一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」9

ぺたるたちが擬似迷宮に入った頃、王立魔術学院の『魔術薬品精製準備室』にて。

「ふ。ふふふ……ふ。リカルディめ……教会のコネで教師になったくせに擬似迷宮で実習とか、調子のりすぎ」

 地味なグレーのスカートスーツに編み上げのブーツという服装の女性。硬い髪質の赤毛のロングヘアは、ほとんど手入れをしないのでボサボサである。

 準備室の机の上の怪しげなガラス器具の中の怪しげな薬品が黄色い湯気をあげる。

「き、危機管理能力なさすぎ……一年のガキに実戦形式の授業なんて……途中で事故でも起こったらどうするつもり? ふふふ、ふ。いくら教会から派遣されてるからって。貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんに怪我させたら責任は重いよねえ……ふふふ」

 怪しげな薬品がひときわ大きな音で爆ぜてミニチュアサイズのキノコ雲をあげる。

 その女性はふふふと笑いながら、やっぱり白衣着てたほうが雰囲気でたかなと後悔していた。

「……もう、そろそろかな? 魔獣の魔術的安全術式セーフティロックを解除する薬品が効き始めるのは……ふ、ふふふふふ。五組めは地方の田舎貴族のガキと平民だけだったはず……ちょっとくらいケガしてもいいよね、ふふふふ……ふ?」

 ボサボサ赤毛の女性、魔術薬学担当教師のキジュリは眉をひそめた。

「あ、あれ? なんで黄色の湯気が出てるの……? 配合、間違えた……? い、いやまさかね。黄色の薬品だったらロック全部解除になるし……そんなの子供が相手なら簡単に◯しちゃうし……」

 きっと勘違いだ。自分が迷宮のモンスターに仕込んだのはちゃんと紫の薬品だった。子供達を軽く怪我させちゃうくらいには凶暴になるくらいの……

「うんそうそう。絶対そう。間違ってなんかいないって」

 はははと乾いた笑いをあげて無理に心中の不安を消そうとするキジュリ。とりあえず明日の実習の準備しようと現実逃避を始めた。

 

「ウソだろ、もう戻ってきたのかよ」

 ところ変わって擬似迷宮の洞窟前。生徒たちが五組のパーティーに分かれて一定時間を空けてダンジョンに入っていく。出入口は目の前で口を開けている穴ひとつしかないのだが、洞窟内を奥の部屋まで行って戻ってくると、途中で後続組とすれ違う事なく入った穴から出て来られるのだ。魔術的になんやかんやそんな感じにしてあるらしい。

「最短記録かも知れませんね」

 リカルディ先生も驚きの表情を浮かべている。まだ三組めのパーティーが入ったところなのに、最初に入ったカークロゥ達がもう出てきたのだ。五組すべてが入ってから先頭が出てくるくらいを見込んでいたのだが。

「最奥まで行ったしるしは……持っていますね」

 魔術的な印を刻んである金貨を手にしているカークロゥ。彼以外のメンバーは全員女子だが、その中で一番背が低い彼は一見女の子と間違えそうな見た目である。

「すごかったねぇ。わたし達ほとんど何もしてない」

 一緒のパーティの女子が言う。遭遇したモンスターをすべてカークロゥが瞬殺してしまったらしい。

「うーん、カークロゥ君は別メニューにするか、あるいは飛び級を考えてもいいかも知れませんね」

 あごに手を当てて言うリカルディに彼は慌てて、

「そ、そんな飛び級なんて! ぼくただでさえ小さいのに上級生と一緒なんて!」

 あらそこですか、とリカルディは言い、まあ対策を考えておきますと話を終えた。

「さて、先程も説明した通りですが、今回の課題はダンジョンのトラップや遭遇する《エンカウント》モンスターに『殺される』事なく最奥の部屋へたどり着き、金貨を持ち帰ることです」

 既に聞いていた事だが、神妙な顔でうなずくぺたる達最終組の五人。擬似迷宮内のモンスターは人を傷つけないようセーフティロックがかけられており、実際に攻撃してくる事はない。あくまでもフリをするだけだが、その動きを防御できなければ魔術的な印をつけられるようになっている。

 それが三つ集まると『死亡』となり、失格。首からかけられた転送術式の組み込まれた魔石で迷宮から強制排除される。ただし印は回復魔術で消すことができる。迷宮内では攻撃魔術がモンスターに印をつけるように変換され、それを三つ付ければ倒せるというルールだ。三本先取の模擬戦のようなものである。魔術剣士志望であるアドルのように物理攻撃を希望する者は魔術の印をつけられる木刀などの武器を使う。

「では最終組、用意はいいですか」

 ぺたる、アドル、イーズ、ウガン、オリナが頷く。

「じゃあみんな、行くよ!」

 先頭に立ったぺたるが力強く言う。

「いやなんで荷物持ちのペタルが仕切るんだよ」

 アドルが不満を訴えると、

「キャリアーって言って。いいの年上なんだから」

 さあ行こう。カークロゥ達のようなスピードはなくとも、課題をしっかりとクリアしなきゃ。

 一歩足を踏み入れると、外からは天然の洞窟にしか見えなかった擬似迷宮は明らかに人の手が加わっているのがわかった。天井と壁……その境がどこなのかはわからないが床も程よく平らで人が立って歩くのに余裕があるサイズに整えられている。しばらく歩いても均一な横穴が続いているのでそれがよくわかった。そして何より、洞窟内が適度な明るさを保っている。どこかに光源があるようには見えないが、曇りの日の屋外くらいの明るさなのだ。

「これって、どうなってるんだろ」

 ぺたるの言葉にオリナが言う。

「……多分、空間自体に発光するような魔術が仕込まれているんだと思う。この迷宮の中のどこかに魔石があって、発光魔術を発動させる術式が刻まれてる……と思う」

 へえ〜、と四人が感心すると、あくまで推測よ推測、とオリナはなぜか慌てて付け足した。

「……っと、最初のモンスターか」

 イーズの言葉に目を向けると五人の前にプルプルとうごめく水溜りのようなものが。

「スライムか。ここはオレの火の魔術で」

 アドルの言葉が終わる前にスライムの上に雷が落ちた。

「サンダーボルト! サンダーボルト! サンダーボルト!」

 オリナの後方からの雷撃魔術三連発を喰らって、あっけなくスライムは消えた。これが実戦なら魔石のかけらでも残るところだが、実習なので跡形もない。

「……スライムは水系の魔獣でしょう。雷系が一番相性が良いわ」

 当然のように言って先へ進むオリナ。まあそうだけど、と納得いかない顔で続く三人とぺたる。

「わたしの魔術は相性うんぬんじゃないもんなぁ」

 寂しげなぺたるの言葉に、何も言えなくなった男子三人であった。



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