一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」2
【目を開けるとそこは、どこかの教会でした。 ─ 桜川ぺたる】
白い女神との対面をへて、瞑っていた目を開くとそこは教会……っぽい感じの建物の中だった。
百人くらいは座れそうな木製の長椅子が整然と並び、その前方に一段高くなったステージがあり、その背後にステンドグラスっぽい感じの宗教画っぽい絵があったのでそう思ったのだ。彼女に宗教的な知識はほぼない。
中学校の制服姿のぺたるはそのステージに、ステンドグラスと向き合うように現れ、そして尻もちをついた。
数十センチの高さの空間に出現した彼女は地面を掴みそこねたのだ。
おおおっ、というどよめき声に振り返ると、黒いローブのような、いかにも宗教家っぽい衣装の男女が数十名……実に九十人弱が彼女を見つめ、目を輝かせていた。中には涙ぐんで両手をあわせている者も見える。天井は高く、ドーム状になっているのがわかる。
「え、ちょ……え。なにこれ?」
まったく状況のわからないぺたるがオロオロしていると、ステージ上に立っていた、他の信者たちより明らかに格の高そうなローブを着た男性が一歩、彼女の方へ近づき胸に手を当てて何か言った。
それは声優のように低くよく通る声だったのだが、ぺたるには一言もわからない。うわー英語じゃんムリーとか思いつつ、
「あー、えっとハロー?」
とりあえず片手をあげて挨拶してみた。
それを聞き男性は納得したかのように小さく頷くと、ぺたるの首にペンダントをかけた。
「え、通じた? まじ?」
男は両手を組み合わせて何やら呪文のようなものを唱え始めた。
「やっぱ通じてないよね……」
男の呪文は次第に熱を帯びたものとなり、それに伴ってぺたるの首にかかったペンダントも温かくなってきた。
「……アクセプト トゥ セイントギア
その言葉がきっかけだったように、一瞬の耳鳴りと目眩のあとにぺたるの周囲が一変した。
……ように感じたのだが、周りを見回しても相変わらず教会のホールっぽい所だし、めっちゃ沢山の黒服信者さん達が妙に嬉しそうにこっち見てるし……しかし明らかに何かが決定的に違うのだ。
何が変わったんだろ、と視線を戻すと正面で呪文を唱えていた男性が明瞭な日本語で言った。
「これで、私の言葉が通じますかな? 勇者殿」
相変わらずのイケボと相手を安心させるためだけに表情筋を動かしたかのような笑顔。
「はにょえぇぇっ!?」
奇声をあげて飛び上がるぺたるに、男性は形の良い眉を軽く寄せた。
「言語翻訳がちゃんと働いていないか? それともまだ使用者とのシンクロがとれていないのか」
どうやら自分のリアクションが悪かったらしいと悟った彼女は、
「いえいえいえ! 大丈夫伝わってます」
言語翻訳って言ってたもんね。なんやかんやで言葉が伝わるようにしてくれたんだきっと。
魔法少女をやってただけあって、不思議パワーへの順応性は高いのである。
ぺたるが言ったのに反応して、ホールを埋める信者たちが一斉にどよめき、目を輝かせた。
ぺたるは気付いた。さっきまでと違い、どよめきがハッキリ言葉だとわかるのだ。よく聞いてみると一つ一つが日本語になっている。勇者とか希望、奇跡、外世界などの単語が聞き取れた。
自己紹介とかした方がいいのかな? ここがあの女神さまが言ってた新しい世界なんだろうし……などとぺたるが思っているとイケボおじさんが胸に右手を当てて深く頭を下げた。
「よくぞ我々グルコ正教の招きに応じていただきました。私は司教のゲオルギイと申します。 ……さあ、召喚の乙女よこちらへ」
後ろを振り返るゲオルギイの呼びかけで一人の女性が前に進み出た。
「恐れながら」
司教と同じポーズで頭を下げ、
「こたびの導き手に選ばれましたリカルディと申します」
金髪に淡いブルーの瞳、背はぺたるより高く、一五〇くらいか。落ち着いた雰囲気で大人じみて見えるが、自分とあまり変わらない年齢なんじゃないかとぺたるは見当をつけた。
外人は老けて見えるから、それも計算に入れて……などと考えていると、ゲオルギイが再び前に出て、
「まだご自分の置かれた状況がわからず、さぞ戸惑っていらっしゃるでしょう。ひとまず別室でお休み頂き、こちらから諸々ご説明させていただこうかと思います」
イケボで場をまとめるように言い、リカルディという名の少女が一歩前に出る。
「あー、そうですね。でもさっき白い女神様にちょっと聞いたんで何となくは」
ぺたるが言うと、ホールに衝撃が走った。
女神様……!
なんと、我らが主に……!?
真の勇者の証では……!?
信者達が口にする呟きのような小さな声が、数の多さゆえにざわめきとなってホールを満たす。
静粛にとゲオルギイがよく通る声で注意すると、長椅子に座った信者たちの中にも上下関係があるらしく、何人かが立ち上がって周囲に注意喚起している。
班長とかそんな感じかな、とぺたるが思っているとゲオルギイが声をひそめるように言った。
「勇者様、話が早くて大変助かるのですが……この場は下がっていただけませんか。信者に過剰な期待を与えるのも」
なかなかざわめきが収まらず、信者たちが興奮に包まれているのがわかる。
なんかまずいこと言ってしまったらしいと、ぺたるは素直に従う意志を伝えた。
「助かります」
リカルディがぺたるの手を取って、舞台袖へと歩を進める。
彼女に手を引かれながら、歩調に合わせてふわふわと揺れる金髪を後ろから見て、綺麗な子だな、などとぺたるはのんきに考えていた。
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