聖女様に看病してもらいました
目が覚めると美少女が覗き込んできていた。
サラサラの金髪、蒼色の瞳、穏やかそうな表情。
少し視線を下にすると豊満なアレがブラリと垂れ下がっている。
ちなみにシスター服の襟の隙間から微かに谷間が見えていた。
「あっ、目が覚めました?」
透き通るような声で彼女——マリア・サンタアリアが聞いてきた。
彼女は本作の二人目のヒロイン。
聖女であり、これまた深い悩みを抱えていて、邪神に闇落ちさせられたところをアレンに救われる少女だ。
俺は後々彼女も救うことを決めていた。
この世界のアレンは役に立たなそうだからな。
何故だかは知らんが。
あんまり目立っていない印象がある。
ともかく、彼では完全には救えないし、俺がなんとかする必要があると思っていた。
しかしこれは後々やるつもりでいたのだ。
まだ彼女に邪神が接近してくるまで時間があるし、そもそも今の状況でマリアを救おうとすれば、再び俺の悪評が広まってしまう可能性が高い。
彼女を救うには、また俺が嫌われ役を担う必要があるからだ。
というわけで、俺の印象がある程度変わってからにしようと思っていたのだが、こうして接触してしまったのは何かの運命なのか。
分からんが、とりあえず様子を見つつ、タイミングを見計らう必要はありそうだった。
「ああ、おかげさまで快適な起床だよ」
「それなら良かったです」
「しかしだなぁ……ここはどこだ? なんか、女子寮の一室にしか見えないんだけど……」
そう。
俺が今いるのは保健室ではない。
前にイリーナの部屋に侵入したときに見た光景とほぼ同じ、女子寮の一室みたいな場所だった。
しかしイリーナの部屋と違い、殺風景で物が少ない。
前世だったらミニマリストと呼ばれてもおかしくはないような部屋だ。
だというのに、女の子らしい、いい匂いがする。
しかも寝ているベッドからは特に仄かな少女の香りが漂っていた。
「ええと、本当は保健室に運ぼうと思ったんですけど、かなり辛そうだったので、私の部屋にしました」
「なんで君の部屋なんだ……」
「それは私が聖女で、この部屋の方が保健室よりも聖属性の魔道具が多いからですよ。治癒魔法を使うならこの部屋の方がよっぽどやりやすいのです。まあ……何故か治癒魔法はあまり効きませんでしたけど」
そりゃそうだ。
俺の頭痛は精神汚染みたいなものだからな。
しかし逆に、聖属性の魔道具が多いってことは、俺の中の『光因子』にも影響を与えていそうなので、それで頭痛がスッキリと治ったのだと思われる。
つまりマリアが俺をこの部屋に運び込んだのは、結果的に正解だったというわけだな。
「なるほど。そりゃあ助かった」
そう言って俺は起きあがろうとするが、何故かマリアに抑えられた。
「まだ寝ていた方がいいですよ。かなり弱っていたみたいですから。何か食べやすいものでも作りましょうか」
「むっ……しかしだな、こうして美少女の部屋に居座るのは外聞的に良くないというか」
流石にイリーナと付き合ったばかりだし、こんなことをしていれば俺の悪評が余計に増えかねん。
だから今は早めに退散したいところなのだが……。
「ふふっ、もしかしてルイさんは自分の悪評を気にしているのですか?」
「……はて、悪評ね。俺は別に気にしたことなかったが」
思わず強がってそう言ってしまった。
別に気にしてないのは本当だが、イリーナのためにも悪評は取り除かなければならないってだけだ。
それに、あれだけのことをして、今更気にしてますってのもなんかダサいからな。
しかしマリアは俺の目の奥をジッと見透かすように見めてきた。
その視線に耐えきれなくなって、俺は目を逸らしながらため息をついて言った。
「はあ……はいはい。少しは気にしてますよ。そういうことにしましょう」
「素直で宜しいです。神は素直な人に祝福をくれるものですからね」
「しかし、俺のことをよく知ってたな。あんまり有名人ではないと思っていたんだが」
「それは自分を過小評価しすぎですよ。ルイさんはとても目立っていますから」
まあ目立っているって言っても、良い意味ではなく、悪い意味でなんだろうけど。
しかし聖女様にまで伝わっているとは、なかなか知名度だけは一丁前みたいだ。
彼女は俺が素直にベッドで再び横になったことを確認すると、寮の部屋の簡易キッチンに立ちながら言った。
「ともかく、何か食べたいものありますか? 大抵のものだったら作れますよ」
び、美少女の手料理……。
理想のシチュエーションだが、こう喜びきれないのはなんでなんだろうな?
頭の片隅でずっと銀髪美少女がチラついてしまう。
「う〜ん、食べたいものか……。じゃあおかゆでも貰おうかな」
しかし俺は図々しくそう言った。
流石にこのイベントでおかゆ以外の何を食べればいいのか。
俺の言葉にマリアは頷くとガサゴソとおかゆを作り始めた。
この世界はもともとゲームというのもあって、ファンタジーでありながらも食文化は日本に近い。
食文化だけではなく、大抵の文化が日本文化に則っていた。
「それじゃあおかゆを作りますね。——ああ、そうだ。私の自己紹介がまだでしたが、必要ありますか?」
思い出したようにマリアは言うが、俺は首を横に振る。
「いいや、必要ないな。マリア・サンタアリア。聖女であり、今年入学した俺の同級生だろ」
「ふふっ、流石にご存知でしたか」
それからしばらく無言の時間が続き、マリアは黙っておかゆを作り続けていた。
しかし俺はふと気になって、沈黙を破るようにマリアに尋ねた。
「そういえば、マリアは最近、変な夢とか見てないか?」
俺が聞くと、彼女は少し驚いたような目で振り返ってこちらを見た。
「よく分かりましたね。少し悪い夢を見ることが多くなった気がします」
……マジかぁ。
この部屋は聖属性の魔道具で溢れているから、邪神も接触しにくいはず。
それでも悪い夢を見がちってことは、かなり彼女の中の『闇因子』が増えてきている可能性がある。
本来ならもっと遅いタイミングで接触してくるはずだが、俺がイリーナを救ったことで色々と変わっているみたいだな。
予定を早めるべきか……。
しかしそうすると俺の悪評を取り除くタイミングを失うことになる。
イリーナがそれで納得してくれればいいけど、どうなることやら。
俺自身は悪評とか、世間からの視線なんてものは気にしてないからいいんだけどな。
マリアの悩みは彼女の両親にも関わってくるものだから、時間がかかるし早めに手を打ちたいところ。
どうするか考えている間に、マリアのおかゆが完成したみたいで、皿を手にベッド脇に戻ってきた。
俺は体を起こし、その皿を受け取ろうとするが、マリアは首を横に振って言った。
「いえ、ルイさんはジッとしていてください。私が食べさせます」
「いや、でもなぁ…………はあ、分かった。それじゃあ、お願いするよ」
俺が何を言っても、結局マリアは決して看病にも手を抜かないだろう。
そのことは良く知っているから、俺は諦めて食べさせてもらうことにした。
彼女は『自己犠牲的に他人に尽くす』傾向がある。
俺もその毛があるのは事実だが、彼女の場合は他人との境界線が曖昧で、なんでもかんでも了承してしまうのだ。
おそらく他人に対する共感能力が高いのと、両親、特に父親から自分を蔑ろにされてきた経験からそのようになってしまったのだろう。
しかも父親はマリアのことを蔑ろにしていたのに、聖女だと分かった途端、手のひらを返した。
それによって、彼女の存在価値が聖女であるということ、もっと言うなら他人に尽くすことだと思っている節がある。
その過剰な他人奉仕のせいで、彼女はとても苦しんでいるのだ。
しかも自覚なく。
この自覚がないと言うのも、また問題なわけで、彼女を救うのも大変そうなんだよな。
まあ絶対に成し遂げてみせるが。
「それでは……ふう、ふう。はい、どうぞ、あ〜ん」
マリアは熱々のおかゆをスプーンですくって息をかけて冷ました後、俺の口元に近づけてきた。
う〜ん、なんという背徳感。
それから俺は、心にモヤモヤしたものを抱えながらも、マリアに看病して貰い続けるのだった。
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