に美しく見えた。

 この国の歴史について詳しく知りたい。そう思い始めた時だった。

「ところで、一つお伺いしたいことがあるのですけれど」

 会話に置いて行かれたビアナが、注目を取り戻そうとするかのように向日葵色の手袋に包まれた手を上げた。

 私にだって、女王陛下と対等に話す権利はあるわ。そう言っているかのような目だった。

「私たちは祝宴にお招きを受けたのですけれど、馬車は私たちの国のものしかありませんでした。他の国の方々はどうなされたのでしょうか」

「確かに、不思議に感じられましょう。それについて説明させていただきますね」

「えっ、母上」

 言い終わらないうちに、フォセカが戸惑ったように小さな声を上げた。あからさまに取り乱しているわけではないが、目が泳いでいる。

 しかしエリアナはフォセカの声を聞き流し、

「実は、先日フォセカは十八歳を迎えたのです」

 いたずらに成功した子供の様に嬉々として語りだした。その隣で、フォセカは苦々しげな表情を浮かべている。

「先ほど申し上げましたように、フォセカはやがて王位を継ぎます。その為にも結婚を、と思いまして」

「ということは、今回私たちが招かれた理由は」

「フォセカの未来の妃を決めるためです」

 先ほどの表情とはまるで違い、姉妹の人柄や王族としての品格を見定めするかのようなエリアナの目に、リジーナの背筋に緊張が走った。

 さすが実権を握っているだけあるというべきか、その目は母のそれより怖い。しかし恐怖だけではない、不思議なことにどこかほんのりとした温かさを感じる。

「でも、どうして私たちだけが?」

 純粋な疑問を口にし、リジーナは返答を待つ。

 ガニアン国ほどの大国にもなれば、フォルティス国のような小国以外にもっと大きな国の姫を招くこともできるだろう。

 エリアナは一つ頷くと、

「フォルティス国は気候に恵まれ、幾種類もの貴重な薬草があるでしょう。その薬草はあなた方の国でしか採れない貴重なものであり、非常に高価なものなのです。それに、我が国は医術が発達しておりますが、あなた方の国のように薬学は発展していません」

 つまり、フォルティス国の姫を息子に嫁がせることによって、高度な医療を実現し、薬学を発展させようというのだろう。

 リジーナが頭をフル回転させる前で頬を緩めたエリアナは、「ああ、そうだわ」と何か思い出したようにぱんぱんと手を叩いた。すると、廊下に控えていたらしい貫禄のある男性が姿を現した。王家の執事と思しき男性はエリアナとフォセカ、そして姉妹に一礼すると静かに二人の前に立った。

 その手には、金色の装飾が美しい宝石台があった。そこには三種類の首飾りが収納されている。

「まあ、なんて素敵なネックレス!」

 ビアナは少女のように目を輝かせ、感嘆の吐息を漏らした。

 首飾りはネックレスが二つと、それに挟まれるようにペンダントが並べられていた。

「歓迎のしるしに、お二方に一つずつ贈ります。どうぞお好きなものを選んでください」

 その一言に、ビアナはますます目を輝かせた。

 男性は一歩踏み出し、ビアナに宝石台を差し出した。

「どれも素敵ですわ……手に取ってみても?」

「ええ、構いませんよ」

 どうぞ、と促され、ビアナは慎重にネックレスの一つを手に取った。小振りではあるが、ピンク色が鮮やかなロードクロサイトが連なり、所々にアクセントとして繋がれたサファイアが美しい。しかし好みに合わなかったのか、ビアナはそれを戻してもう一つのネックレスを手に取る。

「これは、全てダイヤモンドかしら? 花の意匠が素晴らしい」

 リジーナは姉が持ったネックレスを見て、気づかないうちに「きれいだわ」と呟いていた。

 彼女が手にしたネックレスは、口にした通り全てダイヤモンドで作られていた。首に下げればちょうど鎖骨のあたりに、まるで雪の結晶のごとく宝石で出来た花が幾つか咲くつくりになっている。

 よほど気に入ったのか、次第にビアナの頬が薄い桃色に染まっていく。

「これにしますわ」

「気に入っていただけましたか?」

 それでは、とエリアナがフォセカを横目に見た。何を指示されたのか分かったのか、彼は段を下りビアナからネックレスを受け取ると、背後に回ってそれを首に飾った。

 嬉しそうに微笑むビアナを横目に、リジーナは宝石台に残ったネックレスとペンダントを見つめた。

「リジーナ様も、お一つ」

 エリアナの声とともに、男性がリジーナの前に移動する。リジーナは「ありがとうございます」と頭を下げ、宝石台に目を向けた。

 派手好きな姉は見向きもしなかっただろうペンダントは、並べられていた三つの中では一番地味だ。楕円形に削られた薄黄紫のアメトリンと、その淵を彩る小粒のクンツァイト。それ以外に宝石は使われていない。

 しかし、なぜだろう。

 ――なんだか、引き寄せられてるみたい。

 大剣を見た時に感じたものと同じだ。その不思議な感覚に戸惑いそうになるが、リジーナは迷うことなくペンダントを手に取った。

 その瞬間、

「!」

 手に触れたペンダントが、眩い金色の光を放ったのだ。

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