一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」 6

「ふう……今日も一日乗り切ったぁ」

 ぺたるは自室のベッドに腰かけてひとりごちる。学園と同じ敷地内にある学生寮である。夕食と入浴も済み、明日までの課題も片付けたのであとは寝るだけ。まさに乗りきったのである。

 この世界に来て二ヶ月ほど。最初にチート能力でももらっておけば今頃、「またわたし何かやっちゃいました?」ってすごい魔術か何かで異世界無双していたんだろうけど……

「わたし今、本当にただの小娘なんだよね……」

 深いため息をつくぺたる。特別頭がいいわけでもなく、運動神経は良い方だがそれでどうという事もなし、未知の特殊能力が目覚めたりもしていない。

 そして魔術も……ぺたるは今日のリカルディの授業を思い出す。

「先週までは自分の中にある魔力を練り上げる方法を練習してきましたね」

 リカルディ『先生』は生徒たちを見渡して言う。みな一限目の授業とは打って変わって真剣に聞いている。子供は素直だなとぺたるは思う。

「人間が体内に蓄えられる魔力量は微々たるものです。人により差はありますが、多い人が上手く錬成……魔力を体内で練り上げたとしても使えるのは初級魔術がせいぜいでしょう。ですが」

 言葉を切り、自分の指先から火の玉を出す。ぼうっと火勢を増して消えたファイヤボールに生徒たちから歓声が上がる。

「魔力をうまく扱う事が魔術の基本です。それができるようになれば」

 今度は指先に小さな竜巻を出す。くるくると渦巻く風を横目に続ける。

「大きな魔力で高度な魔術も使いこなせるようになるのです!」

 リカルディの手に持った杖についた魔石が白く輝く。透き通った緑色……魔結晶と呼ばれる石の魔力が彼女の体内で錬成され、更に力を増していく。

「天駆ける光跡を我が手に納めん…… 輝ける雷鳴のライトニングボルト!」

 頭上に雨雲が湧き、一条の稲妻が空を駆けてリカルディの杖が指し示す、裏庭の離れた場所へ落ちた。

 鋭い閃光と轟音に生徒たちは一瞬ビクッと身体を震わせ、一瞬の沈黙の後に、わあああっと歓声が上がる。何しろまだ入学して三ヶ月ほどの十才児たちだ。目の前でド派手な魔術を見せられたらテンションが爆上がるのは当然である。

「スゲーっ! 先生カッコいい!」

「ヤッバぁー! マジすげえピカッて!!」

「音も! 音もデカかったよなドーンって!」

「い、今のライトニングボルトって中級魔術ですよね? 錬成で威力が」

「先生私はヒーラーになりたいんですけど治癒魔術は」

「せんせーおしっこー」

 興奮した生徒たちが口々に言うのをまあまあと制して、

「今見せた魔術は説明のための例です。今日は皆さんがどういう魔術系統に向いているかを判定してみましょう。それとトイレはどの子? 移動魔術で送ってあげましょう」

 クラスで一番背の低い男の子がリカルディの空間魔術でトイレに送られる。

「さて、ではおさらいです。魔術の基本、五系統と言えば」

 ハイハイっとオリナが手を挙げて「火、水、風、土、雷ですっ!」と答える。

「はいその通り。ですがそれ以外に」

「音、光、空間、治癒や肉体強化なども!」

 リカルディの話に被せるように食い気味で答えるオリナ。

「オリナさん。ちょっと落ち着いて? ……ああ帰ってきたわね」

 先ほどトイレに行った男の子が照れ笑いの表情で戻ってきた。

「カークロゥ、うんこかぁ~?」

 アドルが大きな声ではやし立てると、イーズとウガンの二人もうんこうんこーと続く。まったく男子は……そう言えばカークロゥかそんな名前だったなとぺたるは思い出す。

「ち、ちがうよぉ! ボクおうちのトイレじゃないと出ないもん」

 若干涙目で反論するカークロゥ。その反応に更に三馬鹿が調子に乗りそうになって騒ぎ出すところに、

「ちょっといい加減にして! 授業中でしょう」

 オリナが鋭い声をあげた。この子はわたし達の世界にいたら委員長ってあだ名だったろうなとぺたるは思う。

 アドル達が次に委員長を弄ろうと口を開いた瞬間、耳をつんざく轟音が響いた。

「…………!」

 口をパクパクさせるアドルとその他のガキンチョども。委員長も両手を胸の前で硬直させて固まっている。

 先刻と同じ場所に落とされたライトニングボルト。だが明らかに威力が増している。

「……さて、授業を続けてもいいかしら?」

 ニッコリと微笑むリカルディ。造作の整った美人なので余計に恐ろしい。クラスの生徒二十四人が真剣な顔でうなずいた。よしよしと満足そうにうなずく黒ずくめオールド魔女ファッションの教師。

 では、とリカルディは透明な水晶の球を取り出す。小さめのボーリング球くらいある、いかにも占いで使いそうな物だ。手近の岩に紫色のクッションを敷いて水晶球を置き、人には、と話し出す。

「人には向き不向きがあります。運動が得意、勉強が得意……魔術においても、どの系統が向いているのか、得意なのかは人それぞれです。もちろんそれ以外の系統の魔術も訓練によって使えますが」

 言葉を切り、上に向けた自分の手の平の上に氷の粒を出現させ、私は五系統全てを上級魔術まで使えますしと付け加えた。

「向いている、適正のある系統の魔術なら体内魔力だけでもそれなりの効果が出せたり、何より最初に覚えるのに最適です。人によったら自分の適正を自覚してすぐに初級魔術を発動させられる場合もありますしね」

 おおっ、と生徒たちが沸く。それはそうだろう。正直ぺたるも授業中にいきなり魔術を使えてしまう、ラノベ主人公ムーヴを想像してしまった。

「では、自分に一番合う魔術の系統を調べてみましょう。さっき言ったうちのどれか……人によってはいくつもある場合もあるし、珍しい系統に向いてる人も居るかもしれません」

 と、またまた子供たちの興奮を煽るような事を言うリカルディ先生。

「一列に並んで、順番で水晶に手を当てて下さい。色が変化するとの系統の魔術が向いているのかがわかります」

「こ、こうですか?」

 やはり一番前に並んでいたオリナが水晶球に手を伸ばす。リカルディの指示で両手を水晶球にぴったりと当てる。すると球が輝きだし、黄色い光を発した。

「雷系統ね。あと治癒系の魔術も向いています」

 おおー、と他の生徒から声があがる。いきなり複数系統だ。次の生徒は水系統、その次は風……と言い渡される。ちなみにアドルは火、イーズは水、ウガンは土系統だった。

 ぺたるは列の最後尾で順番を待つ。自分はどんな魔術が向いてるんだろうか。やっぱり勇者(候補)だし、光とかかな……治癒とか地味にイヤだな……戦ってケガしたら自分で治して、とかやらされそう……

 いやそもそも勇者()なんだから何か攻撃できないとマズイよね。武器持ったり格闘技で戦えって言われても困るし。何とか強い魔術使えるようにならなきゃ……

 などと切実な想いにとらわれていると、あと一人で順番となった。ぺたるの前の生徒、カークロゥが水晶に小さな両手をあてると、球が虹色に輝きだした。今までこんな色になった生徒は居なかったし、輝きも明らかに強い。

「こ、これは……!」

 リカルディの表情が変わった。

「風、空間、それと……何かしらこれは? ひょっとして未知の系統の魔術かも……あと音と光系統もある程度向いています。しかも、体内の魔力量が……」

 他の生徒から声があがる。五系統以外のレア系が複数で、他にも向いている魔術があるという。ここまで、複数系統の適正が出たのはオリナだけだった。明らかにカークロゥの素質は群を抜いている。

「さて最後ですね、ペタルさん」

 子供たちが盛り上がっているのを尻目に水晶球に手をあてる。瞬間ヒヤリとしたがすぐに温かさを感じる。そして水晶はかがや……かなかった。

「え? あれ? 故障?」

 動揺するぺたる。じっと水晶球を覗き込んだリカルディが言う。

「……いいえ。ごく弱いけど出ています。これは……ええと」

 彼女の眉間にシワが寄る。むむむと悩み、

「……あえて言うと空間……かな? 治癒とか雷っぽい色も見えるけど……うん、空間ね。あえて言うと!」

 え……あえて言わないといけないの?


 ……という顛末があったのである。ちなみにいきなり魔術が使えた生徒は居なかった。細かく言うと体内にある自前の魔力だけで使う魔術は『魔法』と言うらしい。遥か昔にはこちらが主流で、自前の力だけで発動するから使える人が非常に少なく、効力も人によってバラバラであり、魔石などの魔力を使用する現在の魔術とは別物と言える。

「いやそんな細かいことはいいから!」

 あーもう、と自室で悶えるぺたる。そこにノックの音がした。




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