子供たちとのお別れの時間です

「お兄……またドンドンとヘイト溜めてるみたいだけど、大丈夫なの?」


 久しぶりに昼休みに生徒会室に行くと、いつも通りレイラがモソモソとお弁当を食べていた。

 俺が生徒会室に入ると同時に、彼女は呆れたような表情でそう言う。


 確かに毎日のようにマリアを放課後に孤児院まで連れ出しているから、ヘイトが溜まっているのは事実だ。

 最近はずっと昼にイリーナと弁当を食べ、放課後にマリアと孤児院に行く生活をしている。

 そのせいで、俺の評判は『いつも頼み事を聞いてくれる便利なマリアを独占してるウザい奴』になっている。

 この間のイリーナの件も含めて、ドンドンと右肩下がりだ。


 イリーナにはちゃんと話して理解して貰っているけど、後でしっかりフォローしておいた方がいいだろうな。


 しかし……レイラは俺を心配するだけ無駄だと思っているみたいだ。

 その言葉も形式上のもので、本心では大丈夫だと思っているのだろう。

 それを信頼と取るか呆れられたと取るかは悩みどころである。


 しかし心配する必要がないのは事実なので、信頼だと思っておこう。

 そっちの方が精神衛生上よろしいからな。


「フッ、妹よ。この逆境の状況の方が男は燃えるってもんなんだよ」

「……うん、やっぱり心配して損した気分」


 俺がキザったらしく言うと、レイラは呆れたように首を振った。

 そんな彼女にヘラヘラと笑いながら俺は言った。


「またまたぁ、別に大して心配なんかしてないくせに〜」

「バレちゃったか。もうお兄が人の目を気にしてないことは分かってたしね」


 レイラはおちゃらけたようにてへっと舌を出す。

 俺はいつも通りレイラの向かいに座ると、真剣な表情をする。

 それを見たレイラも同じく真剣な表情になった。


「なあ、レイラ……またお願いがある」

「まあそうだよね。それで、どうしたの?」


 流石は我が妹、俺が相談のためにここに来たことは理解しているみたいだ。

 だから俺は単刀直入にお願いをしてみることにした。


「ああ、そうだな。単刀直入に言わせて貰うけど……レイラもシスター服を着てみないか?」

「は?」


 俺がを口にすると、部屋の温度が一気に下がった気がした。

 レイラの冷たい視線が俺に突き刺さってくる。


「とりあえず理由を尋ねます。これでくだらない理由だったら学園から出て行って貰うことになりますが」


 あ、これはマジなやつだ。

 あの目はマジで追放する気の目をしてる。


「……すいません。最近マリアのシスター服を見ていて、レイラも着たら似合うかなと思っただけです」


 レイラの胸は大きいわけでも小さいわけでもない。

 顔立ちも凜としていて、どちらかと言えばかっこいい系だ。

 しかしだからこそ、シスター服を着ればギャップが出るのではないかと思ったのだ。

 なんかほら、シスター服を身に纏ったレイラに蔑みの目で見られたら、新しい世界が開けそうだろ?


 しばらくレイラは俺のことを冷たい目で見てきていたが、ふっと息をついて緊張を解いた。

 おっ、助かったか……?


「退学までは許してあげるけど、お兄が変態だってことを全生徒に広めておくから」

「ああ、それくらいなら別に構わんぞ。今更だし」


 レイラの言葉に俺がなんてことないように言うと、彼女はハッと気がついたように身を引いた。


「そ、そうだった……。この人、人の目を気にしない人だった……」

「ふふふっ、そんな攻撃は俺には一切通用しないんだな」

「くっ、やっぱり退学にするしか……」

「あっ、ちょい! それは勘弁! まだやり残したしたことが!」


 俺が慌てて言うと、レイラは疲れたようにため息をつく。

 すまんね、こんな兄で。


「はあ……それで? 本当の頼み事ってなに?」

「ああ、本当の頼み事ね。まあ、今回はそんな難しいことじゃないんだけど——」


 そして俺は一つ、レイラにお願い事をして生徒会室を出た。

 うん、ちゃんと了承して貰えて助かったよ。

 これでマリア救済作戦が一歩進んだも同然だからな。


 だがレイラにはお世話になってばかりだし、彼女にもちゃんとお礼をしておかないといけないな。



+++



 そして孤児院に通い始めて二週間が経った。

 かなり子供たちとも仲良くなれたし、特にマリアは懐かれて結構感情移入しているみたいだ。


 ……結局俺への扱いは二週間経って変わらなかったが。


「お姉ちゃん、もう来ないの?」

「お願い、まだいっぱい来てよ」

「いなくなっちゃやだ」


 俺は事前にルインに手伝うのは二週間だけと伝えていた。

 だから今日で孤児院の手伝いは終わりとなる。

 しかしそれを知った子供たちはマリアに抱きつきながら泣いていた。


「……ルイさん。本当にもう孤児院の手伝いはしないんですか?」


 縋るようにマリアはこちらを見て言った。

 彼女としてもまだ孤児院で手伝いをしていたいのだろう。


 だが俺は首を横に振った。


「これ以上、毎日外出許可証を取るのも難しいしな。今までは学園長に無理を言ってたけど、これ以上は厳しいと思うぞ」


 それもあるが、マリアのためにも子供たちのためにも、ここに通い続けるのは良くない。

 今はまだ、彼女がここに戻ってくるのを許可しない方がいいと思っている。

 いつかまた戻ってくる日が来るとは思うが、少なくともそれはマリアの問題が解決してからだ。


 俺の言葉を聞いたマリアは悲しそうに目を伏せた。

 子供たちも俺を睨みつけながら罵倒してくる。


「悪魔!」

「鬼!」

「不味いお肉!」


 最後変なのが混じっていたが、ともかく今回ばかりは俺だって別に悪役を引き受けたい訳じゃなかった。

 子供たちには散々下に見られていたが、それでも楽しそうに話してくれるし、俺だって出来ればずっといたいと思う。


 しかしそれでは駄目なのだ。


 これ以上マリアとここに通い続けたら、彼女は今度は子供たちに依存し始めるだろう。

 子供たちに頼られて、子供たちのために尽くし始める。


 子供たちは今はまだマリアを頼るが、これが大人になって自立したら?

 この世界の成人は一五歳だから、後五年で大人になる。

 そしたら彼女は子供たちから頼られなくなっていき、今度こそマリアは壊れてしまうかもしれない。

 もし子供たちがマリアを頼り続けるとしても、それはそれで問題だしな。


 マリアには『尽くさなくても変わらない無償の愛』があるってことを知って貰う必要がある。

 そのためには子供たちと時間をおいて、それでも彼女を慕ってくれることを実感する必要があるのだ。


 それに加え、もうレイラにをして動き始めて貰っている。

 そっちの方も一緒にやらなきゃいけないし、そうなったら放課後にここに来ることは当分出来ないだろう。


 しばらくマリアは縋るようにこちらを見てきていたが、俺が首を縦に振らないことを理解すると諦めたように呟いた。


「そうですよね……。分かっています、これ以上ここにいるのもあまり良くないんだろうなって」


 どうやらマリアは少しずつ自分のことを理解し始めているみたいだった。

 この孤児院に通い続けることが自分にとって良くないことなんじゃないか、という感覚を肌感で感じ取っているらしい。


「まあそういうことだ。それじゃあ……元気でやれよ、みんな」

「ありがとうございました、ルイさんマリアさん。おかげでとても賑やかな時間を過ごせました」


 俺たちが立ち去ろうとすると、ルインがそう言って頭を下げた。

 それを聞いていた子供たちはもう引き留められないことを理解したのか、グズグズと泣きながらマリアから離れる。


「それじゃあ、またね兄ちゃんお姉ちゃん」

「ばいばい」

「また会おうね」


 子供たちは口々にそう言った。

 あの無口の坊主の子供は何も言わなかったが、目を合わせると悲しそうに笑ってきた。

 もう嘲笑はしないらしい。

 俺はそんな子供たちに背中を向けると、こう告げるのだった。


「フッ……男ってもんは背中で語るもんだ。だからこれ以上は何も言わないぜ」


 かっこよく決まったな……。

 これでマリアも俺のかっこよさに酔いしれるはず——。


「ルイさん。最後の最後になんかダサかったですね」


 グサッ!

 夕暮れのスラム街を歩きながらマリアにそう言われ、俺は思わず胸を押さえるのだった。

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