第15話 無双
「死ね、死ねえええええ! 死ねよおおおおおおおおおっ!」
ケインの溢れ出す魔力から魔法が一瞬で構築されていき、俺に向かって襲いかかってくる。至る所に重力魔法の跡が残り、まるでここは戦場のようになっていた。
狂乱状態とも言えるその姿は、おおよそ正常なものではないが──やることに変わりはない。真正面から叩き潰すだけだ。
「なるほど。おおよそ、把握はした」
俺は相手の魔法を避けながら、ぼそっと呟く。今の状態はともかく、単純に魔力の出力が上がったに過ぎない。攻略するのは特に問題はなさそうだった。
俺は杖を振るう。
「
初級魔法である
「ははは! その程度の魔法でどうにかなると思ったか!?」
俺は
それは魔法の発生というものには、どうしてもラグが存在するからだ。そのため、魔法使いの戦闘スタイルは中遠距離のものになりやすい。
しかし、俺は剣聖の力を手に入れる際、剣術もマスターしている。正直言って、魔法よりも複雑さはなく、剣術はシンプルだ。近接戦の方が俺の本領なのだ。
「歯を食いしばれよ──」
俺は呆然と立ち尽くすしかないケインの顔面に拳をめり込ませる。身体強化をした拳の威力は尋常ではなく、彼は「ごは……っ!」という声をあげて再び転がっていくしかなかった。
俺はさらに加速。相手の背後に回り込むと、背中に蹴りを叩き込んだ。その隙に相手の杖を思い切り踏んで折った。
これでもう、先ほどのような魔法を使用することはできないだろう。
「……ぐ、う、あぁあああ」
うめき声を漏らす。俺と彼には戦闘経験の差があまりにも大きすぎる。一時的に魔力が増幅したとしても、それだけでしかない。魔法戦に限らず、戦闘とは単一の要因で左右されるものではないからだ。
俺は彼に近寄っていく。
「ひっ!」
「他者を痛ぶるのは、楽しいか。俺には分からない感覚だな」
「来るな、来るなよおおおおおお!」
杖がないからと言って魔法が発動できないわけではない。あくまで杖は魔法を発動の補助であり、杖無しでも簡単な魔法であれば発動はできる。
ケインは最後の気力を振り絞って、俺に向かって
こんな魔法程度であれば、対象指定の無効化を使う必要もない。
俺は身体強化をした右手で軽く
「は……? ま、魔法だぞ!? 素手で払うなんて……っ!」
まぁ確かに普通は無理だな。それは技術的な問題ではなく、精神的な問題が大きい。しかし、俺に普通の魔法使いの道理など通用しない。
「──
俺のことを見上げるしかないケインに向かって魔法を発動。すると、彼はあまりの苦痛に叫び声をあげる。
精神干渉系魔法。相手の肉体ではなく、精神に直接痛みを叩き込む。
「ぐ、ぐわアアアアアアアアっ!」
「……」
それを見ても、俺は何も感じていない。今後二度と、馬鹿な行いをしないように俺は彼の心をここで完全に折るつもりだった。
「せ、精神干渉系魔法だと……!? Sランク魔法を、どうしてお前が……!?」
「
「うわあアアアアアアアアアアアアアア!」
再び発動するが、ただ虚しいだけだった。こいつの醜態を見ても、俺の心が決して動かない。仮にこれが主人公のルイスであれば、とっくの前に許しているのだろうが、俺はまだ許さない。
覚悟もなしに他者を踏み躙ったこいつには、それ相応の罰が必要だ。
「俺は……伯爵家の人間だぞ! こんなことをして──ぐあっ!」
「ノー」
「お前、絶対に許さないからな! 父上に報告して、お前の全てを壊してやる!」
「ノー」
「グワアアアアアアアア!!」
相手の言葉を否定する度に魔法を発動する。しかし、これだけの痛みを受けてなお、反発してくるのは貴族のプライドだろうか。
しばらく続けると、彼はガックリと頭を下げて動かなくなってしまった。意識はかろうじて残しているので、気絶はしていない。
「痛みを理解したか?」
「あ、あぁ……」
「因果応報という言葉を魂に刻みつけておけ」
「……」
その言葉を機に、ケインは完全に気絶してしまった。同時に俺は彼の頭部にそっと触れる。俺との戦闘の記憶を無くしておくためだ。俺の戦闘を目撃して生徒にも、同様に魔法をかけておいた。
「これでひと段落だな」
記憶を無くしたといっても、この痛みは本能的に彼に刻まれた。
仮にまた何かしようとすれば、俺は何度だってやってやる。俺は別に正義の味方じゃない、ルイスのような清廉潔白な主人公でもない。
ただの悪役だ。ならば、この世界にある悪は俺の悪によってねじ伏せる。それだけのことだ。
こうしてケインの蛮行を止めたが、俺はあることが気になっていた。
「あの薬は、一体……」
彼が使用していたドラッグに心当たりはない。原作にはないものであり、どうして彼がそれを持っていたのか。魔力を増幅させるドラッグ──あれだけではなく、確実に複数生成されているはずだ。
この王国で一体何が起きているのか。俺は一抹の不安を覚えつつ、いつもの日常へと戻っていくのだった。
†
後日談。
あれからケインはすっかり大人しくなった。あの時の記憶はないが、俺の姿を見ると彼はそそくさと逃げ出す。きっと、あの時の痛みを思い出すのだろう。
そして俺に対するいじめもなくなり、晴れて平穏なボッチへと戻った。
「今日もいい天気だな」
昼休みに屋上にやって来るのは、俺の日常だ。いつもものようにパンを齧り、空を見つめる。俺のこの物語での仕事は終わった。平穏な学園生活を送りつつ、剣聖と賢者の仕事をこなしていく。
ワンオペに変わりはないが、それも日常の一部になりつつあった。
「あ。こんにちは」
ルイスがやってきた。いつも来るわけではないが、彼は高頻度で屋上へとやって来る。
「あぁ。顔色は良さそうだな」
「はい! とても元気になりました!」
ルイスの過剰労働も無事になくなり、彼は前のように元気に学園生活を送っている。そうだ。お前はこのまま、明るい未来に進んでいくべきだからな。
「えっと……もしかして、僕のために何かしてくれましたか?」
「はぁ? そんなことはない。俺はただいつものように、怠惰に生きてるだけだ」
「そ、そうですか……」
しゅんと頭を下げるルイス。本当のことを言えば、彼は俺にいたく感謝するだろうが、俺には必要のないことだ。これは主人公が知る必要のない、裏の物語だからだ。
「じゃ、俺は行く」
俺なんかこれ以上関わっても、ルイスに良いことは無い。そうして屋上を後にしようとすると、彼が俺の腕を引っ張ってくる。
「わっ……!」
それに反発すると、ルイスは体制を崩してしまう。俺は慌てて転びそうになる彼のことを抱き止める。
ん? なんだ、この感覚は。抱き合っているような形だが、俺の体にその……確かな膨らみが当たっている感覚があるのだ。かなりボリュームがあり、まるでマシュマロのように柔らかい。
そして、しゅると音を立ててルイスの服から包帯のようなものが落ちてきた。
「……は?」
いや、俺は間違いなく人生で一番の驚きに支配されている。
「きゃっ!」
慌てて俺から離れ、自分の胸を隠すような仕草を見せるルイス。それに今の声色は完全に男性のものではなかった。
彼は──彼ではない。間違いなくその体つきは、女性のものだった。
「は、ははは」
もはや乾いた声しか出なかった。
天を仰ぐ。あぁ、どうやらこの世界は本当に俺の知るものから逸脱してしまったようだ……。
平穏な日常は終わりを迎え、さらなる波乱の日々へと突入する──。
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