第27話 誘い


 サリナへの勧誘。そして俺は、彼女に概要を説明する。


「俺はこれから組織を立ち上げる」

「組織……?」

「あぁ。裏の社会で暗躍するものだ。貴族社会が一枚岩ではないのは理解しているだろう?」

「それは……そうね」


 サリナは神妙な面持ちで肯定する。実際のところ、貴族社会はありとあらゆる利権関係でがんじがらめだ。それは、魔法協会にまで影響している。魔法協会はほぼ全てが貴族で構成され、魔法協会=貴族社会と見なしても問題はない。


 正直なところ貴族の世界などどうでもいいが、俺の未来を考えると決して無視はできない。


「もしかして、貴族社会を裏から支配する気?」

「別に貴族社会の利権関係に首を突っ込む気はない。俺はただ、自分の脅威を排除するだけ。だからこそ、今回のようなドラッグの件は見逃せない」

「確か……剣聖の時に尋ねていたわよね?」

「あぁ。概要を伝えておこうか?」

「……どうしてここまで話すの? 仮に私が仲間になることを反対するかもしれないでしょ?」


 流石に慎重になって来ているのか。微かに緊張感が窺える。俺が急に情報を開示すると流石に何か裏があると思うか。


 彼女も伊達に公爵家の令嬢ではない。このようなやりとりは、ある程度慣れているのだろう。


「反対しても構わない。これは仲間になって欲しいために俺が言っているだけ。特に裏はないから安心しろ」

「……分かったわ」


 心から納得したわけではないが、表向きは頷くサリナ。その辺りも貴族社会でも揉まれている証拠だな。この辺りは俺も知っている原作のサリナと同じだった。


「ドラッグの話に戻ろう。俺はこの前、ケインと決闘をした」

「……! やっぱり。急に彼が大人しくなったから、おかしいと思っていたのよ。でもあなたほどの実力なら彼は……」


 彼女はすぐに察する。勝敗など口にするまでもなく明らかだと。


「少しキツく折檻しただけさ。俺の実力を伏せるために記憶操作はしてあるが、別に後遺症はない。ただ、魂にあの決闘の恐怖は刻まれていると思うが」

「流石に剣聖と賢者を兼任するあなたと戦うなんて、私でもゾッとするわ」


 それはお世辞などではなく、サリナは純粋に思っているようだった。戦うことなんて、もはや恐怖ですらあると。まぁ、サリナが原作終盤に覚醒したイベントがこの世界にもあるなら、彼女も今後は俺に匹敵するかもしれないが。


「その際、彼がドラッグを口に含むと、急に魔力が跳ね上がった。異様に興奮もしていたし、明らかに違法なものだろう」

「それは本人に出所を聞いたの?」

「彼も覚えていないようだ。相手は何かしらの目的でそのドラッグをばら撒いているが、現状ではさほど使用者はいない。俺は週末にでも魔法師団に聞いてみるつもりだ」

「──賢者の姿で?」

「あぁ」


 こうなってくると、賢者と剣聖のどちらも動かせるのは大きな強みだ。暗躍するにしても、非常に都合がいい。


 それにしても、流石サリナだな。話が早い。ここまではスムーズに話が進んでいるが、彼女の返答はどうなるだろうか。俺としては、断られる可能性が高いと考えていた。組織の方針として、決して正義の味方などではないからだ。


 あくまで俺が危険と思った事象を排除するためだけの組織だからな。


「その組織は……正義の味方じゃないのよね?」

「そうだ」


 俺が思っていることを尋ねてきたので、すぐに返答をした。サリナは迷っている様子を見せている。やはり、厳しいか──だが返答は予想しないものだった。


「──いいわ。正式にメンバーって言うのは立場上厳しいけれど、協力はする」

「いいのか?」


 まさかの返答に俺も少しだけ驚いてしまう。サリナは原作では清廉潔白な少女だった。それはこの世界であっても変わりはない。そう俺は思っていたからだ。


「理由としては、やっぱりあなたが剣聖と賢者という立場なのが大きいわ。こうして学生の頃からコネクションを持っているのは悪くはない。そしてあなたは、正義ではないけれど邪悪ではない。それが決め手かしらね?」

「そうか。協力感謝する」


 正義ではないけれど、邪悪ではない……か。人のことをよく見ているな。俺は確かに、無差別に他者を虐げるという邪悪さは持ち合わせていない。


 あくまで自分が生き残るために、裏の道を進む。蛇の道は蛇っていうしな。


「それで、ドラッグの製造元を特定したいのね?」

「あぁ。できれば完全に破壊したい。俺の破滅の未来を回避するためもあるが、やはり違法薬物は蔓延していいものではない」

「……やっぱり、あなたはそういう人よね」


 今までは緊張感が窺えたが、サリナは微かに微笑みを浮かべる。その表情と優しい声音の意図を俺は理解できなかった。


「? どういう意味だ?」

「いいえ。なんでもないわ」


 サリナはそう言った理由を教えてはくれなかった。俺としても特段、追及したい事ではないかったので話はそのまま流れた。


「では、また何か進展があれば知らせる」

「えぇ。私の方も何か情報があれば提供するわ」

「交渉成立だな」


 俺はそっと手を差し伸べる。サリナは少しだけ笑みを浮かべ、俺の手を強く握ってくるのだった。


 無事にサリナを完全にではないが、仲間にすることに成功。俺の正体バレは何とか、ギリギリのところで致命傷を避けることができた。いや、マジで今後は気をつけよう……ワンオペにはこんな苦労もあるのだと、俺は改めて痛感した。



 帰宅した俺は早速、今回の件をアイシアに報告した。


「なんと。公爵家の令嬢の説得に成功したのですか。しかし、ウィル様ならばやり遂げると思っていました」

「まぁ、半信半疑だったがな。相手は清廉潔白と思っていたからな」

「仮にも公爵家の令嬢です。この世界は綺麗なものだけではないことを知っているのでしょう」

「かもな」

「それにやはり、ウィル様の立場はそれだけ価値があるのです」


 アイシアは真剣な顔つきでそう言った。俺は手に持っていたコーヒーカップを置き、その理由を訊いてみることに。


「そうか?」

「はい。剣聖と賢者。その二つを同時にこなしている偉業。そんな傑物とコネクションを持てるのです。普通は了承するでしょう」

「評価高いなぁ」

「ウィル様が逆に低すぎるのです」


 うーん。実際、アイシアは俺のことを崇拝しているというか、たまに完全に信者のような目になっている気もするんだよなぁ。だからこそ、よいしょしている気がしてならないのだ。


 でも、俺に説教もちゃんとしてくるし、長い付き合いになるがいまいち彼女のことは掴めない。


 けれど、俺も側近にイエスマンだけでは良くないと心得ている。こればかりは、アイシアの率直な性格に感謝だな。


「それで、週末に魔法師団に出向くのですか?」

「あぁ。できれば、団長と話をしたいな」

「かしこまりました。私の方で匿名でアポイントメントを取っておきましょう」

「頼む」


 と、カッコつけてみたものの、俺は憂鬱だった。だってなぁ……魔法師団の団長とはちょっとクセが強いというか、なんというか。会話するだけでめちゃくちゃ疲れるんだよなぁ……。



 †



「さて、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。ウィル様」


 休日早朝。もはやこの世界での休日出勤も慣れてしまった。悲しいことにな……。俺はいつものように街中へと歩みを進めていき、徐々に認識阻害の魔法を発動していく。


 スーッと影が溶けるようにして俺の姿は認識できなくなっていく。それから路地裏で賢者の姿へと容姿を変更。フードを深く被り、顔まわりにも認識阻害の魔法をかける。


 もちろん、顔も変えてあるが念のためだ。アリサのように身バレするのは流石に極力減らしたいからな。この辺りは色々と流石に反省を踏まえている。


「はぁ……魔法師団かぁ……」


 ぼそっと声を漏らす。


 魔法師団とはこの王国の精鋭の魔法使いを集めた組織であり、世界有数のアステリア魔法学院でも限られた人間しか入団できない。


 つまり、トップオブトップの魔法使いしかいない組織だ。俺は賢者としてそこに誘われてこともあるが、問題なのはそこの団長だった。


「ライラのやつ……マジで苦手なんだよな」


 ライラというの団長であり、歴代で初めての女性団長である。火属性に特化した魔法を操り、国内でも数人しかいないSランク魔法使いだ。


 原作でも主人公の手助けをしてくれたりなど、色々と登場するシーンも多い。ただし、彼女は俺の知っている原作の時から少し変わり物で有名だ。


「ここだな」


 魔法協会に併設されている魔法師団。入り口の前では憲兵が立っており、まるで入国の際の検問をしているかのようだった。


 それだけ魔法師団は神聖な領域であるということだ。複雑な貴族社会の中でも、決してコネクションだけでは入団は不可能。絶対的な実力主義が、この魔法師団である。


「すまない。団長に会いたいのだが」

「団長に? アポイントメントは?」


 訝しそうな視線を憲兵は送ってくる。まぁ、この真夏に深くフードをかぶっているやつだ。怪しいのは当然であり、認識阻害で顔もしっかりと見えないしな。


「賢者ルシウスと伝えてくれ」

「え……!? 賢者ルシウス!?」


 流石に驚くよな。と思っていると、急にその憲兵から煙が溢れ出してくると──そこに現れたのは、一人の女性だった。


 サラリと流れる銀色の髪。瞳もまるで宝石のように輝いている。


 あぁ。なるほど。そういうことか……。


「はい! 私でしたー! どう? 驚いた、ルシウス!?」


 そう。目の前に現れたのは、団長であるライラだった。身長はあまり高くなく、ぴょんぴょんと跳ねる姿はまるで子どもみたいだが、実際は二十代後半だ。


「ライラ。今日もいつも通りだな……」

「でしょー!? えへへ」


 いや、どこからどう見ても小学生にしか見えない。良くて中学生か? しかし、胸はしっかりとあるのでどこかアンバランスだ。


「あ。私のことちっちゃいって思った?」

「まぁ、可愛らしいと思うが」

「ふふん! でも、私には大きなおっぱいがあるのです! ロリ巨乳なの!」

「自分で言うのか……」

「自分の強みは理解しているからね! ガハハ!」

「……」


 う、うーん。癖が強いなんてもんじゃない。これが団長をしているなんて、全く魔法師団はどうなっているんだ? と思うが、このライラは非常に優秀なんだよな。


「さ、入りなよ」

「……あぁ」


 俺は魔法師団の団長、ライラの後へとついて行くのだった──。


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