第21話 ダンジョン演習、開始


 ついにやってきたダンジョン演習。


 ここアルフェリアダンジョンは世界でも有数の難関ダンジョンの一つである。今回の演習では十層にある素材を持ち帰ることであり、序盤としてはそれほど難易度は高くはない。


 そう。俺の知っている世界観ならば。しかし、この世界はおそらくウルトラハードモードであり、ダンジョン演習も気を抜くことはできない。


「おはようございます!」

「おはよう」

「昨日はどうもありがとうございました」


 生徒たちはダンジョンに併設されている冒険者ギルドに集合することになっており、俺はそこでルイスと顔を合わせる。


 今日は目覚めが良かったので早めにきたが、ルイスも早いな。


「いや、別に構わない」

「ふふ。僕、本当に嬉しかったんです」

「そうか」


 俺はあくまで淡白に対応するが、ルイスはいつまでもニコニコと笑っている。昨日ような女性らしさはあまり見えず、今はどちらかといえば男性に見える。


 これも彼女の長年の苦労の積み重ねなのだろう。まさか、ルイスが男装女子になっているとはな……改めて凄い世界観だ。


 声色、口調ともにいつも通りだな。全く、すごいギャップだな。


「二人ともおはよう」


 そこに現れるのはサリナだった。いつものように流麗な振る舞いに、凛とした声。彼女はすでにAランク冒険者なので、今回の演習は楽勝だろう。


 いや、楽勝だよな……?


 ルイスの一件以来、俺は疑心暗鬼になっていた。剣聖と賢者の力を手に入れ、人生に勝利したぞ! ガハハ! なんて慢心は今の俺にはなかった。


 もしかしたら、今後も予想できない何かがあるかもしれない。俺は改めて、気を引き締めることにした。


「なんだか、気合入ってるわね」


 俺の纏っている雰囲気を感じ、サリナがそう言ってくる。


「サリナ。人生とは、何が起きるか分からない。どれほどの実力があったとしても、全ての事象に対応できるわけではないんだ。万能なんてものは幻想であり、人は常に不確定要素を考慮しなければならない」


 俺はポツリと人生を語り始める。ここまでくると逆に悟りを開きつつまである。これはこれで、良かったかもしれない。俺の中にあった慢心が消えていくのに、悪いことはないからな。


「はぁ……というか、何気に呼び捨てにしたわね」

「おっと。すまない」


 あ。やらかしてしまった。サリナのことは原作でも知っているので、普通にその時のテンション感で呼び捨てにしてしまった。


「まぁ、いいわ。ダンジョン内での連携もあるし、私もウィルって呼ぶから」

「あ、あぁ……」


 ことなきを得た。サリナは貴族らしくはないドライなところは俺も好感を持っている。ここは原作通りで助かったな。


「むぅ……」


 その隣で頬を膨らませていたルイスは、明らかに不機嫌そうだった。なんだ? どこに不機嫌になる要素があった?


「ルイス。どうした?」

「別に。なんでもありません」


 顔を背けて不機嫌ですよとアピールしているようだった。全く、やはり女性の気持ちなんてものは分からないものだな。



 それから教員による説明があり、ダンジョン演習が開始されることになった。十層までは特に大きな脅威はなく、ギミックなども多くはない。十層以降となると、流石にかなり敵も強くなってくる。


 というか、剣聖で俺は実際にこのダンジョンの下層まで潜っている。確か、アイシアと二人で四十層まで行ったか? あの時は聖剣の力のおかげで順調だったが、今思えば敵は原作よりも強かった気がするな……。


 ゲームでプレイしている感覚と、実際にその世界で生きている感覚では、差異が生まれるのは当然である。俺はこんなものかと思っていたが、そうだよな。やっぱり、明らかに魔物たちは強いよな。


「どうしたの。そんな真剣な顔つきになって」

「周囲を警戒している」

「教室ではいつもやる気なさそーにしているのに、今回はやけに気合十分ね」

「さっきも言っただろう。人生何が起こるかわかったものじゃない」

「はいはい。ま、十層までなんて楽勝だから。早くいくわよ」

「……」


 そう言ってサリナは戦闘を進んでいく。彼女を俺とルイスは追いかけていくが、ルイスはチラッと俺の顔を窺ってくる。


「? なんだ?」

「いえ。その……サリナさんのいう通り、気合十分だなぁと思って」

「……色々とあったんだ」

「? そうですか」


 ルイスはピンと来ていないが、お前の存在自体が原因なんだよ──とは口が裂けても言えるわけがない。彼女は生まれた時から女性であり、俺のような知識を持っているわけがないのだから。


「わっ……!」


 順調に進んでいると、急にルイスが転んだ。地面にある石につまづいたのだが、全くこいつはいつも転んでばかりだな。しかし、原作にも同じようなことはあったので、俺はどこかほっとしていた。


「大丈夫か?」

「ありがとうございます。いつもすみません」


 俺はルイスのことを抱き止めた。ただその俺たちの様子を見ていたサリナは、妙に目が爛々と輝いてるような気がした。


 何かに魅入られているかのように。


「はぁ……はぁ……」

「おい。急にどうした?」

「はっ!? べ、別になんでもないわよ! さ、行きましょう!」

「「?」」


 俺とルイスは顔を見合わせる。サリナの様子がどこかおかしいことは、互いに察していた。


 そして俺はこの演習で、原作にはないサリナの意外な一面を知ることになるのだった。

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