第10話 迷子の子猫 2

「それで……つらいだろうが、もう一度事情を聴いても良いか?」


 しばらく泣き続け、ようやく落ち着いたシアに団長が声を掛けた。


「……はぃ。大丈夫です……」


 ずびずび鼻を啜りながら、真っ赤な顔と目で向き直る。

 本気で泣いてしまって恥ずかしいらしい。


「じゃあ改めて。君は街が襲われ逃げた後遭難し、ずっと彷徨っていた……と?」


「ん……そうです……」


 あれ、どんな設定にするんだったっけ……なんて。

 泣いている間にすっかり忘れてしまったのだ。さぁどうしよう。



「街が襲われたなんて話は……まさかとは思うが、街の名前を教えてもらえるか?」


 少なくとも近隣の街は無事、というかそんな大事件は早々無い。

 思い当たるとすれば……


「アルピナ……です」


「それはフィーニスの……! やはり君は……」


 団長が思わず声を上げる。

 周りも大層驚いているが、正直予想は出来ていた。

 ただあまりにもおかしいだけだ。


「嘘!? だってあれはもう2年以上も前の……」


 セシリアもつい驚いた声を出す。

 急な大声で抱かれているシアもビクッと情けなく驚いた。


 中身は大人だと言うのに、さっきからまるで幼児退行しているかの様だ。


「それほど長い間1人で……よく生きていたな。もしかしたらとは思ったが……」


「山を越えてラスタリアに入ってきたのか。本当に、よくここまで無事に……」


 フェリクスとセシルも呟いた。


 小さな子供が、多くの敵が蔓延る過酷な山で2年以上も生き延びる。

 そんなのはとてもじゃないが無理のある話だ。


 これでどうにかなると思っていた辺りが彼女達らしい。


「えっ……ここって、ラスタリア? フィーニスじゃない?」


 どころか、現在地さえ把握していない有様だった。


 シアの故郷フィーニスとここラスタリアは、アドラー山脈という大きな山々により隔てられている。

 気ままに彷徨う間に、山の何処に居て何処を目指していたのか分からなくなっていたらしい。



「ああ、嬢ちゃんはあのデカい山脈を越えて来ちまったんだ。一体どうやって……」


「えっと、遭難してるうちにここまで来ちゃったのかな。私、防御には自信があって……それで、なんとか逃げ続けてたの」


 とりあえず護りに特化しているというのは納得しやすいかもしれない。

 そう思って唯一出来る障壁を張って見せる。


 未だに抱き着いている3人を引き剥がす気にもなれず、纏めて大きく包んだ。

 負担も余計に大きくなるが仕方ない。


「えっ!? なにこれ、すごい……」


「目に見えるくらい高密度な障壁? こんなの聞いた事……」


 一緒に包まれた2人は驚きと困惑。

 どんな実力者でもこんな事は出来ないからだ。


「山はあたしが魔物を頻繁に倒してたから、割と安全だったのかも! それにシアの障壁は凄いんだ、これを破れる奴なんてそうは居ない筈!」


 どれくらいの魔物が山に居るのかなんて、誰も具体的には知らないから嘘はバレない。


 そんなルナの声を聞いているのかいないのか、皆はシアの障壁に感心してばかりだ。

 口々に驚きと賞賛を呟いている。


 特にダリルの驚きは大きい。

 彼はエルフの中でもより魔法に優れ、研鑽を積んできた。

 だからこそ自分でも不可能な障壁を見て興奮している。


「あー……まぁ、障壁だけで属性魔法は全然なんだけどね……適性も無いし」


 褒められ過ぎて恥ずかしくなったのか、シアは属性魔法がダメなのだと謙遜した。ちょっと顔が赤い。

 そして維持するのがつらいのか、喋りながら障壁を消す。


 拷問めいて転がってきた事、大泣きした事、障壁を大きく展開した事。

 それらが合わさってかなり疲労しているらしい。


「適性が無い? そんな事が……いやしかし、だからこそ障壁に才が……?」


「考えんのは後にしろ。――ずっと逃げて生きてきたなんてな。運もあったんだろうが、大したもんだ。もう安心していいぞ」


 気になるが今は置いておくべきだろう。

 団長はそうダリルを窘めつつシアに近づき頭を撫でた。


 シアは満更でも無さそうだ。

 中身おっさんがガチムチのおっさんに撫でられているのは気にしない。


 中身を知っているルナは微妙そうな顔をしているが、多分そのうち考える事を止めるだろう。



「しかし……フィーニスまで送り届けるのはかなり難しいぞ。我々で保護するか……?」


 フェリクスは既にこの後の事を考え始めており、このまま保護した方が良いかと提案する。


 フィーニスに行くには隣街のミスラに戻り、山を越える唯一の長い長い道を行かなければならない。

 更に保護してくれる人を探して……なんて、時間が掛かり過ぎてしまう。


「ね、シアちゃんさえ良ければ私たちと一緒に来ない?」


「じゃあ私が引き取るよ! ウチは同じエルフの3姉妹で馴染みやすいかもだし」


 セシリアは既に今後も可愛がる気満々だ。

 次いでリリーナも声を上げる。


 今年10歳になる妹が居るからか、同じエルフだからか。

 しかしいくらなんでもそんなに簡単に受け入れていいのだろうか。

 子猫を拾うのとは訳が違う筈なのだが……


「……確かに、引き取るならリリーナのとこが適任か」


 それを聞いたセシルも同意した。

 急に幼い少女を引き取るにはどの家庭も色々と不安がある。


 しかしリリーナの家、エルフの3姉妹の所は安心と言える。

 しっかりした姉と歳の近そうな妹が居てくれるのも良い。


 その姉妹の意見も聞かなければならないが、恐らくは決まりだろう。



「とりあえず街へ向かうか。いつまでもここに居たって仕方ねぇ」


 言いながら団長が運転再開。


 こうして目論見通りに保護される事に成功した。

 揃ってお人好しにも程がある。


「話が早くて良かったね、シア!」


 もう演技や設定を考える必要も無さそうで安心したルナが言う。

 しかし別の意味でも本当に良かったと思っているのは――さっきの慟哭の所為か。


 ただし残念ながら、もうウトウトしているシアは聞いていない。

 抱かれる温かさのお陰だろう。



「そういえば精霊の……ルナって言ったか。君はどうするんだ?」


「確かに。仲が良さそうだが、まさか付いてくるのか?」


「当たり前じゃん! あたしはシアとずっと居るの!」


 ふと気になったのか、フェリクスとダリルが訊ねるとちっこいのが憤慨した。


「いやすまん、精霊が人と一緒に居るっては意外でな。いいのか? 街は人が多いが……」


「別にそれくらい。基本的にシアと居るし、好き勝手な事はしないから安心して」


 つい謝って聞き直すが、それくらい精霊が人と一緒に居るのは珍しい……というかまず無い事だ。

 対してルナはそんな心配は要らないと言わんばかり。


 シアと一緒に居る事が第一という彼女は、精霊としてもう珍しいなんてもんじゃないだろう。

 だからこそ面白いと思っているのだ。



「こういう精霊もいるんだな。会ってからそんなに長くないんだろう? 随分良い関係だ」


 普通の友人の様に接する姿に、セシルは今更ながら感心する。


 話を聞く限りでは共に居たのは短期間だ。

 一体何がどうして、ここまでの関係に至ったのかは当然の疑問だろう。


「あー……えっと、それはー……意気投合したというか……その……シア! あんたも何か言って……」


 余計な疑問を持たせて悩んだ挙句、またしてもシアに丸投げしようとする。

 しかし当の少女はいつの間にかすぴすぴと眠っていた。


「シアちゃん?」


「寝ちゃってるね。ふふっ……可愛い……」


「疲れてただろうしね……もう大丈夫だからね……ゆっくりお休み」


 可愛い寝顔でもたれ掛かってくるシアに顔を緩ませながら、セシリアとリリーナは小声で話す。

 勿論疲労もあるが、それだけ安心したのだろう。


「もー、シアったら。ま……良かったね。優しい人達に拾われてさ」


 こんな姿を見せられたら八つ当たりも出来ない。

 その小さな手で頭を軽くぺしぺしと叩きながら微笑む。


 叩いていた手は、すぐに優しく撫でる様に変わっていた。


 やっぱりなんだかんだルナはシアが好きなのだ。

 その逆もまた然り。2人は友達……親友なのだから。

 普段は見せない、そんな珍しい態度なんて知る由もないまま少女は眠る。




 街に着くとそのまま運ばれ、道中で子供用の下着と服も1着だけ買っておく。

 着替えついでに改めて体を綺麗にし、長い髪も軽く手入れしてベッドへ。


 久しく感じなかった柔らかさと温かさと安らぎの中……まだまだ眠り続ける。

 隣の小さな親友と共に。


 そんなお寝坊な彼女が起きるのは次の日の朝だった。

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