第23話 片鱗
「結界!? どうして!? ここはボスフロアじゃないのに!」
サリナは緊迫した声でそう言った。ボスフロアエリアでは周囲が結界に囲われてしまい、脱出が不可能になる。出るためにはそこのボスを倒すか、一定以上の時間経過が必要となる。
しかし、ボスフロアは事前に巨大な扉があるので非常にわかりやすい。このように突発的に出現することはあり得ない。つまりこれはダンジョンの機能的なものではなく、人為的に敷かれた結界の可能性が高い。
この時俺は、この前ダンジョンでキマイラを討伐したことを思い出していた。あの時も確か、上層にランクの高い魔物が出現していた。
もしかして、今回の件と繋がりがあるのか……? と考えるも、今は目の前のヒュドラに対応しなければならない。
「二人とも陣形を組む! サリナは氷属性魔法で動きを鈍らせろ! ルイスは風属性魔法で首の切断を狙え! 俺は二人のサポートに入る!」
「えぇ!」
「分かりました!」
「……」
正直なところ、俺が本気を出せばこの程度の魔物は瞬殺することができる。Sランクの魔物ではあるが、その中でも強さがありヒュドラは個人的には脅威としては見なしていない。
流石にドラゴンとか来ると厄介だけどな。
俺はサリナとルイスに実力を悟られないように、細心の注意を払って二人のサポートへと徹する。
「ギィイイイィイイイイアアアアア!」
ヒュドラは雄叫びをあげ、周囲に毒を吐き散らす。それが地面に散布されると、まるで泥のように一気に溶けていく。食らって仕舞えばひとたまりもないが、サリナもルイスも距離を取って魔法を発動している。
その中でもやはり、冒険者としての経験が活きているようで、サリナは的確にヒュドラの行動を阻害していた。周囲には氷が生成され、ヒュドラも満足に動くことはできない。
動けば動くほど、鋭利な氷が突き刺さっていく。ヒュドラの鱗はそれなりの硬度だが、サリナの氷の魔力密度もそれに劣っていない。
そして、ルイスは風属性魔法である
「再生……!?」
「どうすれば……!」
二人は慌てているが、そこは俺が冷静に対処する。
「
ヒュドラの切断面に直接魔法を発動し、燃え盛る炎によって再生は止まる。ヒュドラの首は落としても再生するが、火属性魔法で焼けばそれも止まる。原作の知識がある俺にとって、魔物の対処は容易である。
「ルイス! 残りの首を切断しろ!」
「はい!」
俺たちは綺麗に連携を組んでいき──無事に最後の首を切り落とすことに成功。五つの首が地面に転がり、首を失った巨体が地面へと沈み込む。
サリナの発動した氷魔法、ヒュドラの出血など周囲は惨憺たる様子だった。俺はこの光景に慣れているので、特に気にすることなくヒュドラの死体に近づいていく。
念の為、生きているかどうかの確認のためだ。
「……!? ウィル! 首が!」
「ウィルくん!」
二人が驚愕の声を上げる。なぜならば、ヒュドラの切断された首が俺に向かって襲い掛かってきたからだ。
一瞬の錯綜。俺はここで自分を守るために、一瞬ではあるが全力で魔法を発動した。防御結界を眼前に展開、それに弾かれたヒュドラの首を高火力の
原型が残らないほどに燃え溶けていき、この場にはタンパク質が焦げた後の独特な匂いが残った。
「え……? 今のは……?」
「ウィルくん……?」
俺は黙っているしかなかった。くそ! 元々サリナが怪しんでいたというのに、一瞬とはいえ実力の片鱗を見せるしかなかった。
通常、討伐後のヒュドラの首は軽く動くだけで、先ほどのように獰猛に襲い掛かってくることはない。俺はこのヒュドラは戦闘中からずっと気性が荒いのが気になっていた。まるで何かに促されているかのようだったからだ。
やはり、何か人為的なものを感じる。そしてそれは原作にはないものだ。どうやら、ウルトラハードモードの世界でのシナリオを進んでいるようだな。
「ねぇ、やっぱりあなた──強いわよね。それも学生レベルなんてものには収まらないほどに」
「……いや、今のはまぐれだ。流石に驚いたからな」
「へぇ。まぐれねぇ。一瞬で防御魔法を展開、それに弾かれたヒュドラの首をノータイムで高火力の火属性魔法でも燃やすねぇ。それも、ドロドロに溶けるほどに。どれだけの魔力密度なのかしら。それに妙に落ち着いているというか、慣れているというか」
「……」
俺は視線を逸らすしかなかった。ま、まずい……くそ! あのヒュドラのせいでさらに怪しまれているじゃないか!
「ウィルくんはやっぱり凄いです!」
一方のルイスといえば、いつものようにキラキラと目を輝かせていた。く……まずい。サリナは目を細めて、じっと俺のことを凝視してくる。
「まぁ、いいわ。今はそういうことにしてあげましょう」
なぜかあっさりと彼女は引き下がってくれた。それから俺たちは、この演習を終わらせるために上層へと進んでいくのだった。
サリナに俺の正体がバレるまで──もう時間はあまり残されていなかった。
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