第1部
第1章 新しい居場所
第9話 迷子の子猫 1
ランブレットという街へ向かって街道を走る魔動車。
それに乗る少女セシリアは最近悩んでいる。
ハンター見習いとしてギルドで働き始めて半年、来月で15歳。
父も兄も活躍していて憧れはあった。
親友も一足先に行っていたし、自身も才能と環境に恵まれた。
ならばこれが自分に出来る事なのだと、特に他の道を考えもせずに進んだ。
そうしてただ流されてきたのだと気付いた時、漠然とした不安を覚えた。
信念を持って戦う人ばかりなのに、自分には芯が無いような……
自分のやりたい事とは? このままで良いのか?
一度感じたそんな不安は消えず、心の奥で燻っている。
ギルドとは職業毎の組織であり、同じ職でも1つの街に複数存在する。
基本的に他の街のギルドとやり取りをする事は無いが、流通に関わるギルド等は例外だ。
その中でハンターは外敵と戦い街を護るという、最も重要な仕事になる。
それについてはさておき……
彼女が隣街のミスラへ、ギルドの会合というどんちゃん騒ぎに連れて行かれたのが昨日の事。
メンバーは団長のヴィクター、副団長のフェリクスとその息子のセシル、娘のセシリア。
明確な立場は無いが実質3番手のダリルと、弟子であるリリーナ。
トップの3人が揃ってお出かけとは、街を護る者がそれで良いのだろうか。
大丈夫な様に運営出来ていると考えればまぁ、良いのだろう。
魔動車の舵を握るのはヴィクター。
フェリクスとダリルは呑気に寝ている。
そんな彼らに構わずセシリアは隣のリリーナと愚痴を言い合う。
家族だから弟子だからと巻き込まれたのが不満らしい。
セシルも彼女達を宥めるだけで大人達を庇ってはいない。
そうこうしているうちに道程の約半分、山の麓を通る頃。
「おいお前ら起きろ! 止まるぞ!」
団長が振り返り声を上げた。
筋骨隆々で燃える様な赤髪を後ろに流した彼は、良く言えば大らかで頼りになるリーダーだ。
「あー……もう着いたか?」
「ふぁ……早かったな……」
寝ていた2人がもそもそと起きた。
フェリクスも逞しい筋肉だ。短めの茶髪をかきあげながら、そんなに長く眠っていたかと疑問を洩らす。
ダリルは呑気に大欠伸。
エルフの特徴で細身であり、無造作な黒髪でなんだか覇気の無い顔をしている。
「何があったんですか?」
セシリアが長い髪を揺らし、槍を取りながら団長に訊ねた。
セシルも剣を腰に下げ団長の元へ歩く。兄妹揃って金髪のようだ。
リリーナは剣を手に外を見回した。腰程までのスモークブルーの髪、そしてエルフらしくやはり細身だ。
敵襲では無さそうだが、当然の様に武器を手に取るのは流石ハンターらしい。
「子供が倒れてる!」
「なんだと!? おいおい一体何が……」
予想もしなかった言葉に驚きながらフェリクスが慌てて前を見ると、確かに小さな子が倒れている。
横で浮いているのは精霊か……珍しいものを見たが気にしている場合では無い。
「とりあえず降りるぞ!」
全員が真面目な顔になるまでの数秒で車は止まり、団長が指示を飛ばす。
一応タオルや包帯を持ち外へ降りると、すぐさま走り出した。
「助けてっ! 友達がっ……」
すると精霊がこちらに気付き叫んだ。
可愛らしい顔を歪ませ涙を流す精霊に、一行は緊張感を持って近づく。
周囲に血痕や敵の気配は無いが只事ではなさそうだ。
「その子はどうした? 怪我をしているのか?」
団長が精霊に聞いている間に、セシリアとリリーナが少女の状態を確認する為に駆け寄った。
他の者は念入りに周辺の警戒をしている。
「怪我……は、その……少しだけ。酷く弱ってて……えっと……」
しどろもどろに説明をする精霊は不安そうだ。
実際はただ設定を思い出しながら喋っているだけだが。
「打撲程度だと思うけど……酷い……」
「こんなにボロボロになって……一体何が……どうして……」
少女を診ていた2人は拙いながらも治癒魔法を使い、悲痛な声を洩らした。
大した怪我は無くとも裸足で下着さえ無く、汚れたボロ布を纏い痩せた姿なのだから当然だろう。
誰かさんの思惑通りの反応である。
「えーと……話すと長くなるんだ。さっきあたしが殆ど治したから、多分大丈夫だよ」
「なら車に戻ろう。2人はその子を頼む」
見た目は酷いがとりあえず無事なら外でのんびりする必要も無い。
事情は中で聞けばいいと団長は判断し、車に戻るぞと呼び掛けた。
という訳で揃って車内へ。
「あぁ良かった。シアが倒れてすぐに、こんな良い人達が通りがかってくれるなんて、すごい偶然だなぁー……」
途端、なんともわざとらしく精霊が呟く。
しかし皆は少女を気にするばかりで、言葉の通りにしか受け取れていない。
「この子はシアって言うのか。で、一体何があったんだ?」
改めて団長が訊ねる。そもそも精霊が人と居て、しかも助けを求めるという事も疑問だ。
「そう、ついでにあたしはルナ。しばらく前にボロボロのシアと山で会って仲良くなって……体を休めながら街を目指してたんだ。シアは……えーっと……」
精霊はルナと名乗り説明を始めたが、シアに近づき心配そうに触れる。
少なくとも周りからはそう見えた。
実際は演技と説明が難しいし面倒だから、寝たフリをしているシアに丸投げしたいだけだ。
「うーん……」
またわざとらしい声が聞こえた。
汚れた体を綺麗に拭いてもらっているシアだ。ルナとバトンタッチ。
「あ、気が付いたみたいだよ」
「良かった……待って、まだ綺麗にしてるとこだから起き上がらないでね……」
純粋に心配していたセシリアとリリーナは、優しくシアを抑える。
ボロ布は取っ払って、男達に見えないよう大きなタオルを何枚か掛けながら拭いているからだ。
ひとまずタオルが落ちない様に縛ってから体を起こした。
「んぅ……えっと……」
転がってきたダメージが残っていてまだ少しつらそうだが、それも利用して泣きそうなフリをする。
「ぐすっ……私……街が襲われてっ……皆……お父さんも……死んじゃってっ……」
とりあえずそれっぽい説明。
気を失っていた筈の子が何故いきなり説明しだしたのかは置いておく。
誰も気にしていないし大丈夫だろう。
しかし――
「お母さんが……護ってくれてっ……逃げられそうだったのに……でも私を庇ってっ……死んじゃって……」
演技でも事実だからか。
心の奥にしまった悲しみが――本物の涙と鼻水と一緒に湧いてくる。
思い出してしまったのだ。
あの時の恐怖と絶望を、痛みを、目の前で死んだ母を。
ルナと出逢い、立ち上がり、心の奥へ押し込めて蓋をしたモノが溢れていく。
「その後……気絶してる間に逃がされたけど……山で襲われてっ……それでっ……また皆……」
見た目は子供でも中身は大人であり、感情はどうにか処理出来たつもりだった。
なのに今、迷子の幼い少女の様に泣き出してしまった。
こんな筈じゃないのに、と。
予想外な感情に戸惑いながらも続けていく。
「ずっと……1人で遭難してて、何回も襲われてっ……死にかけてっ……ルナが助けてくれて、それでっ……」
今度は嘘だ。
なのに勝手に震える声で詰まり、鼻をすすり、ポツポツと涙と共に語る。
それは先程までの姿と合わせ、あまりにも悲壮感に溢れていた。
面倒だからと丸投げしたルナは、思わぬ展開に驚いて何やら悟った様な顔をしている。
「――もういいよ、つらかったね……」
見ていられなかったのか、セシリアは丁寧にタオルを重ねながら抱き寄せる。
途端、更に溢れる涙を抑えられず声を上げた。
数年振りに感じるルナ以外の――人の温もり。
抱きしめられる温かさ、安心感。
本人が思っていた以上に深かった悲しみは、それらを引き金に更に溢れた。
「頑張ってきたんだね、もう大丈夫だからね……」
リリーナも隣から抱きしめ頭を撫でて、それがまた安心を齎した。
ルナも小さい体を押し付ける様に抱き着く。
演技ではなく本気で泣いている事が分かったから。
大丈夫そうに見えていただけで、自分では心を癒してやれなかったと理解してしまった。
シアからすればこれ以上無い程の救いだったのは確かだ。
しかし小さな精霊では、抱きしめる温もりを与える事は出来なかったのだ。
痛ましい少女の慟哭は続く。
抱きしめる少女達もつられて涙を流し、男達も酷くつらそうな表情で眺める。
事情を聴くどころじゃ無くなってしまった。
むしろそんな事は後でいい、と彼女が落ち着くまで待つようだ。
何故精霊は怪我を多少治しただけだったのか、とか。
何故そんな状態で上手い具合に街道で倒れていたのか、とか。
何故目が覚めてすぐに、当たり前の様に説明し始めたのか、とか。
痩せてはいるが事情に対してやけに健康状態が良くないか、とか。
そんな細かい事は誰も気に留めない。
それ程に彼女へ憐憫の情を感じたのだ。
彼女達からすれば、想定以上に同情を得られている訳だが……最早その事も忘れているだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます