第26話 露呈
「……す、すまない。自分はこれで失礼する……」
「え!? ちょ、ちょっと!」
俺は足早にサリナの元から離れていく。それにアイシアもついて来てくれるが、今の俺は非常に動揺していた。
しまった……!
ダンジョン演習の時の感覚で、自然にサリナの呼びかけに反応してしまった! まさかサリナが俺のことを剣聖だと思っているなんて……!
まさかの事態に俺はどうしていいのか、分からなかった。
「……まずいことになった」
「ですね」
自室に戻ってくると、俺は剣聖アーサーの鎧を脱ぎ椅子に座って項垂れていた。まさか、サリナにバレてしまうとは……彼女はずっと俺のことを怪しんでいたが、まだ確信を持っていたわけではない。
あの呼びかけ自体は、念のため声をかけたという感じだろう。
俺が無視できれば、正体が露呈することはなかった。
「早めに口止めしたほうがよろしいかと」
「だよな」
「はい。最悪、彼女に洗脳魔法をかけるのも手かと思います」
「いや、彼女は魔法耐性が高い。俺の魔法であってしても、効果は長くは続かない……」
「なるほど」
ここで厄介になってくるのは、サリナの魔法適正高さだった。感知能力だけではなく、彼女はあらゆるデバフに対する耐性も兼ね備えている。
流石は公爵家の令嬢だと言いたいところだが、今はそんなことを手放しで喜んではいられない。
「そうなってくると、彼女もこちらの道に引き摺り込んだほうがいいのでは? 魔法使いとして優秀ですし、何よりも公爵家の令嬢という地位は魅力的です」
「確かに。仲間にしたほうが、いいかもしれないか?」
「はい。それに、ウィル様は秘密のために彼女に危害を加えたいわけではないでしょうし」
「……そうだな。これは俺の落ち度だ。明日、サリナと話し合ってみるさ」
「それがよろしいかと」
ともかく、俺はサリナと会って話をすることにした。ただし、清廉潔白な彼女が仲間になってくれるとは限らないが。
学院で生活がまた始まった。月曜日は非常に憂鬱であり、今日は特に気が乗らない。教室に入ると、そこにはすでにサリナが着席していた。まるで、誰かを待っているかのように。
「おはよう」
「……あぁ。おはよう」
いつものように凛とした声にまっすぐな視線が俺に注がれる。
「ちょっといいかしら?」
「あぁ」
俺たちは屋上へと移動する。何だかんだ、この屋上では秘密を話すことが多いな。
二人で屋上へと向かい、そこでサリナは魔法結界を発動した。まだ朝で校内は閑散としているが、それでも念の為の配慮だろう。
「昨日のこと、覚えてる?」
「あぁ」
「あなたが──剣聖アーサーなの……?」
サリナはまだ信じらないという表情をしていた。そして俺は、ここまで来れば隠しことはできないと思い、素直に自分の正体を明かす。
「その通りだ」
「うっ……ま、まさか憧れのアーサー様がウィルだった? 私のあの喜びようも、ウィルに見られていたってこと?」
「……すまない」
彼女から俺は気まずそうにして目を逸らす。すまない……全て見ていたんだ……。
「う、うわアアアアアアアア!」
穴があったら入りたい、という言葉はこの時のためにあるのだろう。サリナは顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込んだ。ま、まぁ………剣聖を尊敬する姿は、その。俺にバレているとわかると、流石に恥ずかしいよな。
「こほん。ごめんなさい。取り乱したわ」
「いや、無理もない」
「あなたは剣聖だった。そしてそれを隠しているのよね?」
「そうだ」
「どうして……って尋ねるのはダメかしら?」
羞恥という感情だけではなく、サリナは異様に緊張している様子だった。ただの怠惰な同級生が、実は歴代最強と言われる剣聖だった。そして俺が、伊達や酔狂でそんなことをしているわけではないと──彼女は悟ったのだ。
もしかすれば、自分は口封じで殺されるかもしれない。そんな雰囲気をサリナは放っていた。
「俺には破滅の未来が待っている」
「え?」
「まぁ、魔法の一種と思ってもらっていい。俺には自分の破滅の未来が見えた。そしてそれを回避するために、幼少期から血の滲むような研鑽を続けてきた」
「その結果が剣聖だと? いや、待って……でもあなたは学院では魔法に優れていたはず……も、もしかして?」
そうなるよな。
彼女が疑っていたのは、俺の戦闘能力ではなく魔法だ。つまり、剣聖というよりもむしろ、賢者の方がしっくりくるだろう。
「そうだ。俺は賢者ルシウスでもある」
「あ……あはは。あなた、本気で言っているの?」
「あぁ。俺は二年前の聖抜の儀で、その二つの立場を手に入れた。全ては自分が生き残るために」
「……そういうことだったのね」
俺の真剣な顔つきを見て、サリナも理解する。普通は冗談だと思うが、彼女も俺の雰囲気を察してくれたようだった。
「でもどうして実力を隠すの?」
「目立つのは好きじゃない。それに、俺の正体が世間に公表されると、どんな災厄が訪れるか分からない」
「それも未来予知?」
「俺が知っているのは自分の破滅の未来だけだ。過程はおおよそ把握しているが、絶対的なものではない」
「なるほど」
サリナも少しだけ落ち着いて来たのか、冷静に話を聞けるようになってきた。
「でもまさか……剣聖と賢者を同時にこなすなんて……一体、どれほどの実力なの?」
それは純粋に俺に尋ねているわけではなく、自問しているようだった。確かに、普通にそこは気になるところだよな。世界最強格であるのは間違いないが、この世界はウルトラハードモードの世界だ。俺と同等の存在がいてもおかしくはないと、俺は考えている。
「サリナ」
「な、なに?」
緊張感が走る。そして俺は、当初から考えていた言葉を口にする。
「俺の仲間にならないか?」
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