第20話 修羅場


 二人でまだ杖ができるのを待っており、俺は彼女に話を振ってみることにした。


「学院での生活はどうだ?」

「えっと。その色々と苦労はありますが、なんとか頑張っています」

「そうか」


 苦労か。確かに性別を偽るのは、大変なことだろう。そうしていると、急にルイスが暗い表情になる。え? ど、どうしたんだ? 何かやらかしてしまったか?


「どうした? 大丈夫か?」

「実は……私、本当に不安だったんです……」


 ポツリと言葉をこぼす彼女は、先ほどとは打って変わって少しだけ落ち込んでいるようにも見えた。


「学院は貴族至上主義。光属性の魔法が使えるとはいえ、敬遠されることは覚悟していました。友達だって一人もできない。孤独な学園生活を送ることになる……そう思っていました。でも、ウィルくんがいました」

「は? 俺?」

「はい。いつもはやる気なさそうで、初めは私にも冷たい感じでした。でも、本当は優しい人なんだなって。今はよくわかります」

「……」


 ぐ。否定する材料が乏しい。だって、俺は主人公のルイスが大好きな人間だったからな。悪役として振る舞うものの、彼……じゃない。彼女に対して前世の記憶が出てしまうのは、無理もなかった。


 でもなぁ、女なのかぁ。今まで男として見ていたのに、女と分かってしまった。今は別にいいが、学院ではどうやって接していけばいいんだろう……前途多難だ……。


「お前がそう思うなら、そうなんだろう」

「はい。そう思っておきますね?」

「ルイスの素の姿を見て思ったが、意外と饒舌なんだな」

「はい。本当はとってもお喋りなんです」

「それに意外と図太い性格をしている」

「そうですかね?」

「あぁ」

「もしかして、嫌だったりしますか?」

「……」


 まるで子犬のように俺のことを見上げてくるが、俺はそれに弱いんだ。しかも、それが女性だと尚更。


「いや……別に」

「ふふ。良かった」


 満面の笑みを浮かべるルイスは心から嬉しそうな様子を見せる。けど、学院では窮屈な思いをしているんだ。俺との会話で少しでもそれが緩和できたのなら、良かった。


 それから無事にルイスの新しい杖を受け取り、俺たちは帰路へとつく。


「送っていく」

「いいんですか?」

「もう時間も遅いだろう」


 気がつけば既に黄昏時。太陽の光は空に溶けていくように無くなろうとしていた。月明かりも微かに目立ち始めている時間だ。


「ありがとうございます」

「一応、貴族として女性に良くするのは当然だからな」

「ふふ。そうですね」

「……」


 調子が狂うというか、なんというか。俺の言葉の真意を全て見透かされているような感覚に、むず痒さを覚える。


 そして二人で並んで歩みを進めている際、ルイスが急につまづいて転んでしまうそうになる。


「きゃっ!」

「おっと。気をつけろよ」

「すみません。あまり慣れてない靴を履いてきてしまって」


 そう言えば、ルイスは少し丈の高いサンダルを履いていた。慣れていなかったので、転びそうになったのだろう。


「あ……あの」

「どうした」

「む、胸が……」

「……! おっと。す、すまない」


 彼女を抱き止めるような形になり、否応無しにルイスの大きな胸が俺に押し付けられていた。流石に気まずいな……。


「あ、ここでもう大丈夫ですよ」

「そうか」


 そして俺たちはここで別れることに。


「今日は本当にありがとうございました。一生の宝物にしますね」

「杖は消耗品だ。使えなくなったら捨てるもんだ」

「いえ。この杖はウィルくんに貰ったものです。ずっと大事にします」

「勝手にしろ」

「はい。勝手にします。では、また学院で」

「あぁ。じゃあな」

「ばいばい」


 しかし──俺とルイスはここで別れることはなかった。なぜならば、気がつけば俺たちの目の前にはメイド服姿の女性が現れていたからだ。


「うお……っ!」

「きゃ……っ!」


 あまりにも唐突すぎたので、俺とルイスは驚きのあまり声を上げる。俺でも気がつかないほどの隠密魔法──そして、目の前に立っていたのは他でもない。


 俺のメイドである、アイシアだった。


「本日は楽しかったですか?」

「……」

「ウィル様。今、私が質問をしているんです。楽しかったですか? と。イエスかノーでお答えください」


 鬼気迫る様子。ニコリとアイシアは笑みを浮かべているが、目がその……笑っていない。全ての光が失われたかのような目で、アイシアは俺に問いかけてくる。


「い、イエス……」


 流石にルイスのいる手前、否定できるわけもなく。


「それはそれは。主人が楽しめたのならいいです。しかし、あらあらぁ。おかしいことが、一つありませんかぁ?」


 いつもは理路整然とはっきりした口調なのに、やけに語尾を伸ばす。それがさらに怖さを駆り立ててくる。


「……えっと」

「本日早朝。6時22分の会話ですが、誰と外出をするのか私は尋ねましたよね?」

「……あぁ」


 こわっ! なんで時間まで正確に覚えているんだよ!


「その時、ウィル様は──いや、男だ──と答えました」

「……はい」

「へぇ。ふぅん。この素晴らしく可愛らしい女性が、男ねぇ。へぇ……この方が男性ねぇ。多様性の時代ですが、流石に無理はありませんか。え、それともまさか、ウィル様が嘘をついていたと? 私の主人が、異性関係に関して嘘を? まさか、そんなことありませんよね? ね? ねぇ……」


 ひ、ヒィぃイイイいいいいい! 怖くてもう泣きそうだった。表情、口調、その全てが俺にとって恐怖でしかなかった。


 俺はどうしていいのか、全く分からなかった。嘘をついたのは俺であり、こうして詰められるのは仕方がない……あぁ。今日の晩御飯は無しかもな……。


「あ、あの!」


 そこでルイスが意を決して声を発した。


「なんでしょうか?」

「えっと……私からお誘いしたんです! だからその、あまりウィルくんを責めないで欲しいです……」

「へぇ。なかなか性格のいい小娘ですね」

「こ、小娘……?」


 目をスッと細めて、アイシアはルイスと相対する。な、なんだこの緊張感は……ダンジョンのフロアボスでも経験できないほどのものだ……。


「いいですか。私はウィル様を多忙な旦那様と奥様の代わりに、お育ていたしました。それこそ、私好み……こほん。それはまぁいいでしょう」


 は? 私好み? 聞き捨てならない言葉が耳に入ってきたが、ここで俺が発言をする権利はない……。


「ともかく、ウィル様はとても素晴らしいお方です。彼と釣り合うだけの資質があなたにあるのでしょうか?」

「えっと……それは……で、でも! 私はウィルくんの良さをたくさんして知っています!」

「ほぅ……では、教えてください。あなたごときの小娘が、何を知っているのか」

「表ではやる気がなく、人に優しくないって感じでツンツンしてますけど、本当は誰よりも優しいです!」

「ふむ。あなた、見どころがあるようですね」


 急にアイシアの雰囲気が柔らかいものになる。も、もしかしてこれは……いけるのか? 俺の晩飯がなくなる未来を回避できるのか?


「それに周りに迎合せず、一人でいるのはカッコいいです!」

「天才故の孤独。しかし、それは女性にとって魅力的なものです。うんうん。よく分かっていますね」

「あと、パンを食べるときハムスターみたいに頬張っていて可愛いです」

「──イエス。あなた、どうやらただの小娘ではないようですね」


 その後、二人はなぜか意気投合して俺の良いところを語り合っていた。待ってくれ……一体これは、何の拷問なんだ……。


「合格です。今後も学院で何かあれば、私に共有してください」

「分かりました! アイシアさん、とっても良い人で良かったです! では私はこれで。ウィルくん、アイシアさん。さようなら!」


 話は終わり、ルイスはまるでスキップでもしそうな様子で帰路へと向かった。はぁ……やっと終わったか。


「彼女が良い人なのは理解しました。しかし、ウィル様が私に対して異性関係で嘘をついたのは事実です。今日の晩御飯はありませんから」

「……はい」

「それとまだ説教は終わっていませんから」

「……はい。ぐすん」


 その後。帰宅してから俺はずっとアイシアの説教を受けた。


 今後、異性関係で嘘をつけばどうなるか知りませんよ? とものすごい圧力をかけられた。目がマジだった。しかもその説教は六時間にも及んだ……もちろん俺はずっと正座である。これからは嘘をつくのはやめようと、心から思った一日だった……。


 

 そんな波乱の休日を過ごし──俺はついにサリナとルイスの二人と、ダンジョン演習に臨むことになるのだった。

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