第12話 覚悟
天空のアステリアというゲームの共通ルートでは、序盤では主人公は厳しい状況が続く。
それがウィルという悪役貴族が彼を気に食わないと思い、悪質ないじめをしていたからだ。
しかしそれは、ウィルとの決闘を機に終わる。そこから先は、主人公は周囲に認められるようになっていく。各ヒロインとも出会っていき、夏以降に個別ルートに入るのが俺の知っている原作だ。
でも今は決闘が終わった後だというのに、ルイスの顔色は非常に悪いものだった。まるで、何かに追い詰められているのかのように。
俺は翌日からルイスの様子を観察する事にした。
「あ……おはようございます」
「あぁ」
にこりと笑みを浮かべて挨拶をしてくるルイスだったが、彼は日に日にやせ細っている気がする。顔色も異常なほど白い。髪もいつものようなしなやかさはなく、乾燥してパサついている。
「おい」
「はい。なんでしょうか」
隣の席のルイスに話しかけてみる。明らかに活力はない様子だ。
「体調が悪そうだが」
「ちょっと……バイトを最近しているので」
「バイト?」
「はい」
「……」
俺は顎に手を当てて思案する。ルイスがバイトをしている? そんな情報、俺は知らない。確か選択肢の中でもバイトをする流れになるなんてことはなかったはずだ。
もしかして、俺が知らない方向に世界は動き始めている……のか?
これまでは原作と全く同じ展開だったのでそんなことは思いもしなかったが、今の状況を見るにそう考え始めるのは至極当然のことだった。
「あまり無理はするなよ」
「はい。ご心配、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるルイス。その声はあまり覇気がなかった。
放課後になった。俺はいつものようにすぐに教室から出て行こうとするが、まっすぐ帰宅することはない。
俺は教室から出てくるルイスのことを隠れて監視していた。そして、フラフラとした足取りで学院を出ていくと、彼はそのままある店へと入っていった。
「ここは……」
ただの変哲もないパン屋だった。パン屋でバイトをしている? なんて話は聞いたことがない。俺は疑問に思いつつ、その店に入っている事にした。
「いらっしゃいませー! あ……」
店員の姿をしているルイスに出会う。顔色は依然として悪いままだった。
「よう」
「こんにちは。偶然ですね、ウィルさん」
「あぁ。ちょっとふらっと寄ってみてな。ここは新しい店舗か?」
「はい。オープニングスタッフとして働いているんです」
「へぇ……」
全く知らない話だった。そして俺はなんとなく、ここで働き始めたことがルイスを追い詰めているような気がした。
「他のスタッフは?」
「え、えっと……ちゃんと後ろの方で作業していますよ。僕は表のほうが担当なので」
「なるほど、な」
気になることを尋ねてみると、明らかに目を泳がせた。そうだよな。ルイスって主人公はどこまでも真っ直ぐで、嘘をつくことが苦手なんだ。
この性格もあってヒロインたちによく詰められることがあるんだよな。
「じゃあ、これとこれをくれ」
「はい! ありがとうございます!」
学院では陰鬱な顔をしていたが、ここでは以前のような笑顔を見せる。しかしそれは虚勢であることは分かっていた。仮面でも貼り付けたような笑顔だった。
「頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
俺はパン屋から出ていくが、もちろんここで帰るわけがない。俺はルイスのバイトの上がりまで待っているつもりだった。
「うん。美味いな」
パンをひと齧り。非常に美味いパンであり、学院で食べているものともあまり遜色がない。そして続々と他の客が店に入っていく。ルイスは笑顔で全て対応していたが、やはり俺の予想通りか。
他の店員が出てくることはなく、ルイスはたった一人で全て対応していた。客のいない間は厨房へいき、パンを作っているのだろう。
慌てて作業をしているのがその証拠だ。
ワンオペでやっているのは揺らぎようのない事実だった。
「なーんで、お前もワンオペしてるんだよ」
ぼそっと呟く。まさか自分と同じ状況になっているとは、俺も考えても見なかった。全く、なんの因果なのか。
夜になり店が閉まった。俺はルイスが出てくるのをずっと待っていたが、0時を回っても彼が出てくることはない。
「流石に遅すぎないか?」
俺は魔法を使ってひっそりと店内へと侵入する。魔法で解錠をして、ステルス性能を魔法で上げることで完全に気配を遮断。
中に入ってみると、そこでは小さな灯りをつけて一人で作業をしているルイスの姿が目に入った。
「頑張らないと……」
ボソボソ話しながら、彼はおそらく翌日の仕込みをしているのだろう。俺はその様子をずっと見守り、やっと出ていくと思った時──すでに空は明るくなりつつあった。
今から自宅に戻って寝ても二時間程度しか寝ることはできない。
なるほど。原因は分かった。ここでの労働環境が酷いことも全て理解した。しかし、その全ての大元はどこにあるのか。
なぜこの劣悪な環境で働いているのか。ケインが俺に特別な舞台を用意する、と言う意味が分かった。あのゲスの考えることは、手に取るように分かる。
俺のことが気に食わないのなら、直接来ればいい。だが、下賤の輩というのはどうしてこうも人を虐げることになると、頭を使うのか。
俺は怒りのあまり拳を握り締め、覚悟を決めた。
「ウィル様。お帰りですか」
「あぁ」
その店を後にすると、路地裏からスッとアイシアが出てきた。彼女が近くにいることは、俺も察していた。
「どうしてここに朝まで?」
「神託は全てではないことが分かった」
「なんと。では、新しい脅威があると?」
「そうかもしれない」
分かっている。別に主人公のルイスがどうなろうと、俺には関係ないと。むしろ、あれくらい追い詰められる方が俺にとって都合がいいだろう。
けれど俺が世界を歪め、その結果ルイスは追い詰められる事になった。
なぁ、正しいだろう。俺は自分が生きるために最善を尽くしたんだ。悪役貴族らしく、高笑いでもすべき──なんてことはできなかった。
俺の心に宿るのは怒りだった。あれほどの理不尽を俺は許すことはできなかった。間違いなく、ルイスはあの作業を強制させられている。優しい彼のことだ、きっと嵌められてしまったのだろう。
「アイシア」
「はい。なんでしょうか」
「俺は自分の思うまま進む。ついてきてくれるのか?」
「もちろん。私はどこまでもウィル様について参ります。たとえ、その先が地獄であったとしても」
恭しく頭を下げるアイシアを見て、俺は決意を固めた。
やるべきことはたった一つ。俺はルイスを──助ける。
†
《三人称視点》
「ククク……あいつもバカだよなぁ……」
ケインは自室でニヤニヤと笑いを浮かべていた。学院でどれほど虐げても、ウィルは全く意に介することはない。しかし、そのような人間はどうやって追い詰めればいいのか。
ケインはそれを熟知していた。
「本人に効かないなら、そいつが大切にしているものを狙う。平民も潰せてちょうどいいな。ククク……」
優雅に食後のティータイムを楽しんでいるケインは、今の状況を心から楽しんでいた。元々気に食わない平民のルイスとウィルが仲良くしているのは、彼も察していた。そしてルイスを標的にし、ウィルの心を蝕む。
幼少期から他人を虐げることに悦びを覚えていた彼は、狡猾に二人のことを追い詰めていった。
しかし、彼は知らない。ウィルの本当の実力──そしてこの後、自分に待ち受けている未来を。
怒りに満ちたウィルとケインが対峙するのは、もうすぐだった。
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