一章「ぺたる、異世界で再び魔法少女を(地道に)目指す。」1

 わたし桜川ぺたる、十四歳っ! 王立魔術学園の一年生っ!

「いちねん……せい……」

 冒頭のナレーションで自らの言葉にダメージを受け、机に突っ伏すぺたる。淡いモスグリーンのジャケットとプリーツスカートの上下、ここ王立魔術学園の制服姿である。

 彼女が額をぶつけているのは階段状に並んだ長机の一つである。すり鉢状になった部屋に中央の教壇から段々と高くなっていくように机が並ぶ。魔術学園の学科教室は全てこの造りになっている。

 つまりすり鉢の底に教壇があって、そこで授業をする教師を生徒たちが三六〇度周囲から見おろす事になるわけだが、そこはやはりなんと言っても魔術学園なので。

 黒板やホワイトボードのようなものはなく、マジカルな教師が空中にマジカルなペンで書いた文字や図形が教壇の上のマジカルなスクリーンに映し出され、それはどの角度からでもクッキリと読み取る事ができる。更に、教師の身振り手振りや『ここ重要!』という場面の口元や目元などがワイプ的に挿入される。

 ボヤッと聞いている生徒に鋭い視線が向けられたりする事もあり、教師によっては効果音やBGMさえも使ったりするので、まるで劇場のようである。

 ぺたるが初めて授業を受けたあと、何あれ何あれーすご過ぎじゃない!? などと興奮して近くの席の同級生に言ったため、コイツ魔道具がない程の田舎出身なのか……? と勘違いされた苦い思い出がある。つい最近の話だが。

 魔道具、というのはこの世界においての電化製品のようなもの……とぺたるは捉えている。生活を便利にする様々な道具であり、電化と違うのはそれが魔力という異世界ならではのパワーを動力にしている点である。

 壁の高い位置にある小窓から朝の光が入ってきているが教室全体を照らすには不充分な光量であり、天井に等間隔で照明の魔道具が設置されている。小鳥のさえずりが聞こえて来そうな爽やかな朝、はあぁぁぁとため息をつきながら机に突っ伏すぺたる。

 彼女が在籍する、この学園の一年生は十歳児のクラスなのだ。

「おーペタルー。見ろよこれさっき庭でゲットしたんだぜー」

 声に顔をあげると、手に紫色の蜘蛛をつかんだ男の子が満面の笑みで彼女を見ていた。

「ぎ……!」

 ぎゃあああと派手な悲鳴をあげるぺたるを見てゲラゲラと笑い転げる少年。蜘蛛をつかんでいる赤毛のわんぱくそうなのがアドル。その後ろでぺたるの悲鳴をマネしたりしてはやし立てている二人はイーズとウガンである。イーズは深いネイビーブルーの癖っ毛にメガネの線の細い少年、ウガンはクラスで一番背の高い、くすんだ金髪の男の子だ。三人ともぺたるのクラスメイトであり、地方領主の子供達である。

「きっっっっしょ! んなグロいもの見せんなって言ってんでしょ!」

 ホレホレと蜘蛛……に似た生物を見せつけてくるアドルにビシッと指をさして言ってやる。

「キッショグロイ? ペタルの言葉は時々わかんないよな。いったいどこの方言なんだよ」

 言語変換魔道具トランスレイトで翻訳されない言葉はこうして弾かれてそのまま伝わってしまう事がある。

「やーい田舎も〜ん、イモ娘〜」

 はぁ!? あんたらも地方から何ヶ月もかけて王都に出て来たくせにー! そもそもイモ娘って何よ!? 意訳がダサいんだけど!?

「気色悪い、ってことよ! よく触れるわねそんなもん」

 ウニャウニャと蠢く八本の長い脚を視界から外して言うぺたる。見た目は蜘蛛にそっくりだが、体色が鮮やかな紫で背中には黒い奇妙な模様が入っている。

「はあ? アラヒニが気色悪いって、そんなんで魔術師になれんのかよ」

 アドルの言葉に、そうだそうだとイーズとウガンも声をあげる。

 確かに、アラヒニという派手なカラーの蜘蛛は体内に魔力が普通の生物よりも多く存在する『魔虫』の一種だ。羽を持って飛ぶわけでもないし噛み付いたり刺したりという攻撃性もないため捕獲が容易であり、魔道具を作る材料として手軽なため授業でよく使われる。魔術師としては初歩の初歩、の材料である。

 ほんとペタルは変わってるよなー、とか言いながら去っていく三人。

「ほんっとーにガキなんだから……」

 自分より四つも年下の級友たちの後ろ姿を見ながら言う。

 やがて涼やかな、ガラスか氷でできているベルを鳴らしたかのようなチャイムが鳴った。一限目の始まる時間だ。気持ちを入れ替えて自分の鞄から教科書、つまり初級魔術についての書物を取り出す。ぺたるの元いた世界のように真っ白なものではなく少し茶色がかった、ザラザラした紙でできている。ノートはなく、綴じられていないザラザラした紙にペンで書きこむ。ちなみにぺたるは日本語でそれを書いているのだが、この世界の人が見るとこちらの世界の言語として読めるのである。

「◯ーグルもまっさおの翻訳機能よね……」

 自分の首にかかった言語変換魔道具を触る。少し大きめのネックレスにしか見えないそれは、一般には知られていない、教会の『聖魔導具セイントギア』である。

 教室内や外の廊下に散らばって騒いでいた級友たちが席に着く。みな十歳のこどもらしく、特に男子はいつまでも他の子を小突いたり物を投げたりとイタズラが続く。

「はあ……早く実年齢に追いつきたい」

 ぺたるはため息をつき、この世界に召喚されてからの事を回想する。

 ほわわわわーん……いや、擬音はいらないか。




 

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