第11話 違和感


「はーい。ソフィーでーす。よろしく〜」


 非常に軽い感じの挨拶をするソフィー。学院にやって来てうちのクラスの授業を担当することになったのは、本当にまずいな……。


 今朝会った時もすぐに魔法の性質を見抜いたりなど、彼女の優秀さには驚かされるばかりである。


 しかし、本来であれば彼女が賢者になるはずだったので、能力の高さは至極当然ではあるのだが。それからいつもの様に授業が始まった。


「はい。じゃあ、この問題を──レイヴンくん。答えてみて」


 俺はボーッと外の景色を眺めていた。授業は聞いてはいたし、すぐにその問題に応えることもできる。


 しかし、俺は学院では怠惰でやる気のない学生として過ごすつもりでいる。可もなく不可もなく、当たり障りのない存在だ。


「すみません。分かりません」

「そっかー。じゃあ、別の人にお願いしようかなー」


 そしてそのまま授業は滞りなく進んでいく。また、俺が分からないと言った瞬間、教室からは微かにクスクスと笑い声が聞こえてきた。


 あの程度の問題も分からないの? という嘲笑である。


 この日を境に、俺に対するいじめはさらに加速していくことになる──が、俺はその全てを意に介することはなかった。


 学校に来れば机がないことは当たり前。教室に入ると水が降ってくるのも当たり前。自分の所有物がどこかに隠されることはもはや当然のことですらあった。


「はぁ。全く、いつまでやるんだが」


 早朝に教室にやってくると、すでに俺の机は無くなっていた。これはどうやら朝ではなく、夜に行われているようだな。


 いつものように無くなった机を探しに向かうと、そこでちょうどサリナと出会う。


「あら。早いのね」

「まぁな」


 彼女はすでに生徒会役員として活動しており、学院内での評価も高い。才色兼備、眉目秀麗。全てを兼ね備えている少女である。


 もちろん、彼女のシナリオを攻略した記憶はあるので、才能だけではなく彼女が努力もして来たからこそ手に入れたものだと俺は知っている。


 素直に尊敬に値する人物だと思う。


「……机。ないの?」


 軽く挨拶をして去ろうとした時、彼女はとても小さな声でそう言った。まるで何かに悔いるように。


「いつものことだ」

「そう……」


 俺は知っている。彼女は俺に対するいじめのために動いてくれていることを。しかし、相手もなかなか尻尾を掴ませないので、決定的な証拠がない状況だ。


 まぁ実行しているのは、ケインのグループで間違いないけどな。


「ねぇ。このままでいいの?」

「別に。ちょっと手間が増えるだけさ」

「でも……」

「お前が気に止むことじゃない。俺は平穏に過ごしたいだけだからな。荒事は好まない」

「もし力が必要なら、言ってね」

「あぁ。じゃ、俺は行く」

「えぇ」


 俺たちの会話はそこで終わった。非常に簡素で事務的に俺は対応した。


 俺になんて構う必要はない。サリナは主人公のルイスと仲良くやっていればいいんだからな。


「ん? 降ってこない?」


 翌日。いつもように降り注いでくる水を避けようとすると、何も起きなかった。机もある。周囲の生徒たちも俺に対して見下すような視線を向けてくることはなく、違和感を覚えたまま着席する。


「よぉ。いい天気だな」

「あぁ。今日も晴天だ」


 なぜかケインが俺に挨拶をしてくる。しかし彼は依然としてニヤニヤとした歪な笑みを浮かべている。


「どうした。今日は何もなかったが」

「何のことだ?」


 とぼけているが、こいつが主犯格なのは分かっている。


「ククク……まぁ、楽しみにしておけよ。お前には特別な、より良い舞台を用意してやるさ」


 ケインの言葉の真意は不明であり、この日から俺に対するいじめは完全に無くなった。平穏な学園生活が戻ってきたか、この時は呑気にもそう思っていた。



 †



「ふぅ。やっぱり、屋上は落ち着くな」


 昼休みになった。いつものようにパンを齧って空を見つめる。今日は晴天で見渡す限り、真っ青な空が広がっていた。


 前期の授業もそろそろ折り返し。夏休みも徐々に近づいて来ている。ただ夏休みは、剣聖と賢者の仕事があるんだよなーきっと。


 賢者の方もある程度は動かさないといけないので大変だぁ……と思っていると、ガチャっと屋上の扉が開く音がした。


「あ……ウィルくん」

「おい。どうしたお前」

「え?」


 ここ最近、ルイスのことは全く気にしていなかった。俺との決闘に勝利した後は、彼の評価も上がっていき、さまざまなヒロインとの交流を進めていく。


 共通ルートは夏休み終わりに終了し、そこから個別のヒロインルートに入っていく流れである。

 

 それが俺の知っている天空のアステリアのシナリオである。


 だが、ルイスの顔は非常にやつれていた。先日見た顔よりも、さらに悪化している。確実に何かあった様子だった。


「あぁ。いや……なんでもないです」

「そんなことはないだろ。あまり食ってないのか?」

「ははは。いえ、ちゃんと食べてますよ?」

「……」


 嘘をついているのは明白。なぜだ? どうして彼はここまでやつれている? 何か外的要因があるのは間違いないが、俺が知っているシナリオとは異なる展開だ。


 ともかく、俺はルイスに自分のパンを渡すことにした。


「食え」

「でも……僕はもらってばかりで」

「俺は満腹なんだ」

「じゃあ、すみません。お言葉に甘えて」


 彼はゆっくりとパンを食べ始める。しっかりと噛み締めるかのように。


「なぁ、何かあったのか?」

「……いえ、別に」


 視線を逸らす。なんだ? 一体、何があるんだ?


 俺との決闘の後に、主人公のルイスが追い込まれる展開はないはずだ。バッドルートの選択肢を選んだとしても、しばらくは窮地に陥ることはない。


 天空のアステリアを完全クリアしている俺は、正規ルートもバッドルートも全て把握しているからだ。


 だからこそ、自分の知らない展開に驚いている。


「では僕はこれで。パン、ありがとうございました……」

「あぁ」


 ペコリと丁寧に頭を下げて、ルイスは屋上から去っていく。その足取りは非常に重く、背中からは哀愁すら漂っていた。


「俺の知らないルートが存在する……?」


 可能性としてはそれが一番考えられるものだった。まさか、俺がこの世界のシナリオに介入したせいで、世界の流れが歪んでしまったのか?


 ともかく、調査が必要だ。まずはルイスがどうしてあそこまで追い詰められているのか、それを知る必要がある。


 俺はさっそくルイスのことを調べ始めるのだった。



 俺に対するいじめの収束、ルイスの不調、そしてケインの動向。その三つは近いうちに全て繋がり、あるイベントへと帰結する──。

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