第38話 前夜
今回の作戦はまずはサリナにアクションを起こしてもらうことになっている。彼女がレル=アルフォードの事業に興味があるといって、彼のもとへと向かう。
その間に俺たちはドラッグの生成場所と思われる場所へと向かう。すでにおおよその場所把握しており、俺たちはすでに準備に入っていた。
「アイシア。フレッド準備はいいか?」
「「はい」」
二人の声が重なり合う。俺は深くローブを被り、体全体に認識阻害の魔法をかける。アイシアとフレッドも同様だ。現在は、すでに夜の20時を過ぎた頃だ。
サリナのアクション自体はすでに始まっており、それにはルイスもまた同伴している。表向きでは学院での職場見学としてあり、今回はサリナとのルイスのペアでそれをすることになっている。
二人は18時からレル=アルフォードと落ち合うことになっており、今ならば生成所に彼はいない。厳戒態勢が引かれている事は当然だろうが、すぐに意識を俺たちに集中させる事は難しいだろう。
サリナたちを囮にするような形で少しは気はひけるが、裏の仕事は俺たちがやる。おそらくは、二人にはできない事だろうしな。
「さて、行くか」
「はい」
「仰せのままに」
そして俺たちは夜の街へと繰り出していく。
今回俺たちが目星をつけているのは、街にある小さなパン屋である。ここは依然ルイスがケインに無理やり働かされていた場所であり、今となってはどこか懐かしい。
ドラッグの生成がここでなされている、という明確な証拠はない。だが、流布されている場所などあらゆる情報を考慮して、ここの可能性が高いかもしれないと俺たちは判断した。
すでにパン屋は閉店しているが、俺は気がつく。
「やはり……魔法結界があるな」
なぜかそこは魔法結界で覆われていた。普通ならば、ここに結界などは必要ない。施錠するだけの店舗がほとんどで、結界を張るのはそれこそ超高級店くらいだ。
あくまで俺の予想だが、ドラッグの生成所は一箇所だけではない。ここはケインとの騒動があった後に使われるようになった場所だと俺は考えている。
それにしても、この結界は綺麗なものだな。俺は察する。レル=アルフォードの性格は非常に几帳面なのだろう。完璧主義であり、どんなことにも全力を尽くす。
そんな彼の性格が反映されたような魔法だった。
「解除しよう」
俺が取り出すのは聖杖セレスティアル。この白杖を持ってすれば、結界を突破するのは容易い。ただし、結界は破壊しない。
俺がするのは魔法式の改竄。俺たち三人がこの結界を突破できるように、この魔法を改造する。
聖杖を一振り。すると結界が微かに揺れ、一瞬で魔法式が書きかわった。
「お見事」
「流石のウィル様です……!」
二人ともに称賛してくれるが、こんなものは俺としては容易である。今回、おそらく俺は彼と接敵することになるだろう。今のうちから、聖杖を体に馴染ませておかないとな。
そうして室内に入り、俺たちは厨房へと向かう。三人で魔法を発動し、ドラッグを探してみると──そこには、小さな袋が詰められている場所があった。
一見すればパンの材料にも見えるが──
「間違いありません。これは例のドラッグでしょう」
フレッドがそう断定した。俺たちはついにその大元へと辿り着いたが、同時に室内に拍手が聞こえてくる。
パチパチという乾いた音と足音が俺たちの耳へと入ってくる。
そして現れたのは予想通り──レル=アルフォードだった。
「こんばんは。不法侵入の形跡があったと思ってきましたが、なるほど。あなたでしたか──賢者ルシウスさん」
「久しぶりだな」
「えぇ。あなたが私の周りを嗅ぎ回っていた事は知ってますよ。そして今日、ここにやってくることも。サリナさんを使って私の動きを制限したかったようですが、あちらは別部隊に対応してもらっています」
「……」
その口ぶりからして、どうやら向こうも穏便には済まなかったようだな。だが、レル=アルフォードはこちらへとやって来た。
俺と彼の思考は一致していた。お互いにこれは誘い。俺たちは純粋に魔法戦闘で決着をつけるつもりだったのだ。
「清廉潔白な貴族。それが表向きのお前の姿だったが、どうしてドラッグに手を染めた?」
「合理的な考えですよ。ドラッグは儲かります。既に他国にも流しており、私の資産はスノーボールしていっています。このドラッグの生成法は私の頭にしかありませんからね。分析にも時間がかかるでしょうし、しばらくは独占ですよ。ふふ」
あろうことか、彼は俺に対して情報を開示してくる。これは自信の表れである。俺と──賢者と戦っても、勝つことのできる自信。
「さて、ルシウスさん。ここで引くなら、記憶を消すだけで済ませてあげますよ?」
「お前が俺に勝てるとでも?」
互いにすでに杖は抜いてある。一触即発の状況。確かな緊張感がこの場に張り詰める。
「賢者ルシウス。確かにあなたは史上最高の天才だ。でも、魔法使いとして天才なだけ。殺人の天才ではない」
「なるほど。そういう解釈か」
確かに彼の言う通り、俺は別に殺人術を納めているわけではない。この世界には殺人に特化した魔法を操る人間もいるが、俺がそれを想定していな訳がない。
「ククク……」
思わず笑みがこぼれる。
「まるで悪党のようですよ。あなたは正義のために、ここにやって来たと言うのに」
「正義? そんなものじゃないさ」
「……? ではなぜ?」
レルは心から疑問に思っているようで、訝しそうな視線を俺に向けてくる。そうか。正義のためにここにやって来たのだと思われているのか。
俺はそして、彼に真意を伝える。
「──俺はただ、生き残るためにここにやって来た。それだけだ」
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