一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」11
「大いなる地よ、その力を悪しきものに向けて爆ぜよ! グラウンドエクスプロージョン!」
ウガンの土系魔術で大地が爆発を起こし、サラマンダーを攻撃……できなかった。魔獣の身体に魔術印を残しただけで、傷ひとつ付いていないのだ。
「これって、攻撃魔術が授業用に変換されたままってこと……?」
そんな。魔獣はこっちを襲ってくるのにこちらの魔術は無効なんて!
「ペタル! 身体強化かけてくれ」
アドルの言葉にぺたるはあまり上手くない身体強化魔術を唱える。
「サンキュー! これで……うん、ちょっとは効果あるみたいだ」
ごめんねえ、気持ち程度の強化で!
本気で申し訳ない気持ちになるぺたるに、木刀を構えたアドルが言う。
「魔術がダメならオレの剣があるだろ! ここは俺たちがくいとめる! イーズつれて、おまえらは先生に知らせてきてくれ!」
ウガンの壁でサラマンダーの攻撃を防ぎ、アドルがサラマンダーに木刀で斬りつける。と言っても木刀なので打撃にしかなっていない。一撃、二撃。魔術刻印が三つになっても魔獣が消えることはなかった。
「くっそー! 消えねえか!」
アドルは木刀でサラマンダーを牽制して距離をとる。
「いや、僕も残るよ」
イーズが言う。
「正直、歩けそうにないや」
見ると、顔色が悪いし体が小さく震えている。
「だいぶ血が出たから……私の治癒魔術じゃ傷をふさぐことしかできなかった」
オリナが唇を噛む。治癒魔術はもっと上位のものになれば失われた肉体を再生したり体力も回復できるのだ。そしてその代わりになるはずのポーションも、今回持参しているのは魔術取消の薬品である。
「ペタル、足はやいじゃん。お前一人なら迷宮の入り口までもどって助け呼んで来れるだろ」
立ち上がるのも辛いようで、イーズは洞窟の床に座り込んで言う。
「僕ならだいじょうぶ、まだウォータープロテクトくらいなら使えるからさ」
そこにオリナが待ってと声をあげる。
「どうした? お前もペタルといっしょに行くか?」
「だからお前って言わないで。違う、この迷宮は魔術で進む道が決められているのよ。どの道をたどっても必ずこの扉の前に来るようになっていた。逆に言うと、この扉の中の印を持って帰らないと出口には着けないはず」
なるほどとぺたるは思う。まだ攻撃魔術が相手に印をつけるものに変換されているということは、この擬似迷宮にかけられた魔術は有効と考えるべきだ。なぜか魔獣にかけられたロックが外れて人を襲うようになって、印をつけられても消えなくなっただけで。
「それが大問題なんだけどね……じゃあ、あの扉の向こうへ行かないとだね」
そういう事だな! アドルとウガンはサラマンダーの攻撃をかわしながら言う。
攻撃魔術が効果ないという事は、現状の攻撃力はアドルの木刀(ただの木の剣)による打撃のみである。いくら幼体とは言えサラマンダーを倒せるわけがない。
「……よし」
ぺたるが表情を引き締めて言う。
「わたしが扉の中に入って印取ってくるよ。みんな、援護して」
ちょっと何言ってるのとオリナが血相を変える。
「ペタル、今の私たちにサラマンダーを倒すのはむずかしい。多分不可能だと思うわ。だから足の速いあなたが単独で印を取りに行くのはわかる。全戦力をサラマンダーの足止めに使えば何とかなるのも確か。でも」
オリナの視線が宙に泳いだ。
「……どう考えても、いちばん危険なのはあなただわ」
ぺたるは小さく笑って、
「わかってるってそれくらい。わたし、一番年上なんだからね?」
オリナは一瞬考えて、すぐにアドルとウガンに声をあげた。
「聞こえてたわね? ペタルが扉の中に入るまでサラマンダーを引きつけて!」
もうやってる! とアドル。
「オレが壁をつくって、ペタルの方にサラマンダーを行かせないから!」
ウガンが言い、それで方針が決まった。
「待ってくれ、扉の向こうに魔獣がいる可能性もある。僕をアンリミテッドラゲッジに入れて行ってくれないか? 防御くらいならできる」
走ることは無理でも、とイーズが提案するが、
「いや、人いれちゃダメってリカちゃ……リカルデント先生が」
リカルディ先生でしょ、とオリナが言う。アンリミテッドラゲッジを使えるようになった時に注意されたのだ。これは次元の狭間のスキマに物を収納する魔術であり、そこが生物の生存できる空間である保証はないというのだ。
「なるほど……じゃあ仕方ない。ここでおとなしく倒れてるよ」
そう言うとイーズは本当に床に横たわってしまった。もう体力が限界なのだ。やるしかない、とぺたるは通路の奥の扉をにらむ。
通路幅は五メートルくらい、サラマンダーが真ん中に居ても人が通れるくらいのスペースはある。扉の中に魔獣が居るかもしれないが、もう考えるのはよした。
「用意はいい? サラマンダーの眼をつぶすから、一気に行って!」
オリナが呪文の詠唱を始めた。扉まで十メートルちょっと。アドルが木刀でサラマンダーを威嚇して気を引く。
「天の怒りを、天の恵みを。地にある我らに与えたまえ……ライトニングフラッシュ!」
何もない空間に突然光がうまれ、バチバチとはぜたかと思うと周囲が一気に目も眩むほどの光に包まれた。サラマンダーが驚きの鳴き声をあげてうずくまる。
今だ! 眼を腕でおおっていたぺたるは一気に駆け出した。
雷の轟音と光の中、扉を体当たりするようにして開ける。中に転がり込んですぐに扉を閉める。
バタン、と堅牢な音がして室内に静寂が訪れた。人工的に作られたなめらかな壁と天井、床。学校の教室くらいの広さの真ん中あたりに木箱がある。枠を金属で補強された、よく見る『宝箱』だ。開けると中にひとつ石が入っていた。表面に魔術刻印がされている。これで外に出られる! ぺたるは石を手に振り返った。扉に手をかけ、細く開けて外の様子を窺う。
アドルとウガンがサラマンダーと睨みあっていた。よし、今行くぞ……と足を踏み出す。アドルがこっちを見た。目が合う。待ってて、いま印持って行くから
「……え?」
何故か、膝が折れて床に足をついた。
急に力が抜けて……なにこれ? 次の瞬間、ぺたるの背筋にものすごい悪寒が走った。
なにか、いる。背後に何か、禍々しい存在が。危険な存在が居る。本能が感じていた。扉の向こうのサラマンダーの比ではない、一瞬で命を刈り取られそうな……
「アドル!」
扉の隙間から印のついた石を投げる。彼がそれをキャッチしたのを確認すると同時に扉を閉める。
恐る恐る、ぺたるは振り返った。先ほど石を取り出した宝箱の蓋の裏側に魔法陣のような模様が見えた。そこから、暗闇をそのまま切り取ったような存在が抜け出てきていた。
人のようなカタチをしているが、頭部に二本の角があり、耳は鋭くとがり眼は爛々と紅く光ってこちらを見ていた。
「 」
魔道具の翻訳でもまるで聞きとれない、しかし何かの言語であることだけはわかる言葉で『それ』は言った。
原始的な恐怖でぺたるの全身が震えた。確実に自分の命が終わるという恐怖で。
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