第22話 異変


 俺たちは順調に攻略を進めていき、無事に五層まで到着。そこで休憩をしようという話になった。


 しかし、剣聖の時は聖遺物である聖剣の力のおかげもあって難なく攻略できていたが、今の普通の杖で攻略するのは確かに骨が折れる。


 ここまでの分析からするに、やはりこの世界はウルトラハードモードの世界観であり、全ての水準が高くなっている。魔物の強さ、そして魔法使いたちの強さも。


 過度なインフレはしていないが、俺が知っている原作よりもずっとハードな世界になっているのは間違いなさそうだ。


「ふぅ。ちょっと疲れたわね」

「はい。でも、サリナさんは本当にすごいですね」

「まぁ、一応は冒険者もしているから」

「確かAランクでしたよね?」

「えぇ。目標は、剣聖様のような冒険者になることよ」

「剣聖……! 当代の剣聖は歴代最強だと聞きますからね、高い目標ですね」

「そうね。でもたどり着いてみせるわ。彼が見ている世界を、私も見てみたいから」

「頑張ってください! サリナさんならきっとできます!」

「ふふ。ありがとう」


 俺はその二人の様子をぼーっと見つめていた。うーん。ルイスが男なら好感度が上がっていくイベントでもあるんだが、女なんだよなぁ……そうなってくると、各ヒロインのルートはどうなっていくんだ?


 ルイスは誰を攻略していくことになるんだ? と純粋な疑問が湧く。


「ねぇ」

「……」

「ウィル。聞いているの?」

「ん? あぁ。すまない。ぼーっとしていた」

「全く、気合十分かと思いきや、急にいつもみたいになるんだからな」

「すまない」


 初めは十分に警戒をしていたが、ダンジョンの難易度は正確に把握できた。高難度ではあるが、ここはまだ上層。魔物自体もそれほど脅威になることはない。


 それに俺がいなくても、サリナとルイスの二人は優秀な魔法使いだ。まだ覚醒イベントは二人とも先にはあるが、現状であれば上層は全く問題はない。


 そう判断して俺はパーティでの戦闘もあまり目立つことはなく、後ろでサポートに回っていた。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」

「なんだ?」

 

 サリナが神妙な面持ちで俺に何かを尋ねてくる。


「あなた本当はもっと上級の魔法も使えるでしょう? どうして実力を隠しているの?」

「は──?」


 まさか自分の核心をつかれるような言葉が来るとは思わず、俺は一瞬だけフリーズしてしまう。え。今までの戦闘を見て、どうしてそう思うんだ!?


「い、いや……俺は普通だ。至って平均的かつアベレージであり、その全てを内包した中央値を兼ね備えた魔法使いだ」

「動揺しているのが分かるわね。普通って言いたいんだろうけど、支離滅裂よ?」

「……俺は普通だ」


 まずい。焦って意味不明な文言になってしまった。


「やっぱり、魔法の発動が綺麗なのよねぇ……それこそ、学院の教師陣よりもずっと。最近やってきた臨時講師のソフィーさんよりも、上だと思うわ」

「……流石にそれはないさ」

「いいえ。私、魔法感知には自信があるの。あなたの魔法は熟練の魔法使いに匹敵する……ううん。それ以上の高みにあるような気がするの」

「……そんなことはない。買い被りすぎだ」


 ヤベェ。なんか追い詰められていってるんですけど? てか、そうか。原作通りの性能ではなく、サリナの能力も俺の認識よりも上だ。そこのズレから今の状況が生まれてしまった。


 俺がどうしようと考えていると、ルイスが俺に向かってアイコンタクトを送ってきた。まさか、ルイス! お前がここで助け舟を出してくれるのか!?


 そう思っていると、ルイスが口を開いた。


「そうですよね! ウィルくんの魔法はとっても綺麗で、もはや芸術の領域にすらあると思います!」

「……」


 うん。まぁ、そうだよね。俺の真意を知らないので、そっち側の意見になるよなー。今後は魔法の発動過程ももっと学生の平均値的なものにしないとな、と俺は改めて誓った。


「二人ともそれは気のせいだ。思い込みでそう見えるだけ。確かに魔法を丁寧に発動することは心がけているが、それだけだ。別に大したものじゃない」

「でも──」


 サリナが否定しようとするので、俺はそれに言葉を被せる。


「俺の取り柄はそこだけ。中級魔法はある程度いけるが、上級魔法なんてものは無理。ただ魔法の発動工程にこだわっているだけさ」

「……まぁ、そういうことにしておきましょうか」


 一旦話はここで打ち切られることになった。あ、あぶねー。なんとかギリギリ誤魔化すことができたか? だが、隣ではキラキラと目を輝かせて俺に尊敬の念を向けているルイスがいる。


 俺はここで話を誤魔化すために、逆にサリナに尋ねる。


「サリナ。逆に訊いてもいいか?」

「何?」

「俺とルイスが絡んでいると、凝視してくるのは何故だ? 今回の演習だけではなく、学院でも見ているだろ?」

「な、なんのぉことかしらぁ?」


 声が上擦り、明らかに動揺している。もしかして、ルイスの秘密に感づいているのか? と思ってがこの反応からするにそうではなさそうだ。


「いや、見てるだろ。呼吸も荒くなっていたし。まるで興奮しているかのような」

「興奮なんてそんなこと……!」

「僕とウィルくんが近くにいると何かあるんですかね?」


 実験するかのように、ルイスはピタリと俺に寄り添ってくる。それを見たサリナは急に「く……っ!」と声を漏らして、天を仰ぐ。


「ほら。その反応からして、何もないわけじゃないだろ」

「……誰にも言わない?」

「あぁ」

「はい」


 そしてサリナは観念したかのように、ボソリと言葉を溢す。


「私、男の子同士の絡みが好きなの……」

「は?」

「え?」


 えっと……? 原作にはそんな設定はないんだが? ここでまさかのサリナが腐女子ということが発覚! しかし、ルイスは本当は女性。なんだ、この奇妙奇天烈きみょうきてれつな状況は……!


「だって、仕方がないじゃない! 私だって好きでこうなったわけじゃないの! 本能がそうなっているの! 魂に刻まれているの! だから………うぅ……」


 サリナは項垂れてしくしくと涙を流し始める。その姿を見て、何も思わないほど淡白ではない。


 俺とルイスは顔を見合わせる。まぁ、趣味趣向は人それぞれ。決して責めることなんてできない。サリナだって、それについて悩んでいた様子。


「いや、すまない。趣味は人それぞれだ。いいと思うぞ」

「僕も気にしてません!」

「うぅ……ありがとう……じゃ、じゃちょっと二人とももうちょっと寄り添って……」

「調子に乗るな」

「あう!」


 俺は変に興奮してきたサリナの頭にチョップを叩き入れる。


 なぁ、この世界は本当にどうなってしまったんだ? 原作とこの世界の違いにただただ、驚きしかない。ここには癖が強い奴しかいないのか……? 俺は前途多難になりそうな未来に辟易するのだった。


 そんなこんなありつつ、俺たちは休憩を終えてからさらにダンジョンの深部へと進んでいった。



「あったわ。これね」


 十層に到着。魔物を倒していき、今回の演習の目標である鉱石を入手することができた。あとはこのまま戻っていくだけだな。


「あれ?」

「地震? いや、この揺れは……」

「……」


 ドドドと大きな地響きが聞こえてくる。それは一定のリズムでこちらへと近づいてくる。そして、俺たちの目の前に出現したのは──


「ヒュドラ!?」

「え!? どうしてここに!?」


 五本の首がある巨大な蛇のような魔物であり、Sランクの魔物だ。どうしてそれがこの上層に? 出てくるとしても三十層以降の魔物だが、こうした異変は時折生じる。ただ、その間隔がやけに最近は短い気もするが……。


 俺は動揺している二人にすぐに声をかけた。


「逃げるぞ!」

「えぇ!」

「はい!」


 しかしなぜか、俺たちがきた方向は結界によって塞がれてしまっていた。魔物も魔法を発動することはあるが、こうしたものは見たことがない。まさか、一時的にここがフロアボスとの戦闘フィールドになったということなのか?


「結界……?」

「どうして?」

「どうやら、やるしかないようだな」


 そして俺たちは、このヒュドラとの戦闘を余儀なくされるのだった──。

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