俺には芸術的センスがありませんでした

「よっしゃあ! 完成したぞ、ポスター!」


 ポスターを作り始めて三時間ほど、学生たちもチラホラと帰り始めた頃合いに俺はそう両手を挙げて叫んだ。


「あっ、ようやく出来たんですね」

「すまんな。ちょっと時間かかってしまった」


 マリアの方はもっと前に出来上がっていて、かなり待たせてしまったので俺はそう頭を下げる。

 しかしマリアは問題ないと頭を横に振ってにっこりと笑った。


「いえいえ、大丈夫です。でもルイさんならとても素晴らしいポスターを作ってくれたんでしょうね」


 純粋な表情で微笑みつつ、両手を合わせてマリアは言った。

 それに俺は思わず突っ込む。


「……あれぇ!? メチャクチャハードル上げてきてない!? てか、無垢な笑顔で言う台詞じゃないよね!?」


 しかしマリアは不思議そうに首を傾げるだけだ。

 何故か俺のツッコミが通用していないみたいだけど、もしかして天然か今の?

 急に気まずくなった空気を変えるようにマリアは話を戻す。


「ええと、ともかく早速ポスターを見せ合いますか」

「あ、ああ。でもちょっと、先に俺のでいいか?」

「いや駄目ですよ。ルイさんの作品は後に見たいです」


 断言された……。

 決まってるって何だよ、そんなハードル上げないでくれよ。

 しかし困惑する俺を無視して、マリアは自分のポスターを机の上に広げた。


 かなり女の子らしいポスターだった。

 パステルカラーで彩色されていて、字体もかなりポップになっている。


『皆様のお悩みをマリアが解決します! ぜひ部室棟まで足を運んでみてください!』


 そんな感じの文面が書かれている。

 しかもウサギさんやらネコさんやらの可愛らしいイラストまでついてきていた。

 よくあんな短時間でここまで手を込められたなと思うほどの出来映えだ。


「この後に出すのか……」

「ええ、凄く楽しみですね」


 だからぁ!

 無垢な表情でハードルを上げないでくれ!


 ……やっぱり天然でやってる?

 いやいやまさかと思ったが、マリアの表情が冗談なのかガチなのかいまいち分かりづらいんだよなぁ……。


「と、ともかく俺のポスターはこんな感じになったな」


 そう言って出したのは俺の渾身のポスターだった。

 もちろん時間を掛けただけに自信はある。

 しかしあそこまで上がったハードルを越えられるかは微妙なところだが。


 そう思っていたが、マリアは俺のポスターを見て——。


「あっ、ああ、なるほど。うん、悪くないと思います……」


 絶対駄目だったやつだ!

 くそっ、俺には戦闘能力も芸術的センスもないのかよ!

 何もいいところがないじゃんかよ、俺!

 こういうのは案外絵が上手くて、きゃあ素敵ってなるパターンじゃないのかよ!


「やっぱり駄目だったか……」

「い、いえ! 個性あっていいと思いますよ!」


 必死な感じでマリアがフォローしてくれるが、それって褒めるところがないときに言う台詞じゃんか。


 ま、まあ?

 俺は別に画家になって食っていくつもりじゃないし?

 そんな落ち込んでないし?


 そう自分に言い訳していると、真剣な表情でマリアが見つめてきて言った。


「ルイさん」

「……はい、何でしょう」

「ルイさんは別に絵が描けなくても、芸術的センスがなくても、素敵な人なので自信を持っていいと思いますよ」


 流石は聖女様。

 しっかりとフォローしてくれる。

 凄く綺麗な笑顔でそう言われると悪い気はしない。


「そ、そうか。素敵な人か。へへっ、やっぱりマリアにはバレちゃってたかぁ」

「ただちょっとよく分からない時がありますけど」


 辛辣ぅ!

 でもキモいって言われなかっただけマシか……?


「え、ええと。それでは私のポスターを貼る感じで大丈夫ですか?」

「まあマリアの方が出来がいいのは事実だし、問題ないぞ」


 俺が頷くと、マリアはニコニコと嬉しそうにポスターを抱えた。

 何か子供っぽくて可愛らしい。


 そして俺たちはそのポスターを持って職員室に行き、魔道具で二十枚ほどコピーして貰うのだった。



+++



 ポスターを学園中に貼り付けて次の日、早速部室に訪問者が現れた。


「こんにちは、お邪魔します」


 現れたのはレイラ。

 最初に来て貰えるよう俺が頼んでおいたのだ。


 孤児院の手伝いが終わった直後にヤバめのやつが来ると、ギャップが凄そうだからな。

 いったんまともな人に頼もうと思ってレイラに声を掛けたのだ。

 最近悩みがあると言ってたし、頼むにはタイミング的にもちょうど良かった。


 レイラのことだから俺の前でいきなり本質的な悩み相談はしないだろうし、一体どんな悩みなんだろうな?


「あっ、いらっしゃいませ。お悩み相談ですか?」

「はい。お願いします」


 マリアの問いにレイラは淑女然として表情で頭を下げた。

 マリアにはまだ自分が俺の妹だと明かすつもりはないらしい。


「それではこちらにお座りください」


 そしてマリアの向かいに座ったレイラは早速悩み事を話し始めるのだが——。


「ええと、悩みと言っても最近の兄についての悩みなんですが……」


 …………んん??

 兄? 兄って俺のことだよな?

 実は別に本物の兄がいましたとか、腹違いの兄がいましたとかそう言ったことはない……はずだよな?


 思わず困惑の表情で首を傾げている俺を無視して、レイラはほの暗い笑みを浮かべたまま悩みを打ち明け始めるのだった。

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