第35話 邂逅


 ということで俺はなぜか、貴族のパーティーに出席することに。それ自体は過去に何度かあるので、慣れてはいる。だが今回は今までと違う点が一つある。

 

 それは俺が賢者ルシウスの姿で出席するということだ。


 それもサリナの婚約者という形で。いや、今更になるが──それで良いのか? サリナはレル=アルフォードの動向を窺いたいらしいが、そいつはそんなに怪しいのか?


 例のドラッグの件もまだこれといって大きな進展はない。フレッドとアイシアの二人が調査を進めているらしいが、その報告もまだ上がって来ていない。


「さて、と。向かうか」


 今日はいつものようにローブ姿ではなく、流石にパーティ用に正装をしてある。それに加えて、顔も晒している。どうせ全て魔法で変装済みなので、顔を出すことに問題はない。


 それに、そろそろ賢者のコマも精力的に動かしたい。色々とコネクションを作っておく上でも、今回のパーティーは俺にとっても都合がよかった。


「おぉ……流石に凄いな」


 今回のパーティーは公爵家であるウェルズリー家が主催しており、毎年夏期に行われる定期的なものらしい。そこで各貴族たちが交流を図り、催し物などを楽しむ──というのが表向きの理由だ。


 実際は各貴族同士の牽制があり、それぞれの派閥争いもあるらしいとか。サリナは俺にそのように説明してくれた。


 原作でもパーティーでのイベントはあったが、あれは主人公のルイス目線だったし、特に大きな異変もなかったが……一応、細心の注意は払っておくべきだな。


「賢者ルシウス様でしょうか?」

「あぁ」

「ご出席の件は伺っております。どうぞ、こちらへ」


 俺はウェルズリー家の屋敷に到着し、そこからパーティー会場へと案内された。俺の家も一応は貴族ではあるが、流石にこの規模の屋敷は王国でも随一だ。てか、パーティー会場用の屋敷があるみたいなんだが? 全く、金持ちって奴は家を建てたがるよな。


 そして会場入りすると、すでに到着していた貴族たちが俺の姿を見てざわつき始める。


「あれがあの……」

「賢者ルシウス……」

「今までは表舞台に殆ど上がってこなかったが、まさか来るとは」

「どうにも最近は精力的に動いているようだ。だが、まさか素顔を拝めるとは……!」


 そんな声が俺の耳に入ってくる。まぁ、そういう反応になるよな。賢者になってからというもの、俺は精力的に活動をしていなかった。こうして素顔を晒すこともなかったしな。


「ねぇ──」


 背後から冷たい声が聞こえてくる。振り返るとそこに立っていたのは、ライラだった。彼女は真っ赤なドレスを着用にしており、背中が大胆にも大きく開かれている。


 身長は小さいが、胸の大きさはしっかりとあり、やはりどこかアンバランスさを感じる。


「……なんだ?」


 俺は極めて小さい声でライラに応える。


「聞いたんだけど?」

「何をだ?」

「ウェルズリー家の小娘と婚約してるって」


 トントンと足を何度も床に打ち付け、腕組みをしているライラは明らかに不機嫌そうな態度を取っていた。しまった……! ライラには婚約をも仕込まれており、このようなケースになることを想定すべきだった!


 だが、俺はまだリカバリーできる。ライラは俺がドラッグを追いかけていることを知っているからだ。


「これは例の件の延長だ」

「……そうなの?」


 ライラもまた声を小さくする。それを聞いてイライラも収まってきたのか、俺たちは冷静に会話を交わす。


「あぁ。何でも、レル=アルフォードに不審な動きがあるとか」

「レル=アルフォード? あの清廉潔白でなんの面白味もない、模範的なやつ?」


 なるほど。ライラもレルのことを疑っているわけではないんだな。つまり、彼が何か怪しいことをしている情報はない。あくまで、サリナの直感的なもの。ただし、原作でもサリナの直感は幾度となく窮地を救ってきた。


 それを知っているからこそ、今回の件は見過ごすことなどできなかった。


「あぁ。ともかく、あくまで陽動だ。本気などではない」

「ふぅん。まぁ、それなら良いけど」


 そんなやりとりをしていると、ちょうどサリナが俺の元へとやってくる。長い髪の毛を綺麗にまとめ、ピアスやネックレスも着用している。真っ青なドレスは胸元が深く見え、心なしかスカート部分の丈も短い。


 この辺りは流石の正ヒロインの風格といったところか。


「ルシウス様。お待たせしてしまいましたか?」

「いや。問題はない」

「すみません。準備に手間取ってしまいました」


 サリナの演技もバッチリだな。俺たちは以前からの知り合いであることを周りに示すと、さらにざわつきが広まっていく。


「サリナ様と賢者の婚約は本当だったのか……!?」

「あの偏屈な賢者をどうやって」

「そこは流石のウェルズリー家というところか」


 偏屈な賢者とは失礼な。いや、今までのことを考えれば偏屈なのか……? その後、俺はサリナの両親共に挨拶をした。二人ともに賢者である俺には腰が低く、横柄な態度を取られることはなかった。


 流石に賢者のネームバリューはそれだけのものがある。公爵家であろうとも、賢者の前では上から目線で接することはできないようだ。


 ただ……これ、本当に大丈夫だよな? このまま結婚とかにならないよな?


「ルシウス様。どうかされましたか?」

「い、いや……なんでもない」


 そうしていると──一人の長髪の男性がこちらへと近寄ってきた。柔和な笑みを浮かべ、とても人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出している。彼の背後には何人もの女性が連れ添っており、もはやそれはハーレムだった。


「みなさん。私は彼とお話がありますので」

 

 とても綺麗な声だった。構成している全ての要素が完璧である彼は、レル=アルフォード。サリナが疑念を抱いている人物とは到底思えない。


「初めまして。私はレル=アルフォード。かの賢者殿にお目にかかれるとは、これ以上の幸せはありません」


 その言葉は本心から言っているもの。普通はそう思うだろう。どこを見ても、彼に不審な点など存在はしない。だが確かに──俺はサリナと同じ感想を抱いてた。


 こいつはどこか油断できない。そんな危うさを持っているような。


 俺はついに賢者ルシウスとして、彼と相対するのだった。

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