第13話 さらば平穏
俺はここ一週間、ルイスのことを観察した。彼は放課後になると、決まってバイトに向かう。それもパン屋だけではなく複数掛け持ちしているようだった。
まさか掛け持ちしているとも思わず、俺はただただ呆れるしかなかった。
そして、どうして彼はこのような行動を取っているのか。俺はその原因まで迫りつつあった。
「おい」
「あ……えっと。なんですか?」
俺は同じクラスメイトの一人に話しかける。今まで聞き込みをしてきて、彼が現場を目撃しているのはすでに分かっていた。
「ルイスとケインが揉めたのを目撃したか?」
「え、えーっと」
「話せ」
「ひいっ!」
俺は凄むことで早く情報を提供しろと促す。俺の予想が正しければ、二人には間違いなく何かあったはずである。
「あの……実は、その。口止めされているんですけど、でも……そうですよね。彼、ものすごく体調悪そうですもんね」
彼もまたルイスに対して思うところはあるようだった。ヒロインであるサリナもルイスに声をかけているが、彼は決して口を割ることはない。
だからこそ、俺は外側からその要因を突き止めようとしたのだ。
ルイスは愚直で真面目だからな。
「ルイスさんが昼休みに飲み物を持って走っていたんです。急いでいる様子でした。その時、曲がり角でケインさんが出てきて二人はぶつかりました。あまり話は詳しく聞こえてきませんでしたが、弁償云々と言っていたと思います。傍目から見た感じは、ケインさんのブローチが汚れたとか」
「なるほど……な」
今の話を聞いてすぐに理解できた。おそらくケインはわざとルイスにぶつかって、難癖をつけた。そして弁償しろ、とか何とか言って彼は不当に働かせているのだろう。それをまともに受けてしまうルイスもルイスだが、彼は優し過ぎるから無理もない。
ケインも彼の性格を把握した上で、ふっかけたのだろう。本当に姑息なやつである。
ここまでは、おおよそ予想通りの展開である。
ただし問題は──これは原作では存在しない展開ということである。やはり、俺が介入したことで世界は少しずつズレて来ているのか?
俺が乗り越えたと思った死亡フラグはまだ存在しているかもしれない?
と、色々と脳内に可能性が過るが、今やることは一つだった。
ケインの傍若無人な振る舞いは決して許されることではない。
「情報、感謝する」
「あ、あの! ケインさんをどうするんですか?」
「ルイスに対する不当な行いをやめさせる」
「でも、ケインさんは非常に優秀な魔法使いで、それに家の後ろ盾も……」
あぁ。なんでこの世界はこんなに優しい奴ばかりなんだろうな。俺なんて教室で空気みたいな存在なのに、彼は俺の安否を心配しているのだろう。
「大丈夫だ。悪を以て悪を制する──それだけだ」
「あ……」
俺はそして、真っ直ぐ教室へと戻っていくのだった。
放課後になると、いつものようにルイスは急いで教室を後にした。ここから先は、主人公が知らない物語。ルイスは知る必要のない世界だ。
俺は真っ直ぐケインの元へと向かい、彼に話しかける。
「おい」
「なんだ?」
ケインはニヤニヤしながら俺に視線を向けてくる。まるで、こうなることが分かっていたかのように。きっと、ここまではケインのシナリオ通りであり、俺は敢えてそれに乗る。
「少しいいか?」
「あぁ。もちろん。校舎裏でいいよな」
「そうだな」
互いに分かっている。ここから先は話し合いで終わるようなことではないと。ケインは取り巻きを連れ、俺はたった一人で彼の後についていく。
校舎裏の閑散とした空間。ここにやってくると、ケインは杖を取り出して魔法を発動した。
周囲に膜のように広がっていく魔力の波。魔力、音、あらゆる気配を遮断する結界魔法だ。
「結界か」
「あぁ。ここから先の話は、内密な内容だからな。ククク……」
一連の魔法の発動過程を見たが、こいつかなりできるな。
そもそも、このケインというキャラクターを俺は知らない。原作では登場していないはずだが、彼は今こうして存在している。さまざまな疑問は依然として湧いてくるが、今はそんなことはどうでもよかった。
この悪役を排除する。俺の目的はそれだけだ。
「さて、お前の見解を聞こうか」
「ルイスにわざとぶつかり、弁償を要求。そのために彼を不当な条件で働かせている。だろう? 古典的過ぎて呆れるが、ルイスの性格を分かった上でやったな?」
「ククク……その通り。いやぁ、おかげで売り上げが良くてな。貴族としては事業を成功させることは重要だ。俺は父上にいくつか任されていてな。いやぁ、ルイスのおかげで非常に助かっている。あいつには心から感謝しているんだぜ?」
言葉ではそう言っているが、感謝などしていないことは明白。俺は爆発しそうな感情を抑え込む。
「ふざけるな。このままだとルイスは倒れるぞ」
「倒れるまで働く。とても勤勉でいいことじゃないか。ま、もうしばらくは頑張ってもらうつもりだが。ククク……」
「……」
俺は呆れてすぐに言葉を発することはできなかった。心の中にあるのは、怒りだ。
こいつはルイスの過去を知らない。ただの才能のある平民だと思っているが、実際はルイスの環境はとても酷いものだ。満足に生活を送ることすらままならない中、彼は自分に秘めている才能に賭けて学院にやってきた。
貴族至上主義の学院なんて怖いに決まっている。平静を装っているが、序盤のルイスはかなりの不安に苛まれている。どれだけの覚悟を持って、この学院にいるのか。
こいつは知らないし、知る由もない。
だからここから先は──
「俺の個人的な八つ当たりだ」
俺はボソッと呟く。
分かっているさ。本当はこんなことをするべきじゃないって。でもな、俺は知っているんだ。ルイスの悲しい過去も、これから先に待っている輝かしい未来も。
俺は悪役貴族であり、ルイスに立ちはだかる存在だ。彼に肩入れするなんて、間違っている──そう。原作通りであれば。
しかし世界は俺の知らない方向へと進んでいる。ならば俺も、進んでいこうじゃないか。
物語のキャラクターとしてではなく、ウィル=レイヴンという人間として。
「抜いたな、杖を」
「決闘だ。俺が勝てばルイスを解放し、二度と近寄るな」
「いいだろう。では、俺が勝てばお前は生涯俺の奴隷だ。いいな?」
「あぁ」
向かい合う。互いの杖に魔力がこもり、一触即発の状況が生まれる。
刹那。まだ開始の合図もないと言うのに、ケインは
俺は身体強化をして、彼の背後に回る。
「お前の姑息な手段は把握している」
「いつの間に背後に……!?」
そして俺は彼の背中に蹴りを叩き込む。ケインはそのまま派手に転がっていくが、受け身はなんとか間に合っている。忌々しそうに俺のことを見つめ、杖を構える。
「テメェ……やってくれたな」
「御託はいい。全力で来い──お前の全てを凌駕して、叩き潰してやる」
「このゴミ野郎がアアアアアアアアアアア!」
本格的に俺とケインの戦いが──幕を上げた。
悪を
ここから先は、主人公の知らない裏の世界の物語。俺が求めている平穏は終わりを迎え、そして新たな物語が始まる──。
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