第25話 終わりの始まり


 翌日早朝。俺はなんとか目を覚ます。


「う……つ、つらい……」


 元々朝は苦手だ。それに加えて、この休日出勤という悲しみ。それらが相まって俺は激しいツラさを覚えていた。しかし同時に、前世のワンオペ時代のこともあってこれには多少慣れてしまっている自分もいた。


「あら。今日は珍しく起きているのですね」


 アイシアがノックをした後に入ってくる。いや、そこは俺の返事を確認してから入ってこいよ。ノックからほぼノータイムで入ってきたぞ……。


 まぁ、いつも俺は寝ていて返事をしないのでそれも仕方がないが。


「あぁ。早速準備をして向かおう」

「分かりました」


 俺とアイシアはすぐに準備をすると、冒険者ギルドへと向かった。冒険者は基本的に規則正しい生活をしているものが多く──体調を整えなければ、死ぬ確率が上がるからだ──朝であってもある程度は賑わっている。


 泊まり込みでダンジョンに潜る時もあるが、基本的には朝にクエストを受注。昼から夜にかけてクエストをこなして、夜に帰ってきてから酒を飲んで寝る。


 これが割と一般的なルーティーンになっている。もっとも俺は酒を嗜まないので、夜の部分には縁がない。


「剣聖か……」

「最近、あまり見ないと思ったが」

「また何かダンジョンであったのか?」


 俺が冒険者ギルド内に入ると、周囲がざわめき始める。そして俺は視界の端に、サリナがいることに気がついた。


 く……やはり優等生は休日でも朝から冒険者ギルドにいるのかっ……!


「あ。おはようございます! アーサー様!」

「あ、あぁ……」


 以前すでに顔合わせはしているので、俺はなんとか自然にサリナと会話を交わす。学院では見せないような満面の笑み。痛いほどに俺に対する尊敬の念が伝わってくる。流石に気まずいな……。


「今日は何か御用なのですか? またダンジョン内で異変とか?」

「いや。今回はそうだな、聞き込みだ」

「聞き込み、ですか?」

「あぁ。少しいいか」

「はい」


 あまりピンと来ていないサリナを冒険者ギルドの隅の方へと連れていき、音を遮断する魔法を発動。周りにあまり悟られないように、範囲は狭くしておいた。


「結界魔法……何か内密なことでしょうか?」

 

 サリナはすぐに察してくれた。やはり、聡明な彼女であればすぐに分かるか。


「王国内に蔓延しているドラッグを知っているか?」

「ドラッグですか……いえ、知りませんね」

「そうか」


 サリナが知らない、というのも悪くはない情報だった。サリナは公爵家の令嬢であり、この王国内でも有数の魔法使いの名家の出身。そんな彼女でも知らないということは、まだそこまで浸透しているわけではないようだな。


 無差別にドラッグを広めたいわけではないのか? ただ純粋にドラッグを使って金儲けをしたいわけでもなさそうだ。


 違法薬物の取り締まりは各国非常に厳しく、このアステリア王国でも同様である。あまりにも悪質な場合は、死刑になる可能性もある。


 だからこそ、ドラッグを扱っている人物は相当のリスクを負っている。


「この件は内密にしておいてくれ」

「分かりました。もしかして、違法薬物が広まっているのですか?」

「広まってはいない。だが、間違いなく存在はしている」

「それを防ぐためにこうして聞き込みを?」

「あぁ」


 本当の理由は自分の死亡フラグに繋がっているかもしれないから、なんてことは言えなかった。剣聖は正義の味方である、という認識が強いからな。


「流石はアーサー様です……っ! 何か協力できることがありましたら、私にいつでも言ってください!」

「あ、あぁ……」


 あまりの勢いに俺も流石にたじろいでしまう。そしてサリナの元を去っていく際、彼女から強い視線を感じた。いつものように尊敬の念がこもっているものではなく、何かまた別の……。


「アーサー様。どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


 その後、俺たちはランクの高い冒険者や情報通の冒険者に話を訊いて回ったが、知っている人間は一人もいなかった。こうなってくると、魔法師団に訊くのが早いか?


 でもなー。あそこってマジで保守的というか、魔法使い以外をあまりよく思っていないというか。剣聖の状態ではあまり心象は良くないので、ここは賢者を動かしてみるか?


 ははは。まさか、ワンオペがこんなところで役に立つとはな。うん……別にいいことだとわかっているが、どこか悲しい……。


「収穫は無しでしたね」

「だな。こうなってくると、魔法師団に訊くしかない。情報は持っているんだろう?」

「間違いなく。公表はしていませんが、対応をしていることは知っていますので」

「そっかー。でもあそこ、雰囲気が怖いんだよな」

「それはまぁ、仕方がありません」

「だよな」


 賢者ルシウスは幾度となく魔法師団に勧誘されている。未だに催促の手紙がやって来るほどだからな。師団側からしても、賢者の能力は欲しいのだろう。


 ま、魔法師団に所属する気なんて全くないが。だってそんなことになったら、普通に仕事が増えるだけだしな。


 そして、冒険者ギルドから出て行こうとした時──俺の耳にサリナの声が届く。


「──ウィル?」


 この時の俺は気が抜けていた。すでにやるべきことは終え、あとは帰るだけ。加えて、最近一緒にダンジョン演習を経験したことで、その名前を呼ばれることが多かった。


 俺は全くの無意識で、その言葉に反応してしまう。


「なんだ? ……あ」

「え──?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る