第39話 それぞれの戦い
《三人称視点》
「サリナさん」
「はい。何でしょうか」
レルとウィルが遭遇する前の出来事。サリナはウィルの言う通り、ルイスを連れてレルの事業の見学に来ていた。最近始めたという薬品事業について色々と教えてもらっていたが、ある一室に入るとレルは急に振り向く。
「あなたは賢者と繋がっているんでしょう?」
「あら、どういう意味でしょうか?」
レルはすでに確信を得ている。サリナは斥候であり、自分の裏の事業についてすでに気がついていると。
彼は今まで完全に擬態してきた自信があった。全てを偽り、貼り付けたような仮面の笑顔でさえも見破られた事はない。
しかし、サリナだけは例外だ。彼女だけは訝しそうな目線をレルに送っていた。そのことに気が付かない彼ではない。
ここまで来れば、隠し通す事はできない。ならば──知っている人間を全て消してしまえば、問題はない。
彼はそう判断した。
「ルイスさんも連れてきたのは、彼の力を借りるためでしょう? 万が一、何かあった時のために」
「……っ!」
サリナは伊達に貴族社会に揉まれてはいない。彼女は反応しなかったが、ここはルイスが反応してしまった。もちろん、レルもそれを見越しての言葉だった。
決定的な確信を得る。レルはこの一室に魔法結界を構築。その間に彼は──ウィルがやってくるであろう薬物拠点の一つである、パン屋へと向かう。
「あなた達二人は行方不明になります。こちらではそのように手配しておきましょう。子どもとはいえ、踏み込んではいけない領域に入ってきてしまったのですから。慈悲はありませんよ」
丁寧な言葉遣いで扉越しにそう言った。彼の表向きの優しさは、全て偽りである。他者などコマに過ぎず、自分の目的のためであればどんな手段も厭わない。
貴族の中でも彼ほど無慈悲な存在はいないほどだ。
「サリナさん……」
「大丈夫。二人で戦えばきっと──」
そして二人の目の前に現れるのは、大男だった。あまりにも圧倒的な体躯に、まるで獣のようにぎらついている瞳。二人は悟る。これは──殺人に手を染めている魔法使いであると。
「お前達がレルの依頼の対象かぁ」
男はまるで気怠そうに言葉を発した。ボリボリと頭をかき、くわぁと大きな口を開けたあくびを漏らす。
彼は手に持っていた酒を一気に飲み干すと、そのボトルを手でぐしゃっと握り潰した。バラバラになったガラスのボトルが、無惨にも地面に散っていく。
「さて、ガキ二人殺して、大儲けといきますか」
二人は相対する。この強大な敵に。そして同時にルイスはこの戦闘で、魔法使いとして覚醒していくのだった。これは物語の表。ルイスが勇者として台頭していく物語である。
そしてその裏では、ウィルがレルと相対する。彼の物語は決して表で語られる事はない──。
†
「生き残るためですか」
「あぁ」
「私の裏の家業とあなたの生存に関連性があると?」
「直接的にはないかもしれない。が、あらゆる可能性は排除しておくべきだろう。どんな手段を使ってもな。お前も分かるだろ?」
俺はレル=アルフォードへと視線を向ける。すると彼は、今までに見せたことのない邪悪な笑みを浮かべた。まるで同胞が見つかったかのように。
「あぁ。安心しましたよ。正義のためにやって来た、なんてチープな言葉は聞きたくなかったんです。おそらく、サリナさんとルイスさんはそうなんでしょうけど」
「あちらには、あちらの役割がある」
「なるほど。そして、あなたは裏で暗躍すると。ちゃんと表用のコマを用意しているのは、感心しますね」
「もう、御託はいいだろう。お前の真髄を俺に見せてみろ」
「く、クク……賢者だからと言って、油断してはいけませんよ?」
ポケットから取り出す小さなケース。レルはそこから錠剤を手に取ると、それを一粒だけ口に含めた。すると、一気に大量の魔力が溢れ出してきた。
「ははは! どうですかこの魔力……! 今まで有象無象を実験に使って来てよかった! これは副作用が限りなく抑えられていますので、私が薬物中毒に陥ることは期待できませんよ?」
「──
俺はごく自然に、まるで呼吸するかのように初級魔法を放った。しかし、俺が持っているのは聖杖セレスティアルだ。ただし、周りに被害が及ばないように、火球の大きさは限りなく小さくしてある。
「ふふ。こんな小さな魔法で──!?」
彼もまた火球で俺の魔法に対抗しようとするが、彼はその小さな火炎に吹き飛ばされていく。あまりの衝撃で部屋が崩れ、俺たちは地下へと落下していく。
この程度の衝撃で地面が崩壊することはあり得ない。おそらく、改造している途中だったのだろう。
なるほど。地下を通じて薬物を運んでいたのか。俺は落下していく最中、ここに地下への通路があることを確認した。
これで全貌は見えたな。
「い、今の魔法は一体……」
彼は肩で呼吸をしながら、俺のことを信じられないという目で見つめてくる。
「お前の敗因は二つ」
俺はゆっくりと歩みを進めながら、彼に近づいていく。
「一つ。魔法の本質を知らないこと。魔力が全てと思い込んでいるが、魔法とは使い方だ」
実際、俺に魔力はさほど多くはない。だが、魔法式の応用によって俺は限りなく少ない魔力で魔法を発動させることができる。サリナやルイスに魔法が綺麗と言われたが、それはその影響である。
無駄なく、ロスなく、発動させる魔法は魔力消費が少ないのだ。
「二つ。俺という存在を敵に回したこと。以上だ」
相手の敗因を述べると、彼は顔を真っ赤に染める。どうやら、人間らしい感情があるようで俺としても安心した。
「だからどうした! お前の底は見えている! この圧倒的な魔力の前にかき消されろ──!」
発動してくるのは精神干渉系魔法だ。漆黒の闇が俺に襲いかかってくるが、俺は杖を真っ直ぐ向けて風属性魔法を発動。
すると、その魔法は雲散霧消する。
「──は? 何だその魔法は──!」
「ただの風属性の魔法だ。お前の魔法を物理的に吹き飛ばした。それだけだ」
「なんて、なんてデタラメな……!」
「お前に──魔法の真髄を教えてやろう」
そして俺はレル=アルフォードへ聖杖を突きつけるのだった。これは戦いではない。蹂躙である。俺はそのことを、彼の魂へと刻みつけるのだった。
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