第10話 賢者ルシウス
ここアステリア王国は魔法大国である。インフラなどにも魔法は取り入れられ、世界的にもっとも栄えている国の一つである。
魔法学院だけではなく、魔法大学、魔法協会なども世界トップレベルである。
正直、剣聖になるよりも賢者になる方が俺的には大変だった。だって、魔法って奥が深すぎるからな。しかし、俺はこの世界の仕組みを誰よりも理解している。
こればかりは前世のゲーム知識のおかげだな。
「よし。行くか」
俺は路地裏に隠れ幻影魔法を使用して、賢者の姿になる。といっても剣聖ほどのものではなく、声と体格を軽くいじっている程度。基本はローブを被っているので、そこまで大げさな変装をしているわけではない。
「相変わらず、でかいな」
王国の中央に鎮座している魔法協会が遠くから視界に入る。ここで定期的に魔法学会が開かれることになっている。一度だけ出席したことがあるが、魔法使いたちの利権争いというか、派閥争い的なものがあったのだ。
前世と同じような世界観に俺は辟易してしまい、賢者でいることを敬遠してたんだよな。
「お。もしかして、ルシウス?」
「……ソフィーか。久しぶりだな」
綺麗に真横に切り揃ったボブのカットライン。服装はラフなものではあるが、彼女の顔立ちはそれすら気にならないほど整っている。
彼女はソフィー。賢者ルシウスの知り合いである。
「マジで。何でいるの?」
「この道の先には魔法協会しかないだろう」
「え。学会でるの?」
「赤紙が来た。流石に出席しないと問題だと思ってな」
「赤紙って。それ、都市伝説だと思ってた」
実は彼女こそが原作では賢者になるはずだった存在である。
百年に一人の天才と呼ばれ、飛び級で魔法学院を卒業。魔法大学も四年あるところを、たった二年で卒業。その後は魔法研究に取り組んでいる、というのが彼女の経歴である。
聖抜の儀で俺たちは出会い、どちらが賢者になるかという争いをし、俺の方が優れた魔法使いと判断されたので賢者の称号を受け取った。
少し心苦しい気持ちもあるが、自分の人生がかかっているのでこればかりは仕方がない。
「最近、何研究してるの。ルシウスは」
「多重構造理論と仮想魔法領域の複合研究だな」
「ははは。意味わかんねー」
実際のところ、俺はこの世界の魔法に夢中になっているところがあった。原作でもやり込み要素の一つとしてあったが、魔法は非常に奥が深い。
魔法は初級、中級、上級、聖級という分類があり、それぞれ様々な属性などが組み合わさってくる。
そして、俺が今言及したのは多重構造理論と仮想魔法領域は俺が今開発中の新魔法だ。原作では一応、隠し要素として存在はするものである。もっとも原作のこの段階ではまだ確認されていないが。
「それ論文にすんの?」
「しているが、発表はしたくないな。派閥争い巻き込まれそうだ」
「あー。マジそれ。ずっと保守派と革新派の喧嘩ばっか。正直、最近の学会も中身がないものばっかりなんだよね。でも、嬉しかったよ。ルシウスが元気みたいで、ふふ」
「ソフィーも相変わらずだな」
「へへ。ま、研究が生き甲斐なんでね〜」
ソフィーとは正直、かなり話が合う。仲のいい女友達って感じか?
そして俺とソフィーは学会に出席し、相変わらず利権のことしか考えていない魔法使いたちに呆れながら、無事に学会を終えた。
「はー。マジで面白くなかったねー」
「そうか? 意外と研究内容はしっかりとしていると思ったが」
もちろん、利権争いは論外だが、若い研究者の発表で悪くないものもあった。完全に全てが腐り切っているわけではなさそうだ。
「でもあれ基礎研究でしょ」
「基礎研究は割と好みなんだ」
「はぁ? 意味分かんない研究しているのに」
意味分かんないとは失礼だな、と一瞬思うがまぁ確かにそうかもしれないな。
「えっと、さ」
「? どうした」
急にソフィーは言葉を詰まらせる。顔も心なしか少しだけ赤い。
「……この後、暇している?」
「まぁ、そうだな。問題はない」
どうせ帰っても本を読むだけだしな。時間的には余裕があった。
「なら一緒にご飯でも行かない? 久しぶりに会ったんだし」
「構わないぞ」
「やった!」
まるで無邪気な子どものように喜びを見せるソフィー。なんだ、そんなに空腹だったのか。
そして俺たちは飲食店に入り、食事を取ることに。積もる話もあったので、それなり会話は盛り上がった。やっぱり、ソフィーは話しやすくていいな。
「あぁ。そうそう」
今までの会話の流れを断ち切り、彼女は急に話題を変えた。
「私、魔術学院で講師をすることになったんだ」
「は……?」
まさに青天の霹靂。俺はそんな言葉が飛び出してくるなんて、予想もしていなかった。今の俺は、きっと呆けた顔をしているに違いない。
「なんか今年の一年生にすげー天才がいるんだって。元々教師の数も足りてなかったみたいだし。それに私もちょっと研究に息詰まっていたから、休息がてら教えてみようかなって」
「……そ、そうか」
そういえば原作で教師としていたな、ソフィーは。俺は自分の人生はすでに余生だと思っていたので、すっかり抜け落ちてしまっていた。
「ということで、これからは基本学院にいるから。なんかあったら学院に来てよ」
「あ、あぁ……」
ソフィーとの食事を終えて帰宅すると、アイシアが俺に駆け寄ってきた。
「予定より遅いです」
「ちょっと飯に行ってな」
「くんくん……女ですか」
「え。なんで分かったんだ」
犬か何かか? それから、アイシアはスッと目を細めて、俺に忠告をしてきた。
「今後は遅くなる場合は、絶対に先に教えてください」
「あ、あぁ。分かったよ。すまないな」
「えぇ。絶対ですよ?」
それから休日が無事に終了し、再び学院生活が始まるが……俺はキョロキョロと周囲を確認する。
よし。まだソフィーのやつはいないな。俺が賢者であることはバレないと思うが、極力学院では会うべきではないだろう。
そう思ってすぐに教室向かおうとすると、バッタリと曲がり角で誰かにぶつかりそうになる。
俺は咄嗟に慣性制御の魔法を発動。前方に流れていく運動エネルギーをゼロにして、ピタッとその場に立ち止まる。
「わっ……ととと。あはは、ごめんごめん。急いでたから、ぶつかりそうになったわー」
「いえ。大丈夫です」
運命というやつはどうして俺をこうも弄んでくるのか。そう。目の前にいたのは、他でもないソフィーだった。
教師としての身なりに慣れていないのか、髪は少し乱れているし、服も裾が出ている。
「では自分はこれで」
すぐにこの場から離れていこうとするが、ソフィーは俺の腕を掴む。
「ねぇ──今のって慣性制御だよね」
その目はまるで、俺の全てを見通すかのようだった。
「……ま、まぁ?」
「へぇ。発動も綺麗だったし、学院のレベルも上がってるんだね〜」
「は、はぁ」
「あなたセンスあるよ。いい魔法使いになってね」
「はい……」
こ、こえー。今の一瞬だけで魔法の種類と発動過程まで見抜くのか。やはり、ソフィーの実力は伊達ではないな。
俺はさらに学院での生活に気をつけないとな、と思いながら歩みを進める。
「あれは、ルイスか。それにしても……」
チラッと視界に入るルイスの姿。あの決闘以来、俺は彼の動向を特に気にしてはいなかった。原作ではここから周りに認められていき、輝かしい活躍をしていく。
しかし、微かに視界に捉えた彼は──どこか暗い雰囲気を纏っていた。
俺は特にそれを気にする事なく、教室へと向かうのだった。
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