第34話 パーティー
「お、おいおい。急にどういう風の吹き回しだ」
「あ。もちろん、賢者の姿でお願いね」
「賢者かよ……」
まぁ、俺本人を欲しているわけではないのは、何となく分かっていたが。しかし、なぜそのようなことになっているのか、俺も見当もつかない。
「まずは概要を説明してくれ」
「私、ちょうど婚約者の話が出ているの。厳密には出そうになっている、かしらね。確定ではないわ」
「まぁ公爵家の令嬢だからな」
「それ自体は貴族の宿命だからいいのよ。問題はその相手」
「相手は誰なんだ?」
「伯爵家の長男よ。アルフォード家の長男、レル=アルフォード」
「アルフォード家か。それは良かったじゃないか」
原作では大きく物語に絡んでくるわけではないが、優秀な貴族の一つとして有名である。公爵家としてもそれを考慮して選んでいるに違いない。
「上の方では話が進もうとしているんだけど……」
「何が問題なんだ?」
上の方、というのは両親や家の方針という意味だろう。何とも悲しい表現ではあるが、俺はすぐに察してしまった。貴族ゆえのしがらみというやつだな。
ただ……原作ではそのような問題は出ない。やはり、ここも大きく原作と違ってくる点ということか。
「レル=アルフォードは幼少期からの知り合いで、確かに申し分はないと思うわ。魔法師団所属で、学生の頃から天才として有名だったしね」
「ふむ」
「でも、何だろう。心の奥底が読めないというか、彼には何かあるような気がするのよね……」
「何かとは? 具体的に分かっているのか?」
「いいえ。ただの直感よ。でも、胸がざわつくの。やっぱり、こんな情報じゃ信じられないわよね?」
不安そうに俺の視線を送ってくるサリナ。俺はその話を聞いて、彼女の話は無視できないと思った。サリナは魔力感知に長けている魔法使いであり、直感もまた優れている。
原作でも幾度となくその直感で主人公のルイスを助けてきたほどだ。だからこそ、俺はサリナの提案を受け入れることにした。
「分かった。サリナの婚約者のフリをして、相手の出方を窺おう」
「え……!? いいの……?」
「ただ単純に相手が嫌、という感情論ならば断っていた。しかし、何か裏がある可能性は俺としても見逃せない」
「そう。ありがとう」
安堵したのか、サリナの表情が柔らかくなる。そして俺はサリナの婚約者として、貴族のパーティーの出席することになるのだった。
「……はぁ。まぁ、そういうことでしたら」
帰宅してから今回の件をアイシアに伝えた。いつものようにキツく叱られると思ったのだが、今回の反応は淡白なもので俺も逆に驚いてしまう。
「アイシアは怒ると思っていたが……」
恐る恐る尋ねてみると、彼女は「はぁ……」とため息を漏らしながら呟いた。
「私、気がついたんです」
「何に?」
「いつまでも同じ調子では、お互い疲れてしまうと。それにウィル様も愚かではありません。今までのことを経て、流石にもう身に染みているでしょう」
「そ、そうだな」
体がビクッと反応する。もうあの説教は本当に二度と受けたくはないからな……いや、マジで。目が、目がマジで怖いんだよ……!
「それにウィル様が異性にモテるのはもはや仕方がありません」
「いや、そんなことはないと思うが」
「あなたがそう思うのなら、そうなんでしょう」
なんかいきなり凄い突き放されたんですけど……!? 異性関係以外では完璧なメイドのアイシア何だけどなぁ……。だが、モテるっていうのは違うだろ。まぁ、ライラはそうかもしれないが、それだけ。他に恋愛関係的な要素は一切ない。
女性との絡みは多いが、それはそれ。だよな……?
「ともかく、色々と注意はしてください」
「あぁ」
「それで本題ですが」
今までは気だるそうに話していたというのに、彼女は急に意識を切り替える。いつものように、聡明なメイドのアイシアだった。顔つきはとても真剣なものになる。
「レル=アルフォードが怪しいという話ですね?」
「あぁ」
「こちらでも調べておきますが、現状では彼は清廉潔白ですね。貴族の中の貴族であり、模範的な存在であるかと。あまりにも有名過ぎて、ウィル様もご存知だと思いますが」
「だよな」
うーむ。サリナは一体、何を感じ取っていたのか。俺の破滅の未来へと直接関係しているわけではないかもしれないが、貴族社会にそろそろ介入するのはいい頃合いだと思っていた。
「差し出がましいですが」
「うお……っ!」
今まで部屋の隅で待機していたフレッドがいつの間にか、俺の背後へと回って来ていた。気配遮断、俺でも気がつかないほどだったぞ……。伊達に目立つことを好まないと言っているだけはあるな。
「レル=アルフォードは確かに清廉潔白です。彼のことは知っていますが、性格も貴族とは思えないほどに高貴なものです」
「そ、そうか」
それは婉曲的に貴族は性格が悪い、と言っているのと同義だった。確かにその通りではあるが……。
「貴族ともなれば、多少なりともマイナスな面は存在します。しかし、彼はあまりにも完璧。私は逆にそこが気になりますね。まるで意図的にそうしているかのように感じます」
「……ふむ。確かに、一考の余地はアリだな」
フレッドの意見も理解できないわけではない。貴族には大体が裏の面があり、誰もが打算で生きているところがある。それがまるで聖女のように綺麗なままだと、逆に気になってくるものか。
ともかく、これが杞憂であればそれでいい。
そして俺はアイシアの婚約者である賢者ルシウスとして、貴族のパーティーへと臨むのだった。
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