イリーナに許可をもらいたい男
マリアを蝕む問題は極めて内面的な問題だ。
彼女の自己犠牲的な精神を利用しようとしてくる奴らも悪いが、彼女自身がそれを断らず、利用されることを受け入れてしまっているのも問題なのだ。
だからこそ、彼女の問題を解決するのは少し難しい。
父親との確執を解消したり、利用しようとしてくる奴らに辞めるように言うのはできるが、結局根本的な解決を目指すのであれば、彼女自身の心持ちが凄く重要になってくる。
無理やり自己犠牲は良くないですよと言い聞かせても絶対に理解できないだろうし、そうやって頭ごなしに言い聞かせると余計に拗れることになりかねない。
まあそもそも、俺は自己犠牲全般を否定するわけではない。
他人のために何かをして、認めてもらうというのも、等価交換になりえるからだ。
つまり『他人のためにやったこと=他人から貰ったもの』になれば病むことはない。
しかしマリアの場合、他人のためにやってることの対価が異常に少ないのと、他人のためにやっていることの量が異常な状態になっている。
そこら辺のバランスが崩れているから追い詰められていくわけで、重要なのは『やるべき案件』と『やらない方がいい案件』の区別をし、断る勇気を持つ、ということだと思う。
そして区別できるようになるには、ちゃんとした自己犠牲、つまりお金でも友情でもなんでもいいが相応の対価がもらえて、信頼関係が築けるような案件を繰り返し受け続けることが重要になる。
そうすれば、自然とこの案件は自分にとって不利益にしかならないということが分かっていき、断ることができるようになっていくと思うわけだ。
——というのが俺のゲーム時代の知識を参照して考えたマリアの解決案だった。
まあ要するに、俺がやることは、マリアに質のいい相談や手伝いなどの案件を斡旋し続けて、成功体験を積んでもらうということになるな。
「——というわけなんだが、ええと、イリーナさん的には大丈夫でしょうか?」
俺は一通りの説明をイリーナにして、そう尋ねた。
その言葉に彼女は一つため息をつき、悩ましげに前髪をかき上げた。
「はあ……付き合ったばかりなのに、そんなすぐに他の女の子にうつつを抜かすのね」
「す、すいません……」
「まあ、いいわ。聖女様も悩んでいて、ルイはそれを救いたいと思っているわけよね?」
イリーナの問いに俺は頷く。
「そうだな。悩んでいる
「……それで悩んでいる子を放置して、私ばっかり構っているのも、なんか違うって思うし。ルイのやりたいようにやるといいわ。もちろん、それで聖女様がルイに惚れて、付き合うってことになっても、私は止めないわ」
突然の爆弾発言に俺はピシッと固まる。
「い、いやぁ……惚れられるってことはないと思うけどなぁ……」
「絶対に惚れるわよ。私が保証してあげる。そもそもそれで私はルイのことがす、好きになったんだからね」
そ、そうか……。
まあ今はそのことは考えないようにしよう。
うん、難しいことは後回しだ。
「てか、止めないのか?」
「この国では一夫多妻制は認められているからね。一部禁止してる国もあるけど、この国はそこら辺は緩いのよ」
確かにゲームでも複数人と結婚することができた。
ハーレムもののゲームにありがちな都合のいい一夫多妻制制度だな。
そしてそのゲームを元にこの世界は作られているのだから、そうなっていても当然か。
「ま、まあ、それはそのときになってから考えよう……」
「すぐにその時はやってきそうだけどね。ルイは素敵な人なんだから」
イリーナはどこか確信したような表情でそう言い切った。
俺はこの時、その予言が現実になるとは全く思ってもいないのだった。
+++
そんなわけで、イリーナから正式に許可をもらったので、再びマリアに接触することにした。
俺たちのクラスが一年C組。マリアのクラスが確か一年A組だったはずだ。
ちなみに、ファンタジー学園ものにありがちな、クラス別の序列はなく、逆に均等に割り振られるように優秀者たちは分散されている。
そして俺は終礼直後、A組の教室の前で、ソワソワと待っていた。
出てくるA組の人たちは俺を見て、ヒソヒソと陰口を叩きながら去っていく。
『なにあの人。なんでA組の前にいるの?』
『どうせまた馬鹿にする相手を見つけたのでしょう』
『……ああ、なるほど。マリア様かな?』
『それはあり得るわね。彼女は頼めばなんでもやってくれるし、都合のいい人だからね』
そんな会話が微かに聞こえてくる。
俺のことを好き勝手言うのはいいが、マリアのことを都合のいい人なんて言われるのは少し腹立つ。
でもここで言い返したりしたら、絶対に拗れるからな。
俺はグッと堪えて、ただひたすらにマリアが出てくるのを待つ。
するとようやくマリアが出てきたので俺はこう声をかけるのだった。
「やあやあ、ちょっくら付き合ってくれないか?」
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