一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」3

 こちらへ、とリカルディに手を引かれるままステージの袖から廊下へ出る。窓のない通路だが、等間隔でランプが壁に設置されているので暗くはない。

 すぐに突き当たった丁字路を左に曲がると、まっすぐに通路が伸びていた。どうやらかなり大きな建物の中に先ほどの教会のスペースがあるらしい。

「あのー、リカルデントさん?」

「リカルディです」

 ぺたるの手を引く金髪の少女は前を向いたまま答える。

「さっき言ってた、導き手っていうのは? あなたがそれってこと?」

 やや強引な態度でグイグイと手を引く彼女に聞いてみると、

「……歩きながら説明した方がよろしいですか? もうすぐ部屋に着きますが」

 やや呆れたふうな声で返されてしまった。ああいや別にその、とぺたるが口の中でうにゅうにゅ言ってるうちに着いたらしい。

「とりあえず今日はこちらの部屋を使ってください」

 とリカルディが開けた扉をくぐると、ぺたるの家の六畳間の倍以上はありそうな部屋だった。小さなデスクの前に椅子、洋服ダンスらしき家具と装飾のない木製のベッドがひとつ置かれている。どうやらこの広さで一人用らしい。

「やっぱり外国はサイズおっきいなあ」

 ぺたるの独り言にリカルディが応える。

「ああそうですね、教会の外ではそのように。この大陸の外から来たという事にしましょう」

 ぺたるが頭の上に疑問符を浮かべていると、リカルディは

「貴方は勇者候補として外世界から我々がお喚びしました」

 と説明を始めた。彼女が椅子に腰掛けたので、ぺたるはベッドに腰をおろした。

「ここは、サンクトテレスという土地です。そしてここは王都にある教会の本部、大聖堂と呼ばれる施設です……」

 サンクトテルスとは、大陸の名でありそこにある王国の名でもある。大陸のやや西側にある王都が国の中心地であり、王とその一族の住まう城があり、その周囲に街がある。

 王都だけあって大陸に散在する他の街よりはるかに人口が多く、商店や飲食店、旅人のための宿も多く、各地から様々な商品を持ち込む商人など人の出入りも多い。主たる街道は石畳になっており、馬車や荷車が使いやすい。これは他の街にはない王都の特徴の一つである。

「へぇ〜。じゃあ一番の都会なんだ」

 ペたるの素朴な反応を受け流してリカルディは説明を続ける。

 グルコ正教という国家公認の宗教は他のそれとは比べ物にならない勢力を持っている。実質的に宗教は『教会』と通称されるグルコ正教ひとつで、他は雑多な新興宗教と切り捨ててしまっても良い程度の信者数しかない。

 その勢力は王族の権限と肩を並べるほどであり、サンクトテルスは国王を頂点とする王族と法皇を頂点とする教会の二大勢力が治めているとも言える。

「へえ〜。じゃあ、さっきのおじさんは」

 ぺたるの言葉にリカルディの目が鋭くなる。

「……もし司教のことを指してるのでしたら、認識を改めてください」

 彼女の迫力にあわわと謝る。めっちゃ偉い人だったらしい。

「逆に言えば」

 と、リカルディはベッドの上に姿勢よく腰掛けたまま、窓の外へ視線を移す。つられてぺたるも窓外を見ると、どうやら夕方であるらしかった。

「司教が同席するほどの重要な儀式なのです。勇者召喚は」

 はあ、と気の抜けた返答をするぺたるを横目に、リカルディは立ち上がる。

「お疲れでしょうから、簡単な食事を用意しますので。続きは明日にしましょう」

 と、そのまま部屋を出て行こうとする。

「ちょ、待って! その色々と」

 聞きたいことはあったが。

「わたしが勇者っていう事で間違いないんですか? あの、わたし前居た世界では一応悪いヤツらと戦ってたけど。その力は自分のじゃないって言うか」

 そうなのだ。魔法少女としての力はモモンに与えられたものであって、ぺたる本人にはなんの力もないのである。前の世界では着ている服のポケットに手を入れれば、入れた覚えがなくても何故か変身アイテムが出てきたのに、さっきこの部屋に入る前に制服のポケットを探ってみても何にもなかった。

 つまり、現状のぺたるはただの女子中学生なのだ。勇者などと期待されてもなんの力もない。

「確かに、あなたからは魔力も大して感じませんし、どう見ても戦士の身体つきには見えません。暗殺や諜報ができるわけでもなさそうです」

 ええその通りです。

「ですが、外世界の人間は、こちらとは違うことわりで力を発揮すると聞きます。私たちの窺い知れない能力を秘めているのかも」

 そう言われても心当たりがないので、どう反応するか困っているとリカルディは「それに」と話を続けた。

「教会は半年に一度、勇者召喚の儀式を行なっていますが成功するのは数年に一度です。非常に希少な、選ばれし者なのですよ?」

 と、こちらの反応を窺うように間を空け、確かに、と続ける。

「お招きした人はあくまで勇者たり得る素質を持った『勇者候補』でしかありません。ですが、その方は何か一つ、女神の恩寵を受けているはずです」

 そうでしょう? と言わんばかりにぺたるの目を見るリカルディ。ホールで女神のことを口にしたのを言っているらしい。

「ああ、それなんですけど……」

 ぺたるの声が小さくなる。

「その、女神様に他のこと頼んじゃって。わたし、その恩寵っていうの何ももらってないんですよね」

 あはは、と渇いた笑い。

「……ええと、それは冗談ですか?」

 リカルディは口調に何も感情を載せずに言う。

「いえ、その。マジです」

 ぺたるは潔く言う。

「はああぁぁ!?」

 リカルディは感情を露わにして声をあげた。

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