一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」 5

「魔力、魔石、魔獣。そして魔術」

 それが全てです、とミグトル先生が言う。教壇の上のマジカルスクリーンにはその四つの単語が淡々と並んでいる。

「魔力はこの世界のどこにでもある、いわば全ての命の源ですね。我々人間を含む動物はもちろん、植物にも、土や空気にもある」

 やや薄くなった髪をオールバックにした痩せ型のおじいちゃん先生で、授業は映像や音にこだわったり余計な演出もせずに、いつも淡々と進める。

 教室内を見回すと、一限目の授業なのにもう居眠りしている生徒もちらほら。アドルたち悪ガキどもは机の下で何やらゴソゴソやりながら小声でやり取りしてクスクス笑ったりしている。

 ……ふまじめだなあ。

 ぺたるはそれらを横目にミグトル先生の話に耳を傾ける。自分は他の生徒たちより四つも歳上だから、という思いがある。言葉は悪いが「ガキとは違うのよ」などと思っているのである。

 オトナなので。面白みのない授業も真面目に聞こうというわけである。

「魔石は魔力を高濃度に含んだ石、これは純度が高くなると透明度が増していき、魔結晶と呼ばれる事もありますね」

 そして、とミグトル先生は教室内をぐるりと見渡す。悪ガキ三人がやべっとか言いながら机の下の物を隠している。

「では、魔石はどうやってできるか……オリナさん」

 一番前の席に一人で座っている女生徒に質問する。

「は、はいっ」

 度の強いメガネをかけ、深緑の髪を後ろで三つ編みにした野暮ったい髪型。いかにもマジメそうな彼女は聴き取りにくい小さな声で、

「あの、自然と魔力が固まることもありますけど、その場合は砂や砂利くらいの大きさで……普通は魔獣の死骸が魔石になります」

 そうですね、よくできましたと先生に褒められて顔を赤くした彼女はガタガタと音を立てて着席する。

 オリナはどの授業でも最前列の席に陣取ってテストでも毎回満点に近い点数を取っている優等生だ。

 そんなん知ってるしー、とかアドルたち三バカが言っているが、確かに今のは基礎の基礎だ。異世界人のぺたるでさえ、今更聞かなくてもと思う質問である。

 魔力はこの世界の万能エネルギーであり、照明や空調設備などの魔道具と呼ばれる機器は魔力を動力としている。電力の代わりに魔力で家電が動くと考えればわかりやすい。

 ただしそれは貴族など上流階級のみの贅沢品であり、ほとんどの民衆は薪で火をおこして湯を沸かしたり料理をしているし、夜になればオイルに火を灯すランタンが照明だ。

 ただし、魔術学園は生徒のほとんどが貴族の子息子女ばかりという王立の施設であるためふんだんに最新の魔道具が使われている。

 高学年になると専門学科が分かれ、魔道具の開発や製作を学ぶ科もあるので、あらかじめ親しんでおくという意味あいもある。

 やがて涼やかなベルの音が響き、一限目の授業が終わった。次は基礎魔法実技である。実技は基本的に屋外で行なうので教室から移動しなければならない。生徒たちは席から立ち上がり、数人のグループになって廊下へ出ていく。

「さてと」

 なんとなくひとりごとを言いながら立ち上がるぺたる。完全なぼっちという訳ではないが、級友はみんな歳下だし、海の向こうの遠くの国から来たという事にしてあるけど実は異世界人だし、一年生なのに途中から入学してきたし……。と本人が思っているからか、少し周りに対して壁ができている。

 教室を出て廊下を歩く。学校の廊下というより西洋のお城の内部のような内装だ。そもそもこの王立魔術学園が石造りのお城のような建物である。

 お城チックな扉を出てお城ライクな中庭へ。既にクラスメイトが揃っており、数人ずつのグループに分かれておしゃべりをしたりしている。

 全部で二十数名の級友たちを後ろから何となく見渡す。男子は大体みんな自分よりも背が低いし声変わりもしていない。精神年齢も含めてコドモなのだ。女子はまだマシだけど、元の世界で言えば小四だ。素直に友達になろう、とはなかなか言えない。こちとら中二なのである。

 やがて中庭に涼やかな鐘の音が響き、二限めの授業の開始時間となった。が、担当の教師が現れない。

 どうしたんだろう、遅刻? 休みかな……? ざわめきが生徒の中に広がっていく。

 そうしてほぼ全員の生徒が何かあったかと異常を感じはじめたその時、彼らのちょうど中心のスペースにいきなり一人の女性が現れた。

「うわっ!」

 黒いローブに同色の幅広いつばのトンガリ帽子。古典的な魔女ファッションに身を包んだ、基礎魔術の担当教師、リカルディが当たり前のような顔でそこに立っていたのである。

「せ、先生! いつの間に?」

 狼狽する生徒の声に、

「いつ? ちゃんと鐘の鳴る前から居ましたよ。教師が遅刻していては示しがつきませんからね」

 何でもない事のように殊更平然と口にするが、そのクールな表情の口許が微妙に持ちあがっているのをぺたるは見逃さなかった。

「せ、先生! 今のはどんな魔術ですか」

 オリナがシュバッと手を挙げるのに、良い質問ですとリカルディは手に持った杖をもう一方の手のひらにポンポンと当てて説明を始める。

「人がそばに居るのに見えない……いえ、居ると気づけないのはどんな状態だと思いますか」

 トンガリ帽子の魔女は魔術学園の生徒たちをぐるりと見回して言う。

「では……ペタルさん」

 うわマジか指名しやがったと心中毒づきながら、ぺたるは何とか答えをひねり出そうとする。

「あぁ……えっとそうですねー。と、透明人間とか?」

 包帯ぐるぐる巻きのモンスターを思い浮かべながら言うと、

「透明、なるほど身体をスライムのように透き通ったものに変えるのですね! そんな魔術があったらぜひ見てみたいものです」

 楽しげに言うリカルディ。

「センセー、透明だったら見えませーん」

 アドルが意気揚々と挙手して言うと、他の生徒はたしかに〜と笑う。

 うわー、よってたかってバカにされてるじゃん……とぺたるはリカルディに恨みを込めた視線を送るが、彼女は知らん顔で

「さて他にどうですか? もうちょっと現実的な答えは」

 イラつくぺたるをよそに、オリナが手を挙げる。

「あ、あの……確かケハイシャダンとか、人に気づかれなくする魔術があったと思うのですが」

 自信なさげな彼女の言葉に、

「素晴らしい! よく勉強していますね。そう、気配遮断あるいは認識阻害などとも言われますが、その場に居るのに見えない……というより気付けない、認識できないようにする魔術です」

 まあこれは非常に高度な魔術なのでまだ無理です、とリカルディは今日の授業の準備を始める。見せたかっただけかい、とぺたるは無言でツッコむ。

 わたしが勇者で、リカちゃんはその仲間のはずなのになあ……

 かたや一年生、かたや教師である。もちろん魔術の実力で言えば当然なんだけど……





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