聖女に孤児院は鉄板だと思います!
「ええと、これはどこに向かっているのでしょうか……?」
教室の前で待ち伏せした後。
俺はマリアを学園から連れ出して街を歩いていた。
もちろん事前に二人分の許可証を貰っている。
普通は他人の許可証を貰うことはできないのだが、学園長パワーでなんとかしてもらった。
こんなことに学園長の力を使うんじゃあありませんと言われたので、ちゃんと謝っておいたが。
「まあまあ、それは着いてからのお楽しみということで」
俺は適当にはぐらかすとそのまま街の外れまで歩き続ける。
ドンドンと薄暗くなっていき、きな臭い空気が辺りに漂ってきて、マリアは不安そうだ。
別にマリアに行き先を伝えてもいいんだが、それでは面白くないからな。
ぐへへ、やっぱり不安そうに辺りを見渡している少女はなんか尊いぜ……。
とまあ、そんなクソみたいな思考は置いておいて、現在俺たちが向かっているのは孤児院だ。
しかもスラムにある、こじんまりとした孤児院だな。
何故そんなところに行こうとしているのかと言うと、彼女にそこで奉仕活動をして貰おうと思っているからだ。
やっぱり純粋な信頼関係が芽生えて、お返しされている実感を得るためには子供と接するのが一番だと思う。
大人になればなるほど損得勘定をし、自分ができるだけ損をしないように徳をするって考えになる。
それが一様に悪いことだとは思わないが、少なくともマリアを悩ませるきっかけになってしまう。
だからまだ心が汚れていない、純粋に感謝と信頼を授けてくれる子供たちの相手をするのが一番だと考えたわけだ。
……別にマリアが子供たちと戯れているのを見て尊みを摂取しようとか思ってないからね。
本当だよ?
そして俺たちはドンドンと奥まったところまで来た。
周りにはボロボロの家屋が所狭しと建ち並び、その前で談笑してる男たちがチラホラいる。
彼らは俺たちの方を見て訝しげにするが、すぐに興味なさそうに談笑に戻った。
「スラムまで来ちゃいましたが……始めてくるので少し不安です」
「大丈夫だって、へーきへーき。別にここの人もそこまで悪い人たちじゃないさ」
ゲーム時代、アレンがスラムに来ることがあったが、その時も別に悪い人は出てこなかった。
と言うより、個人的には学園にいる生徒たちの方がよっぽどタチが悪い。
生徒たちは頭がいい人が多いのもあり、自然と実力主義になり、無自覚に他人を下に見て差別する。
それに対して、スラムの人たちは好き嫌いだけで動いているので、よっぽど分かりやすいし好感が持てる。
ただ嫌われたら終わりだがな。
鼻につく人間は間違いなく彼らに嫌われるので、今は制服ではなく私服で出てきている。
しかしここで変にスラムに寄せた格好するのも良くないので、普通の街の人みたいな格好だ。
だからこそ、スライムの人たちは俺たちのことを見てもいきなり突っかかってこないのだ。
「……まあ、そうですよね。スラムの人だからって偏見を持って接するのも良くないですよね」
マリアは俺の言葉に頷くとそう言った。
流石は聖女様。
ちゃんと他人を見て判断しようとしている。
彼女の場合はもともと村娘だったってことも関係してそうだけどね。
これがもともと貴族とかだったら、間違いなく差別意識を持っていただろうし。
「と言うわけで、着いたぞ。ここが目的地だ」
「……教会、ですか? いえ……孤児院にも見えます」
そこにはボロボロで穴だらけの教会が建っていた。
その隣に長屋みたいな建物が併設されている。
「正解。ここはスラムの孤児院兼教会です」
「なるほど……ここで手伝いをすればいいんですね?」
「ご明察。理解が早くて助かるぜ」
流石はマリア。
奉仕活動の匂いには敏感だ。
すでにやる気スイッチが入ってそうな彼女を連れて、俺たちは中に入った。
「お邪魔しま〜す!」
そう言って俺たちは教会の中に入る。
するとパタパタと奥からシスターさんが出てくる。
「はいは〜い。どなたですか〜?」
スラムのシスターさんはマリアと違い、貧相な胸をしていた。
金髪を肩辺りで切り揃え、どこか弱々しそうな感じを湛えている。
思わず守ってあげたくなるような感じだな。
「あっ、手伝いに来ました、なんでもないモブ少年1となんでもないモブシスター2です!」
シスターさんに俺はすかさず挨拶をする。
挨拶は大事、古事記にも書いてある。
「も、モブ……? 何を言っているのか分からないのですが……」
困惑しているシスターさんに俺は懇切丁寧に説明してあげる。
「まあ要するに、大したことない、これと言って特技もない、普通の人間って意味です」
俺はどう考えてもモブだが、マリアをモブというには少々その肩書きがデカすぎる。
しかしここは敢えてモブだと言った。
マリアが聖女様だと分かれば、どうしてもここの人と距離が出てしまう。
そうなると彼女に対して遠慮が生まれて、素直な感情で接してくれなくなると思うのだ。
「な、なるほど。それで手伝いというのは……」
「このモブシスター2……マリアはかなりの子供好きでして、子供を愛でたいと考えているのです」
別に俺はマリアが子供好きかどうかは知らん。
でも変に慈愛の心で助けに来ましたって方が胡散臭いからな。
こう言った方が絶対に信頼を勝ち取りやすいと考えたわけだ。
そしてその思惑は当たったらしく——。
「それは素晴らしいですね! それでは、ぜひお手伝いをお願いしたいと思います!」
スラムのシスターさんはニッコリと笑って言った。
良かった、受け入れてもらえたみたいだ。
チラリとマリアの方を見ると何か言いたげにしていたが、とりあえず無視だ。
「とと——それでは私の自己紹介をしますね。このスラム街でシスターをしています、ルインと言います」
「あ、ご丁寧にどうも。俺はルイで、こっちのシスターがマリアだ」
もちろん、俺が貴族だとも言わない。
そもそも学園でも苗字は名乗っておらず、平民で通しているからな。
これはレイラに配慮して、苗字を名乗っていなかったりする。
「それではよろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそ。頑張って手伝わせてもらうよ」
俺とルインと名乗ったシスターはそう言い合って手を握り合うのだった。
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