第6話 定番
近くにある木にブルファンをぶら下げて、ユキノがテキパキと解体していく。
魔石という魔法を込められる鉱石があるので、そこから水の魔石を使いながら。
俺は洗った部位を受け取り、それを木の串に刺して焚き火の近くに置いていく。
すると、すぐに胃を刺激する肉の香りがしてきた。
「うー、お腹空きましたー。持ってきた食料はほとんど使っちゃいましたし」
「だなぁ……黙っていればご飯が出てくる王宮が懐かしい」
「ほんとですよねー。というか、別に出ていかない方法もあったんじゃないですか? 実際、追放を反対する人たちも多かったとか。私を含めて、ご主人様に命を救われた方も多いですし。特に冒険者メンバーと、その依頼で助けた人たちとか」
「まあ、その可能性もあったな。だが、そうすると未来が変わってしまうかもしれない。何より、もう面倒事はごめんだ」
「あらら、後半が本音ですねー?」
「そんなことはないさ……ただ、あいつらには悪いことをしたかな」
俺はルート回避のために、ユキノの他にも物語と関わりのない連中を仲間にしていた。
お金を稼ぐことだったり、自分を鍛えるためだったり、情報を集めるために。
しかし、何人かにはついてこないように説得をしたが……数名には黙って出てきてしまった。
「多分、泣いてるか怒ってるかですねー」
「だよなぁ……ただ、あいつらの生活を壊すわけにはいかんし」
そんな会話をしていると、最初に焼いていた肉が良い感じになった。
「おっ、とりあえず食べちゃうか」
「あっ! ずるいです! 私はまだ解体してるのに!」
「はいはい、わかってるよ。ほら、食べなさい」
ユキノの両手は塞がっているので、串焼きを口元に差し出す。
「えっ? い、いや、その……」
「おい? これで恥ずかしがるなよ? 普段は夜這いをするくらいだってのに」
「それとこれとは話が別です! むぅ……ご主人様はデリカシーがないですね」
「なんでディスられてるんだ? いいから、はよ食べろって」
「……はい……あーん……もぐもぐ……美味しい!」
「そいつは良かった」
「えへへー、もう一口ください!」
「はいはい」
……いかん、食べる様がエロいとか思っては。
そもそも、こいつは誰もが振り向く超絶美少女だ。
破滅フラグを回避するまでは、そんな余裕もなかったが……これからはやばいな。
こいつは俺の子種を欲しがってるから、俺の自制心に期待するしかない。
……あまりあてにならないかもしれない、何か対策を考えなくては。
「どうしましたー?」
「いや、なんでもない。さて、ひとまず俺も食べるとするか……うまっ」
かぶりついたバラ肉からは、旨味たっぷりの脂がじゅわっと溢れてくる。
噛めば噛むほどに出てくる、野性味のある力強い味もいい。
「私は城にある食事より、こういうのが好きですねー」
「まあ、いいたいことはわかる。あっちはコースだし、お堅いからな。俺も、本来はこっちの方が好きだし」
「じゃあ、次はロース肉を食べたいです!」
「へいへい、わかりましたよ。ただ、塩を使いすぎると無くなるか。割と貴重な調味料だし」
「この辺には海はないですからねー」
「そうなると、岩塩を探すかぁ……まあ、今はいいか」
面倒な考えは置いておいて、次に焼けたロース肉を差し出す。
「あむっ……んー! 柔らかくて美味しいでしゅ!」
「でしゅって……食べらながら喋るなって」
「ひゃい! ングング……ぷはぁー」
こうして食べる姿は、最強キャラの一人とは思えない。
年齢も十八歳だし、見た目はただの可愛い女の子だ。
ユキノは隠しキャラで、関わらないと死んでしまう設定だから助けられて良かった。
「ったく……どれ、俺も——柔らかいな。溶けるとはいわないが、思ってたよりは良い」
「ですよね? なんか、向こうで食べるより美味しい気がします?」
「あぁー、締まってるというか……野性味があるってことか。王都にいたのは家畜化された魔獣で、かなり太らせてたし」
「あっ、そういうことですか。確かに、冒険者活動中に食べた魔獣の方が美味しかったですねー」
「特に、ここには食べられる物が少ないだろうし。まあ、それでも生き残るのが野生のブルファンってことか」
「なるほどー……さて、解体もある程度終わったのでゆっくり食べましょー」
内臓系は食えないことはないが、今回はやめにしておく。
こんな何もない場所で、二人しかいないのに体調を崩したら笑えない。
そして星空の下、ゆっくりとした食事を済ませると……。
「……何かきますね?」
「うん? あれは……犬? いや、狐系か?」
暗闇から、銀の毛皮の小さな狐が現れた。
あちこちから血を流してふらふらしている。
「これは珍しい魔獣ですねー。絶滅危惧種で、神速の魔獣と言われる風狐の子供です」
「 何? あれがそうなのか……」
その名前は聞いたことがある。
賢い知能と鋭い爪や牙を持ち、風魔法をも使う最強の魔獣の一角だと。
ただし生まれてからすぐに親元を離れるので、その生存率は低いとか。
それゆえに、生き残った個体は化物クラスになるらしいが。
「どうします? どうやら、戦闘に負けたみたいですね」
「冒険者的にはどうなんだ?」
「賢く人を襲うことはないので依頼が出ることはありませんね。むしろ、危険な魔獣を倒してくれるので。何より普通は勝てませんし、出会うのが難しいですし」
「そうか……なら、無理に殺す必要もないか」
「それが良いと思います。獣人族の間では、神聖化する者達もいるくらいなので」
「わかった。ほら、これでも食べるか?」
怪我もそうだが、見るからにやせ細っておりお腹を空かせているようだ。
そいつに向けて、臓物系を投げてみる。
「ほら、食べて良いぞ」
「クゥン? ……コンッ!」
すると、それを咥えてその場から少し離れる。
そして俺たちを視界に入れつつも、一心不乱に食べ始めた。
「よし、ひとまずこれで良いだろう」
「ですね、あとは傷を癒せればいいですけど」
「回復魔法は選ばれし者にしか使えないからな。それこそ、光魔法の使い手はジークの婚約者の聖女だけだし」
「ですねー。おや、食べたのに逃げませんね?」
「俺たちが安全と認識したのかもな? とりあえず、害はないから放っておくか」
「そうですね」
「ふぁ……すまんが、寝て良いか?」
「ええ、大丈夫ですよー。流石に疲れてますから」
俺はその言葉に甘えて、テントの中で毛布にくるまる。
ようやく役目を終えたからか、すぐに眠りにつくのだった。
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