第24話 蔓延
俺たちは演習を一位で終えることができた。そして、謎のヒュドラの介入に関しても教員に報告済みだ。
俺たちだけでヒュドラを倒したことで、他の生徒たちはサリナのことを褒め称える。
「流石はサリナ様!」
「でも、あの平民もやっぱり強いんじゃない?」
「そうかもね」
などなど、評価はルイスにまで及んでいるが、俺に関しての言及は全くない。しかし、それで良かった。この世界が俺の知るものではないとしても、下手に目立つつもりなどないからだ。
やはり、この世界の主人公はルイスだし俺はその脇役で十分だ。
「ねぇ、ウィル」
「……どうした?」
演習を終えたサリナが俺に話しかけてくる。彼女はまだ俺に疑いの視線を向けている。
「あなたの立ち振る舞い、どこかで見たことあるのよねぇ。誰かに似ているような……」
「気のせいだろう。どこにでもいる、普通の魔法使いだ」
「へぇ。あんまり普通の魔法使いは、自分のことを普通って言わないと思うし、あなたはやけに目立たないことにこだわりがあるみたいなのよねぇ……まるで、何かを隠しているかのように」
「……別に隠すようなことはない」
「そ。ま、これからも何かあればよろしくね」
「あぁ」
サリナは公爵家の令嬢だというのに、俺に対して割とフランクな接し方をしてくる。そのこと自体はいいのだが、明らかに俺のことを怪しんでいる……くそ。
まぁ、なんとか騙し騙しやっていくしかないか。
そして無事に演習は終了。前期の末に行われるテストを経て、夏休みへと入る。早く、早く休日がほしい! と俺は切実に願うのだった。
「お帰りなさいませ。ウィル様」
「あぁ。ただいま」
「例の件、すでに調査が終わりました」
「分かった。先に聞こう」
「仰せのままに」
恭しく頭を下げ、俺たちは自室へと向かった。アイシアはいつものように俺が着席するとほぼ同時に、アイスティーを持ってきた。彼女独自のブレンドであり、俺だけではなくうちの家族は全員気に入っている。
といっても、俺が家族に会うことはあまりない。父上も母上も放任主義で、二人とも個人で王国内で事業を展開しているからだ。なので、俺にとってアイシアはもはや母のような人間でもあった。
「ドラッグの件ですが、どうやら王国内に微かに広まっているようです」
「そうなのか?」
「はい。治安維持を努めている魔法協会所属の魔法師団からの公式発表はありませんが、錠剤を含んだ後に暴走している魔法使いが少なからずいるようです」
「なるほど……その魔法使いにはその錠剤の入手経路は訊いているのか?」
「どうやら、自白魔法を使ったようですが、痕跡はなし。相手は認識阻害、または精神干渉系魔法に長けていると思われます」
「ふむ」
俺は顎に手を当てて思案するポーズを取る。まず、このドラッグの件は俺の知らないシナリオである。なので、誰が真犯人なのかということは不明。ただし、これを放置しておけば俺が破滅する未来に繋がるかもしれない。
あらゆる障害や懸念点は取り除くに限る。
裏で暗躍する組織を作るのも、こうなってくると必要性を感じてくるな。
「私の方の情報は以上です。ただ、冒険者ギルドに行けばもっと手に入るかもしれません。あそこは常に情報が飛び交っていますし、アーサー様の状態ならば情報も入手しやすいかもしれません」
「そうだな……」
いや、それは俺も考えていた。考えていたけど、どう考えても動くのは休日になるんだよなぁ……。うぅ。どうしてこうも休日に活動が入ってくるのか……。
「賢者の方は動かす必要はなさそうだな」
「そうですね。あちらはあまり人脈はないですし、今回は剣聖を中心にすべきかと。ちなみに、真犯人を特定した際にはどうするのですか?」
「ん? まぁ、魔法師団にでも引き渡すか」
「分かりました。では、無駄な殺生はしないようにと」
「あぁ……」
こわ。普通に俺が命令すれば、アイシアは容赦なく相手を殺すかもしれない。それほどの忠誠心を彼女は俺に対して持っている。そして、俺たちの活動が決して正義側の行動ではないことも分かっている。
悪を以て悪を制する。その考えを持って、俺は行動しているからだ。
「話は変わりますが、学院はいかがですか?」
「まぁ、その……」
「何がありました?」
アイシアは俺の反応から、すぐに何かあったのだと悟った。俺は素直に彼女に今回の演習の件を伝える。
「ヒュドラですか。しかも上層に。どうやら、今回のドラッグの件は思ったよりも根深いかもしれません」
「だな」
「それにしても、怪しまれているですか。その生徒、私の方で記憶を消しておきましょうか?」
「いや、やめておけ。サリナは魔法知覚適性が高い。不用意に近づいても、すぐにバレる」
「分かりました」
いちいちアイシアの行動が怖くなるが、それも検討していないわけではなかった。しかし、原作以上の力を持っていると考えると、下手にサリナに介入するのは愚策だ。
ここはごまかし続けるしかないと俺は判断した。
「じゃあ、剣聖の方で聞き込みをするか」
「はい。お供いたします」
俺は剣聖アーサーの姿でドラッグについての聞き込みを始めることにするのだったが──これが終わりの始まりでもあった。
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