第14話 圧倒


 ケインと向かい合う。


 互いに杖を構えて、相手の動きを窺う。聖杖セレスティリアを抜くことはない。この程度の相手にそれは明らかにオーバーパワーだからな。


 それに、俺はすでにこいつの底は完全に見切っていた。


「ククク。お前が動かないなら、こっちからいくぜ?」

「……」


 杖に魔力がこもっていき、そして魔法が発動する。この世界の魔法杖は、杖に自身の特性魔法式を書き込んでいるものが多い。


 そうすることで、より早く魔法を発動させることができるのだ。


 もっともそれにデメリットもあり、杖に書き込める魔法式には上限がある。どれだけ優れた杖であっても、五つ以上の魔法式は無理だ。


重力グラビティ!」


 発動するのは──重力魔法か。それほど使用者は多くはなく、それに使い勝手の良い中級魔法だ。それにしても、この程度のモブが重力魔法を扱えるのか。


 俺は発動地点から移動すると、その場は深く凹んでいく。まともに食らえば、地面に叩きつけられてしまうだろう。まぁ、当たればの話だがな。


「ちっ。避けたか」

「お前の性格の悪さを反映した魔法だな」

「クク。お前は分からないだろうなぁ……重力に押しつぶされている相手を眺める愉悦を。一度捕まれば、カゴの中の鳥同然。手足の骨が粉砕しても、文句はないよな?」

「当たればの話だろう?」

「テメェ……いちいち俺をイラつかせやがって! 重力グラビティ!」


 再び重力魔法が発動するが、俺は自身に身体強化を施している。相手の目線と杖の角度を計算し、魔法発動地点を予測。難なく魔法を避けていく。


「その程度か?」

「くそ! 黙れ、黙れ! 一度でも捕まえれば、お前なんて──!」


 その後、何度も魔法を発動するが俺がそれに捕まることはない。その間、俺は冷静に分析をすると同時に、ある魔法の準備に入る。


 相手の魔法性質は重力。他にも引力や斥力の可能性も考慮すべきだな。だいたい、この手の性質にはセットになっているからな。こればかりは、原作の知識が大いに役立った。


 俺は目を凝らして相手の魔法の解析を始める。


 彼はその後も魔法を発動し続けた。重力魔法は中級魔法に位置するが、それでも彼は難なく魔法を発動している。口だけではなく、それなりの実力はあるようだな。


 しかし──あくまで学生レベルに過ぎない。


「避けてばかりでいいのか!? お前の程度は知れてるんだよ! あのルイスにボコられた分際で俺に勝てると思っているのかっ! あぁ!?」


 挑発してくるので、俺はそれに乗ることにした。


 こいつには徹底的に分からせないといけないし、すでに分析は終えた。


「なら、俺はお前の攻撃はもう避けない。一度でも当たればいいんだろ? さぁ、俺に向かって魔法を発動してみろ」

「はぁ?」


 俺の言っていることが理解できないという表情。後ろに控えている取り巻きたちも、俺の言葉に驚いている様子だった。


 そして俺はピタリと立ち止まる。


「お前の魔法程度であれば、問題ないと言ったんだ」

「テメェ……後悔しても、遅いからな! 圧殺してやるよ! 重力グラビティ──!」


 重力魔法が発動。俺を対象としたその魔法が襲いかかってくるが、俺のその指定対象範囲で静謐せいひつに立ち尽くす。


「──は?」


 魔法は発動している──が、俺の周りの地面だけが完全に凹み切っており、まるでクレーターのようになっている。そう。俺以外の周りに魔法は発動している。


「バカな! 魔法の無効化だと……!?」

「厳密には、魔法そのものの無効化じゃないんだけどな」

「うるせぇ! さっさと押し潰れろ! 重力グラビティ!」


 幾度となく重力グラビティが発動するが、俺には全く通用しない。すでに魔法の解析は終了し、俺にもはや相手の魔法は通用しない。


 原作の裏ボスを倒すと習得できる魔法──それは仮想魔法領域という概念に干渉する魔法だ。


 これによって他者の魔法に介入することができ、自由自在に魔法を改造することができる。魔法式改竄と呼ばれるこの魔法に、ケイン程度が太刀打ちできるわけがない。


「お前の魔法はもう、俺には届かない」

重力グラビティ! 重力グラビティ! 重力グラビティ! なんでだ! どうして効かない!」


 俺はゆっくりと近づいていく。その歩みは彼の終わりへと少しずつ迫っていく。ケインの表情は焦りに変わっていき、何度も何度も魔法を発動する。


 が、それは俺だけに当たらないように改造されている。


「冥土の土産に教えてやろう。これは、対象指定の無効化だ」

「なんだよ、それはよおおおおおおおおお!」


 叫びながらも彼は魔法を発動し続け、俺はついにケインの目の前にやってきた。そして、拳に魔力をこめて思い切り顔面に叩きつけた。


「ぐあっ……!?」


 ろくに受身を取ることもできず、派手に転がっていく。ケインの顔には青あざができ、鼻からはどくどくと血が流れ出す。


「魔法を発動する際、魔法使いは無意識にその対象を指定している」


 俺の講釈は続く。まるで授業をするかのように、俺は語りかける。


「魔法の対象指定という概念。魔法大学で学べる内容だ。しっかりと覚えておくといい」

「……ひっ」


 完全に腰の抜けてしまったケインは、俺のことを恐怖に染まった目で見上げる。お前がしてきたことは、この程度では清算できない。俺はさらに杖を構える。


「俺はお前の魔法に介入して、その対象指定を操作した。俺にだけ魔法が当たらないようにな」

「なんだそれは……! 聞いたこともないぞ! そんなの……そんなのまるで──賢者じゃないか!」


 ははは。正解だ。


 しかし、俺は原作のような賢者ではない。あくまで悪役。自分の障害になるものは、徹底的に叩き潰す。主人公のルイスのように、悪役に慈悲を与えたりはしない。


 悪を以て悪を制する。


 それが俺の生き様であり、この道を進むと俺は決めた。


「お前たち、やれ! こいつを止めろ!」


 ケインはついに一対一の決闘のルールを破り、取り巻きたちにそう吐き捨てた。その言葉と同時に彼らは躊躇なく杖を抜いたが──俺は魔法を発動して、その杖を弾き飛ばした。


「え……!?」

「いつの間に!?」

「なんだ、あいつの魔法は!」


 全員が驚きているのも無理はない。俺は一瞬で取り巻きたち全員の杖に向かって風属性の魔法を発動し、弾き飛ばしたのだから。学生レベルの領域にないことは、もう全員分かっているだろう。


「く、くそ……そうだ。あの人にもらったこれを飲めば……!」


 ケインは何やらボソボソと呟き、ポケットから取り出した小さな錠剤を──飲み込んだ。すると彼を中心に真っ黒な魔力が漏れ出し、それは天をくような勢いで溢れ出した。


「ぐ、グオオオオオオオオ! これなら、お前を──殺す! 殺せるうううううう!」


 魔力を一時的に暴走させる魔道具か? 原作にもそれは存在したが、今見たのは魔道具ではなく錠剤のような形をしていた。俺の知らないものだ。


 まぁ、今はそこに注力している場合ではない。どんな力で来ようとも、こいつを叩き潰すだけだ。



「来い。お前に魔法の真髄を見せてやる──」

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