第16話 衝撃の真実


「……」

「あ、あわわわわ……」


 俺が天を仰ぐ一方、ルイスはかなり慌てていた。それこそ、バレてしまってはいけない秘密が開示されてしまったかのような。


 え? え? いや、女……だよな。


 チラッと視線をルイスに向ける。胸がある。それも、結構な大きさだ。確かに、今まで違和感はあった。


 やけにフローラルな香りがするし、体育の時も別室で着替えていた。ルイスは引っ込み思案なところがあるので、そこは原作通りだと思っていた。


 中性的な容姿と言っても男性である。それは天空のアステリアの原作では間違いなくそうなっているはずだ。


 だが、目の前にいるのは──女性だった。


「し、失礼します……っ!」


 ルイスは慌ててこの場から去っていった。俺はその様子をただ茫然と見つめている他なかった。


 は? マジで? マジで女なの?


 俺は改めて、この世界が自分の知っているものだけではないことを知るのだった。いや、明日からどうしよう……。



「……」

「ウィル様」

「……」

「ウィル様!」

「……はっ! どうした、アイシア」

「どうしたではありません。そんなに呆けてどうしたのですか」


 俺は幽霊のようにふらふらとした足つきで家に戻り、今は食事を食べ終えていた。今までのルーティーンを体は覚えており、その通り動いているだけだった。


 意識は完全に、ルイスのことでいっぱいだった。それにあの胸の大きさはかなりのボリュームだった。あれは物理的に隠していたのか? それとも魔法なのか? 


 彼……じゃない。彼女への疑問は尽きない。


「あ」


 その時、俺は唐突に思い出す。そうだ、俺は前世で天空のアステリアの追加シナリオのアップデートを楽しみにしていたのだ。新規ルートが追加されるということで、ファンたちは誰もが楽しみにしていた。


 まさか、この世界は俺がプレイすることができなかった──新規ルートの世界なのか? そう考えると、やりこみ尽くした俺が知らない展開が存在するのも納得できる。


 いや、待てよ。そうなってくると、ウィルという悪役が滅びるシナリオも全く別のものになっているのか……!?


 確かにこの世界観は同じではあるが、未知のシナリオが存在することで俺の未来は全く分からないものになってしまった。


 いや、落ち着け……剣聖と賢者の力を俺は手に入れているし、実力もこの十年の血の滲むような努力で十分なほどに身につけた。


「だ、だ、大丈夫だ……だだだ……だ」


 ガタガタと手が震える。手に持っていたコーヒーカップからは、コーヒーが溢れ出してしまうほどには俺は動揺していた。


「ウィル様!? 本当にどうなされたんですかっ!」


 流石のアイシアも俺のことをかなり心配している。そうだ、まずはアイシアに相談しないと。俺たちは自室へと移動して、早速本題に入る。


 概要を話すとアイシアは顎に手を当てて、思案する素振りを見せる。改めて思うが、アイシアに情報を共有していたのは英断だったな。


「なるほど。神託の内容がズレて来ていると」

「あぁ。俺が破滅する未来は避けることができた──そう思っていたが、実際は違うのかもしれない」

「しかし、ウィル様は剣聖と賢者の力を手にしています。おそらく、世界であなたに匹敵する存在はいないかと」

「そうだと思うが……」


 俺にはある懸念点があった。それは、決闘で叩きのめしたケインの実力が、予想以上のものだったこと。もちろん、ドラッグによるブーストもあるが、素の実力は俺も認めるほどだった。


 それこそ、原作では終盤に出てくるような強さをしていた。


「あ」


 また思い出す。そうだ。新規ルートは確か、今までには存在しなかった《ウルトラハードモード》というレベルが追加されることになっていたはずだ。やりこみ要素をさらに追加し、ユーザーに楽しんでもらえるようにと。


 ま、まさか……この世界って、ウルトラハードモードの世界なの? しかし、そう考えると、色々と納得がいってしまう。思えば、剣聖の時に潜っていたダンジョンの魔物もやけに強かったような……。


 すでに人生は余生だと思っていたが、どうやらまだ俺の波乱の人生は始まったばかりなのかもしれない。


「アイシア。俺はどうするべきだと思う?」


 もはや頼れるのは彼女しかいない。俺は自分でもある考えが浮かんでいたが、彼女に尋ねてみることにした。


「ウィル様が破滅しない方法ですか。ならば、世界を裏から支配するのはどうですか?」

「なるほど、な」


 奇しくも、俺が考えてたものと一致する。そう。もはや自分の死亡フラグが分からない以上、世界そのものを支配すればいい。あらゆる原因を根本から取り除く。そして、仮に何かが起こったとしても対処できるようにする。


「裏で組織を立ち上げるのもいいかもしれません。ウィル様をボスとして、世界を牛耳ることのできる巨大な組織を作るのです」

「大ごとになってきたな」

「しかし、万全を期すのならばこのぐらいは。それにあなたにはそれだけの実力があります」

「そうだな」


 組織のボスか。ワンオペで仕事をしていた俺は悲しくも、誰かに仕事を振ることには慣れていない。いつも一人でやって来たからだ。


 けれど、今はそうも言っていられない。万全を期すために、新しく行動を起こす必要がある。


 目下の問題は──ケインが使用していたドラッグだ。あれは明らかに違法薬物であり、どこから流れて来ているものなのか。もしかすれば、あれによって俺は破滅の未来を迎えるのかもしれない。


 まずは組織の立ち上げを想定しつつ、あのドラッグを追ってみるか。


 ただし今は大きな問題が一つ残っている。ルイスの件は彼女に直接訊いてみるしかない。


「アイシアは組織立ち上げの準備をしていてくれ。俺は別件で調べたいことがある」

「仰せのままに。ウィル様、このアイシアに全てお任せください」


 そして俺たちは新たに動き始める。原作とは似通った、全く異なる世界で──。


 ただ俺はどこか自分の心が高揚しているのを感じた。今までは余生を楽しむだけで受動的な人生だったが、これからは能動的に生きていく。


 そうだ。俺が天空のアステリアに求めていたのは、このワクワク感だった。未知の世界に飛び込み、活躍していく主人公。そんなルイスに憧れた。


 ただ俺は悪役貴族。表舞台で活躍することはできないが、いいだろう。俺は裏の世界で台頭しようじゃないか。



「さて、と」


 翌日。俺は放課後になって屋上である人物を待っていた。それは他も出ない、ルイスだった。ルイスの机には手紙を入れておいた。話があるので、放課後に屋上に来てほしいと。


「来たか」


 ぎぃ……と遠慮しているのがわかる様に、扉がゆっくりと開いた。


「あ。その……」


 今までは男性と思っていたが、細かい仕草が女性のものであると今更ながらに気がつく。


 主人公のルイスは女性だった。ならば、彼女の過去も俺の知っているものとは異なり、今後の展開も予想しないものになる可能性が高い。


 まずはルイスから情報を得たい。俺はそう考えていた。


「よう」

「あの……驚きましたよね」

「あぁ。だが、誰にも言っていない」

「それは……その。ありがとうございます」


 いつものように頭を下げるが、声色は依然として暗いままだった。


「聞いてくれますか──僕の秘密を」

「あぁ」


 そして俺は、ルイスの秘密に直面する──。

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