一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」12

『あ? なんや共通言語で通じぃひんのか、めちゃくちゃクソ田舎やないか。おぅ、これでわかるやろ? お前の脳に直接語りかける、っちゅうやつや』

 え?

「え、えっと……あなたが話してるの?」

 宝箱の魔法陣みたいなところから出てきた真っ黒なヤツに、恐る恐る訊いてみる。雰囲気的にもっとこう、ラスボスみたいな恐ろしくも威厳ある感じのキャラだと思ったのに。てかなんで関西弁なの?

『他に居いひんやろがい。ワシやワシ、どっこの阿呆か知らんけどデモン様をこないなトコ呼びだしよって。お前……やないわな。とてもワシを召喚でけるようには見えへんわ』

 頭の中でベラベラと……なんなのコイツ。

『せやからデモン様や言うとるやろ、眠たいやっちゃな!』

「ちょ、ちょっと待って! 心読まれてるの今!?」

『当ッたり前や、お前みたいなモンがワシの心理干渉に勝てるわけないやろ』

 色々言いたいことあるけど、まず見た目と口調のギャップで脳がバグるのよね……

『ああ、まあお前みたいしょーもない奴やったらしゃあないか。視覚情報に引っ張られるんやな』

 哀れむように腕を組んで、うんうんと頷く黒いサムシングにようやく気持ちが落ち着いてきたぺたるが問う。

「デモン、っていうの? わたしこっちの世界に来てからまだ長くないんだけど、初めて聞く名前ね。どこかよそから来たようなこと言ってたけど」

 ぺたるの言葉に黒いそいつ、デモンはポカンと口を開けた。

あまりにも意外なことを言われて呆れたと言わんばかりに。

『ちょおま、デモンやぞ?! どっこの世界でも知らんやつなんぞおらんやろ!』

 おらんやろ、とデモンは二回言った。

「え、そんなに有名な人だったの、ごめんね」

 ぺたるの言葉にデモンは吹き出した。

『……あー笑ぅたわ。お前意外におもろいやんけ。てかワシ人やないわ』

 軽くツッコミのポーズまでしながら楽しそうに言う。

「ねえデモン、あなたはなんでここに居るの? 何しに来たの」

 なにしに? とデモンは首をひねる。まるでわからんと言わんばかりである。

「いやいや、あんな所から思わせぶりに出てきたのに?」

『知らんわ。ワシは喚ばれて出てきただけや。喚んだ術師の方に用があったんやろがい。そいつの望みを叶えるのがワシの仕事や』

 どこやねん術師、とあたりを見回すが室内には誰の姿もない。

「ねえ、もしその術師っていう人が居ないならわたしが代わりに頼んじゃだめかな」

 ダメ元で訊いてみた。ドアの向こうが静かになっているのが気になる。まさかケルベロスにやられてしまったわけじゃないと信じたいが……この部屋の宝箱にあった印を持って誰か出口へ行っただろうか。

『お前がか? ええぞ』

 あっさりと言われた。

「いいの? ありが」

 ぺたるの言葉が終わる前に彼女の頭の中に『そいつ』は侵入し《はいっ》てきた。

『お前がそれだけのモンやったらな。それを確かめさせてもらうで』

 デモン《悪魔》はぺたるの精神世界でそう言った。

 それからぺたるは自分が産まれてから死ぬまで、プリティブルームとして戦って敵の女幹部に殺されるまでを追体験した。

 それは丸々十四年かかったようにも思えたし、一瞬で過ぎ去ったかのようにも感じられた。

 まるで夢の中のように。

『夢か。せやな、まあ似たようなモンや』

 ついさっき会ったばかりの魔物、デモンの声がした。なんだか懐かしく感じるのが妙な気分だ。

『これをまるっとなかった事にしてもうたんか』

 呆れ顔でデモンが言った。そこにはアホやなコイツ、と書いてあった。

『ほんで? 何が欲しいねん』

 デモンの問いにぺたるは迷いなく答える。

「力が。今度こそ友達を助けられる力がほしい」

 ほう、とデモンはニヤリとした。

『力が……ほしいか。いや言いたかっただけやねんけどな……わかった。大悪魔デモン様と契約できるなんて幸運めったにないで。感謝せえよ』

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべてデモンは言った。

「悪魔……やっぱりそうなんだ」

『さすがにわかっとったか。最低限の知性はあったんやな』

「失礼すぎない?」

 ぺたるの抗議はスルーして、

『ほな、すぐやるで。扉の向こうのお前の仲間もう保たんさかい』

 えぇまずいじゃん、とぺたるは焦りながらデモンの言う通りに自分の名前を名乗り、自分の血で床に記した文章を読み上げる。

「……これにより乙は甲に自らの魂を等価分支払うものとする。この譲渡は契約後速やかに行われなければならない……ねえ、魂を支払うってどういう意味?」

 契約文を読み終わったぺたるが顔を上げて訊く。

『悪魔との契約や、代価は決まっとるやろ。お前の魂の時間……寿命を頂くでぇ』

 デモンはまさに悪魔の笑みを浮かべてそう言った。ぺたるがこの部屋に入った時に感じた死の予感は正しかったのだ。それでも、ケルベロスを倒すまで待ってくれるなら構わないとぺたるは思った。

「うん。それでみんなを助けられるなら、いいよあげる」

 決意に満ちた目で彼女は言った。迷いはない。

『ええんやな? ほなお前の寿命一日分いただきや』

「えっ」

『えっ』

「い、一日? 一日でいいの?」

 もう来年の桜は見れないとか、そういう感じかと思ってたのに。いやこの世界に桜あるのか知らないけど。

『なに言うてんねんお前アホか。一日早く死ぬっちゅうことやねんぞ? めっちゃ嫌やろがい』

 まあそりゃイヤだけど……

『これやから転生しとるヤツは……まあええ、そのしょーもない荷物持ち魔術の中にお前の望む力が入っとるわ。手ぇ入れてみい』

 言われるままアンリミテッドラゲージの口を開き、手を入れるとすぐに硬い感触の物体が手にふれた。

 こ、これ……

 ぺたるの手の上で宙に浮き、ショッキングピンクに輝く球体。彼女はこれを知っている。人の心の強さの結晶、ポーリンジュエリーの種だ。

「どこの世界でも」

いきなり声がした。聞き慣れたあの声。

「ぺたるの心の花は強く咲いてるんだもん!」

「モモン!」

 ピンク色のモモンガの妖精、モモンがすぐそこに浮かんでいた。

「な、なんでここに? あなたももしかして……」

 モモンも自分と一緒に殺されてしまっていたのだろうか。自分の人生を無かったことにしてもそれは回避できなかったのだろうかとぺたるは不安になった。

 ボクは、とモモンは話しはじめた。

「ぺたるが居なかった事になった世界線では、萌音とひまわりの二人はムササシと出会ってプリティーブルームになるんだもん。やっぱり最初は二人がいいんだもん。その後にシルバーとゴールドが合流するけどそれもムササシの不思議パワーで変身するからボクは出番がなくなったんだもん。それで平行世界同士の狭間の『イフとイフの間の次元』に置き去りになったボクは、元々の縁があったぺたるの居るこの世界に引き寄せられたんだもん!」

「……うん、よくわかんないけどいいや! とにかくみんなを助けなきゃ!」

 面倒になったぺたるはポーリンジュエリーの種を手に立ち上がった。

「行くんだもん!」

 モモンが空中でくるりと一回転すると、そこにはピンクのジョウロがあらわれ、同じく担当カラーのピンクのポーリンジュエリーが。

「ポーリンジュエリーセット!」

 ピンクに輝く宝石をジョウロの窪みにはめる。

「ハートスプリンクラー、グルーミングアップ!」

 軽やかに盛り上がるミュージックと共にきらめく謎空間で変身シークエンスがスタートする。ふんだんにフリルとリボンがあしらわれたパフスリーブとふわふわのプリーツスカートに厚底のロングブーツとロンググローブ。頭には小さな帽子のついたカチューシャと花をモチーフにしたアクセサリー。髪は腰より長いウェービーヘア、手足は長くしなやかに、顔つきも少し大人びた風貌になる。

「みんなの心にサクラサク! 希望に咲く花、ブルームサクラ!」

 完璧なポーズと共に名乗りをあげる。

「魔法少女、プリティ⭐︎ブルーム!」

 ……いや、一人だからブルームサクラだけで良かったのかな? ぺたるは少し迷ったが、それよりも。

「衣装変わってない!?」

 前よりちょっとゴージャスになってるんだけど! 異世界仕様ってこと?

「本来なら」

 モモンは空中でもっともらしい顔で腕を組み、

「あの女幹部にやられた後に努力と根性と友情的なエピソードがあって、強化フォームのお披露目があったはずなんだもん。それがあんな事になったから」

「あー……うん、なんかごめんね?」

 ぺたるはあらためて申し訳なく思った。

「そういうわけで、せっかくだから強いやつにしといたんだもん!」

 オッケー、わかった! じゃあケルベロス倒すか!

 色々と吹っ切って、ぺたるは……いや、ブルームサクラは扉を開けて部屋を出た。



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異世界変身勇者1/5 和無田剛 @Wonda-5

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