一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」7
「……どちら様?」
夜遅い時間の訪問者には一人しか心当たりはないが一応尋ねてみる。
「入ってもよろしいですか?」
予想通りの人物の声だったので放っておいたら、扉の閂がズルズルと横に動いて外れた。
「こんばんは。今日の事ですが」
入室するなり、いきなり本題に入るリカルディ。地味な色合いの長袖ワンピースの部屋着姿である。首に魔石のついたネックレスをかけている。授業の時に使っている杖ほどの大きな魔力はないが、先ほどの鍵開けくらいは楽にこなせるようだ。
「今日のことって、あの水晶の?」
勝手知ったる様子で椅子に腰をおろす彼女に向き合う。
「ええ。ペタル貴女……退化していませんか?」
リカルディは真剣な表情で言う。いやいや失礼な。
「リカちゃん相変わらずひどいなあ」
ぺたるの苦情には耳を貸さず、
「初めて会ったとき、簡易的な判別魔術でみた貴女はそれなりの魔力を体内に持っていたはずです。ところが今日の水晶の反応では、ほとんど魔力が検出できませんでした」
あ……やっぱり。
「ええ。かろうじて目視できる程度の魔力量で、無理やり当てはめるなら空間系統という結果でした」
「そんな結果だったんだ……わたしの魔力ってそんなに少ないの」
ええ、とリカルディは頷き、
「植物並みです」
「……さすがにショックだわ」
「それと」
「なに?」
「学園内では先生と読んでください」
けじめですので、とリカルディは言う。
「じゃあリカちゃん先生」
「……指示には従っているものの尊敬の念はむしろ減りましたね」
あははと笑うぺたるに、
「でも本当に疑問です。魔力量というのは基本的に変わらないはず。成長や老化によって多少の増減はありますが、こんなにも短期間で減ってしまうというのは」
特に体調が悪いという訳でもなさそうですし、と首をひねるリカルディ。ぺたるは何となく言わずにいた前世の事を言っておくべきかと思った。
「実はね……」
「……なるほど。魔法少女」
ひととおり話し終わるとリカルディはそう言って考え込むように腕を組んだ。
「その……フラワーランドだのモモンだのというのはつまり、ペタルが元居た世界とは別の世界の存在なのですね?」
そりゃもちろん。
「なるほど……色々とわかりました。もっと早く話してもらうべきでしたね」
「あはは……いや聞かれなかったからさ」
まあそれは、とリカルディは自分の金髪の後れ毛を指でつまんで、
「女神様に自分の存在を消してもらって一緒に戦っていた仲間を救った、と聞いていたので。自分が生まれてからのことを全て無しにするというのは相当辛かったのではないかと」
「……ん、つまり気づかってくれたってこと?」
まあそうです、と目を逸らすリカルディ。
「やっぱり優しいんだよなぁリカちゃんは。あと可愛い」
にやけるぺたるに、
「ですから優しいとかそういう事では……」
「はいはい、ごめんね先生」
リカルディは咳払いをひとつして、
「ペタルはその魔法少女として戦っていた。そのために、モモンという小動物型の妖精に力を授けてもらっていたと。たぶんその力はこちらの世界での魔力に相当するものなのでしょう。それがこちらに転生して来た時にはまだ体内に残っていたが、時間と共に減っていき、今は雑草並みになったと」
え、雑草なの? せめて何か可愛いお花とか。
「いえ雑草です。いいですか、たとえ今は雑草でも絶望する必要はありません」
いや絶望してないし。てか雑草連呼しないで。
「なぜかと言えば、この世界で必要とされているのは魔法ではなく魔術だからです」
思わせ振りに言葉を切る。つまり体内にある魔力でなく魔石の魔力を使うってことでしょ、とぺたるは先回りする。
「そうです! ペタルもわかってきましたね。貴女は相当な量の魔力をその妖精から供給を受けて戦っていた。だから一度死んでこの世界に転生してきても、まだ体内に魔力が残っていた」
ふむ、そういうことね。
「つまり、既に魔術を使っていたわけです。世界を侵略しようとする勢力と戦えるほどの強力な」
ニヤリと笑みを浮かべるリカルディ。
「なるほど! じゃあわたしも魔石を使えばすごい魔術が使えちゃうっていう」
一気にぺたるの希望が膨らむ。これは異世界無双いけちゃうんじゃない?
「……うーん、だと良いのですが」
え? 違うの?
「話を聞いた限りでは、ぺたるは何やら変身? をしていたとか。装着するタイプの魔導具のようなものでしょうか……そして錬成も詠唱もなしに魔力を使って基本素手で格闘をしていたと」
肉体強化系の魔術付与でしょうか、と考え込むリカルディ。
「あ、でも武器も使ってたよサクラスピアーとか」
こうパシッと出して。
「何もないところから取り出す? 明らかに空間系ですね……そのあたりがペタルの適性に関係しているのでしょうか? ……とにかく」
姿勢良く椅子に座ったリカルディがまっすぐにぺたるを見る。
「貴女が使っていたのはこの世界の魔術とは完全に別物だということです」
まあそうだよね……ぺたるはポーリンジュエリーをセットして謎空間でキラキラしながら変身していた魔法少女時代を思い出す。
……うん、そうだよね。世界観違いすぎるもん。
「ですから、絶望することはないのです。素質はあるという事なのですから」
しょぼんとしたペたるに優しく声をかける。
「……つまり?」
「つまり。地道に魔術の勉強をして勇者としての実力を身につけましょう!」
それしかないのです! と立ちあがるリカルディ先生。
「はぁ……そういうことかぁ」
もう一度、地道な努力で魔法少女になるしかないという訳だ。この世界の魔王を倒す勇者になるために。
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