Ⅱ
「どこを探しても居ないと思ったら……ここに居たのかい」
浜辺に生える黄金ヤシの木陰で佇む男に、長老のアデラは声を掛けた。訪問者の存在に気付き、男が陽の下に踏み出した。陽光を受け、腰まで垂れた編み髪が、真珠のそれを思わせる輝きを放つ。差す陽が眩しいのか、エマニュエルはいつにも増して伏し目になっていた。
「アデラさま。ごめんなさい。良い天気だったので、ついこちらへ……」
エマニュエルが軽く頭を下げる。その姿の神々しさに、アデラは一瞬、何の用で声をかけたのか忘れそうになる。
「いいさ。それより……言われた通り、入植者たちに会ってきたよ。三十人ぐらい居たかな。聞けばあの人ら、東から歩いて来たんだってさ」
「お世話さまでした。どうです? 彼らの様子は?」
エマニュエルが訊ねると、アデラは眉間に皺を寄せた。
「あまり感じのいい連中じゃなかったね。殆どが挨拶もろくに返さないし、代表を名乗る女は、美人だけど胡散臭くてさ……」
蒼ヶ浜には、安住の地を求める入植者が頻繁に訪れる。多くの場合、入植者たちに邪な意図は無く、皆、ただ平和に暮らすことを望む者ばかりだが、稀に、不和の種を蒔くものが紛れ込んでいるのだ。
「そうですか」
エマニュエルは困ったように眉を寄せた。
「で、どうすんだい? 追い返す? これ以上の厄介事は御免だよ」
「まぁまぁ。アデラさまの気持ちもよく分かりますが……」
鼻息荒くそう言うアデラを嗜めながら、エマニュエルは苦笑する。
「わたしたちにこの住処を与えられたのは、他でもない創造主さま御自身です。わたしたちにはこの地を栄えさせる責任がありますが、その過程で寛大さを失っては、わたしたちはこの地に相応しくない者になってしまいます」
創造主の子の在り方を説くエマニュエルに、アデラは何も言い返せない。長老として蒼ヶ浜の民を守る責任があるが、何よりも大切なのは、創造主の目に叶う生き方をする事だ。子供の頃から、そう教えられてきた。
「……わかった。じゃあ、あんたが直接見て判断しておくれ。あたしはあんたに従うよ」
アデラの態度が軟化したのを見て、エマニュエルは微笑む。
「安心してください。もし彼らがこの地に相応しくない者たちなら、その時は立ち去っていただきますから」
そう言って、エマニュエルはアデラを砂浜に残し、集落の東口に向かって歩き出した。歩くたびに揺れる編み髪が陽を浴びて、また煌めく。
あの人はきっと、創造主から特別に愛されているに違いない——若き長老の清らかな背中を見たアデラの脳裏に、そんな考えが過った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます