すべてが失われた。

 白い砂浜は濁った水に埋もれ、黄金ヤシの木は内陸の丘まで流されている。蒼ヶ浜の民が暮らしていた家々は、ことごとく瓦礫に姿を変え、蒼ヶ浜の人々は、骸となって水の上を漂っていた。

 

 変わり果てた楽園の姿に、エマニュエルの心がひどく痛む。なんの兆しもなく、父なる創造主は蒼ヶ浜を地上から消し去った。数多の魂が、瞬く間に天に還ったのだ。きっと均衡を保つための采配だったに違いないが、それでも、一瞬のうちに数千の魂を還してしまうのは、勿体無く感じられた。

 蒼ヶ浜だった場所を、くまなく歩いて調べる。生存者はひとりとして居ない。すべてを飲み込んだ大波は、誰も逃さなかったようだ。

 ふと、浜の方に光り輝くものが見える。近付くと、青年の骸の上を漂う、星のような白銀の魂があった。死を迎えてなお、骸となった身体との繋がりを保っているようだ。それが少し前に見た、あの美しい魂だとすぐに分かった。

 両手を伸ばし、抱きしめるようにして、魂を骸から切り離してやる。自由になった魂は、まるで空に帰還する星のように、瞬きながら天へと昇っていって、そのまま見えなくなった。

 苦難の中にも、あなたは恵みを与えてくださるのですね——魂が天に融けていくのを眺めながら、エマニュエルは父を思った。

 

「エマニュエル……」背後から、弱々しい声がする。

 振り返ると、憔悴しきった表情のオーガストが立っていた。魂の片割れであるオーガストから、今までに無いほどの悲しみを感じ取ったが、それが何故なのかエマニュエルには判らない。

「オーガスト。突然走り去るから心配しましたよ。大丈夫ですか? 大変な大波でしたね。父上さまは——」

「還したのかい……彼の魂を?」

 エマニュエルの言葉を遮り、オーガストが呟く。エマニュエルは静かに頷いた。涙が頬を伝う。

「えぇ。さっき話していた、美しい魂でした。今しがた、無事に父上さまの元に還しましたよ」

 エマニュエルの答えを聞くや、オーガストがその場で膝から崩れ落ちる。

「……何故?」

「何故とは?」

 オーガストは答えない。俯いたまま、固く結んだ唇を震わせている。

「さっきからどうしたのです、オーガスト? 様子が変ですよ?」

 エマニュエルがオーガストに近付き、その肩に手を置く。次の瞬間、オーガストは立ち上がり、エマニュエルの手を乱暴に振り払った。

「何故だ! 何故なんだよ!」

 悲鳴のような声でそう叫んだ後、オーガストは弟に背を向けて走り出した。

「オーガスト?」

 訳がわからず立ち尽くすエマニュエルを残して、オーガストは何処かへと姿を消した。

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