Ⅺ
鉄仮面の男が姿を消してから、半年が経った。
聖都の民は正体不明の暴漢に怯え、聖堂衛兵隊が大幅に増員されるなど、物々しい雰囲気が漂っていたが、しばらくするとそれも落ち着き、人々は元の生活に戻っていった。
「——必要なのは全員分の清潔な服と、あとは食料か……」
手元の覚え書きに目を落としたまま、リアムは素早く必要な額を計算すると、執務室の金庫から金貨の入った袋を取り出す。リアムはその袋を、部屋の戸口で待っていたサーラに手渡した。
「これで足りるはずだ。もし足りなければ、遠慮なく言ってくれよ?」
「こんなにたくさん……ありがとうございます」
渡された袋の重みに驚きながら、サーラは丁寧に礼を述べる。
「少しでも子供たちの助けになるといいな」
「なっていますよ。この半年間、あなたのお陰で孤児たちはまともな生活が出来ているのですから」
サーラが笑顔をみせる。笑ったときに僅かに覗く白い歯が、褐色の肌に映えて眩しい。
「ランヴィッツ様のご厚意に、なにかお礼が出来ればと思っているのですが……」
半年前のリアムならば、躊躇なく『服を脱げ』と言っただろう。しかし今のリアムの心には、そんなあさましい思いはなかった。
「ふふ。昔のあなたなら、ここで下品な要求をしたんでしょうね」
サーラがからかうように笑う。
「あー。思い出させないでくれよ。恥ずかしい……」
リアムが顔を真っ赤にするのを見て、サーラはまた笑った。リアムも、それにつられて笑った。どちらともなく笑いが止んだところで、サーラが会話を仕切り直す。
「それで、お礼はなにをすればいいですか? 助けられてばかりでは、私も申し訳なくて」
リアムは少し躊躇った後、消え入りそうな声で答えた。
「そのうち、名前で呼んでもらえたら嬉しいかな……」
サーラが目を丸くする。言葉の意味を咀嚼するような長い沈黙の後、修道女は微笑んだ。
「わかりました……リアム。また近いうちに会いましょう」
その頬が赤く染まっているのにリアムが気付いたのは、サーラが部屋を去ってからだった。
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