「どこを探しても居ないと思ったら……ここに居たのかい」

 浜辺に生える黄金ヤシの木陰で佇む男に、長老のアデラは声を掛けた。訪問者の存在に気付き、男が陽の下に踏み出した。陽光を受け、腰まで垂れた編み髪が、真珠のそれを思わせる輝きを放つ。差す陽が眩しいのか、エマニュエルはいつにも増して伏し目になっていた。

「アデラさま。ごめんなさい。良い天気だったので、ついこちらへ……」

 エマニュエルが軽く頭を下げる。その姿の神々しさに、アデラは一瞬、何の用で声をかけたのか忘れそうになる。

「いいさ。それより……言われた通り、入植者たちに会ってきたよ。三十人ぐらい居たかな。聞けばあの人ら、東から歩いて来たんだってさ」

「お世話さまでした。どうです? 彼らの様子は?」

 エマニュエルが訊ねると、アデラは眉間に皺を寄せた。

「あまり感じのいい連中じゃなかったね。殆どが挨拶もろくに返さないし、代表を名乗る女は、美人だけど胡散臭くてさ……」

 蒼ヶ浜には、安住の地を求める入植者が頻繁に訪れる。多くの場合、入植者たちに邪な意図は無く、皆、ただ平和に暮らすことを望む者ばかりだが、稀に、不和の種を蒔くものが紛れ込んでいるのだ。

「そうですか」

エマニュエルは困ったように眉を寄せた。

「で、どうすんだい? 追い返す? これ以上の厄介事は御免だよ」

「まぁまぁ。アデラさまの気持ちもよく分かりますが……」

 鼻息荒くそう言うアデラを嗜めながら、エマニュエルは苦笑する。

「わたしたちにこの住処を与えられたのは、他でもない創造主さま御自身です。わたしたちにはこの地を栄えさせる責任がありますが、その過程で寛大さを失っては、わたしたちはこの地に相応しくない者になってしまいます」

 創造主の子の在り方を説くエマニュエルに、アデラは何も言い返せない。長老として蒼ヶ浜の民を守る責任があるが、何よりも大切なのは、創造主の目に叶う生き方をする事だ。子供の頃から、そう教えられてきた。

「……わかった。じゃあ、あんたが直接見て判断しておくれ。あたしはあんたに従うよ」

 アデラの態度が軟化したのを見て、エマニュエルは微笑む。

「安心してください。もし彼らがこの地に相応しくない者たちなら、その時は立ち去っていただきますから」

 そう言って、エマニュエルはアデラを砂浜に残し、集落の東口に向かって歩き出した。歩くたびに揺れる編み髪が陽を浴びて、また煌めく。

 あの人はきっと、創造主から特別に愛されているに違いない——若き長老の清らかな背中を見たアデラの脳裏に、そんな考えが過った。

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