スマートにデートに誘いたい男

 さて、一旦はイリーナの問題を解決したが、根本的に俺の悪評を取り除かないと、またドンドンと『闇因子』が溜まっていく可能性がある。


 しかし今回はイリーナの時のように根も葉もない噂ではなく、実際に行動として起こしてしまっている。

 これを覆すのは容易ではなく、少しずつ変えていくしかない。

 そのためには俺は密かに、しかしある程度はバレる形で善い行いをし、同時にちょっとずつあのとき実はイリーナのためにやっていたのではないか、という噂を流すのが着実だろう。


 というわけで、あれから一週間の間、俺は密かにゴミ拾いをしたり、花に水やりをしたりなど、ボランティア活動をしながら、好感度を稼いでいた。


 だが!

 俺はそのせいでイリーナとの時間を作れずにいた!


 これは死活問題である。

 せっかく念願のヒロインと付き合えたのに、カップルらしいことができていない!

 もっとイリーナとイチャイチャしたい!

 あんなことやこんなことなど、やりたいことはたくさんあるのに!


 そんなふうに悶々としながら迎えた休日の前日。

 俺は一大決心をし、イリーナをデートに誘うことにした。


 この学園では敷地内から出るときには許可証が必要であり、その許可証は前日までに受諾してもらわなければならないので、こうして前日に決心を固めた次第だ。


 イリーナと二人きりになれるのは昼休みのみ。

 落ち着かない午前中を過ごし、俺はイリーナといつもの空き教室で昼ごはんを食べることになった。


「ゴホン! あ、あー、イリーナよ」

「……どうしたの?」


 弁当を食べ始めて少しした頃、俺は咳払いを一つしてイリーナに声をかけた。

 いつもと様子が違うことに気がついたのか、不思議そうな表情でこちらを見てくる。


「そろそろ、夏が終わる頃だろ?」

「確かにそうね。秋が近づいてきてる感じはするわね」

「そ、それでだ……秋服とか欲しくないか?」


 俺の言葉を聞いたイリーナは少し考えた後、何故かニヤニヤした表情を浮かべる。


「あ〜、秋服ね。う〜ん、私は別に去年着てた服があるから、それでいいんだけど」

「で、でも、女の子って服を見るのが好きだったりするだろ?」

「ふふっ、それは人によると思うわよ。別に着飾るのが好きじゃない女の子だっているだろうし」

「ぐっ……た、確かにそうだが……」


 俺は言葉が詰まる。


 いや、イリーナは間違ったことは言っていない。

 しかし、彼女はずっとニヤニヤと悪戯そうな笑みを浮かべているのだ。

 おそらく俺がデートを取り付けようとしているのを察して、揶揄っているのだろう。

 くそう……なんだか手玉に撮れている気分だ。

 この状況、恋愛経験皆無の俺にはなかなかハードルが高すぎるぜ……。


 どうスマートに切り抜けるか。

 俺は必死に頭を回転させる。


「お、俺、お洒落な洋服屋さんを知ってるんだけどさ、気にならない?」

「へ〜、どんな?」

「うぐっ! い、いや、どんなって、お洒落なやつだよ、そうメチャクチャお洒落なやつな」

「ふ〜ん、そうなの」


 胡乱げな視線を向けてくるイリーナ。

 しかしその瞳の奥から間違いなく面白がっているのが伝わってくる。

 く、くそう……俺のことを弄びやがって……。

 ここはいっそ、俺が大逆転をかまし、イリーナを照れさせてやるぜ!


「それにさ、ほら。新しい下着とかも欲しくないか?」

「…………変態」


 照れるどころか、ジト目を向けられる始末。

 どうやら俺ではスマートにデートに誘うことは無理だったみたいだ。


 言葉に詰まっていると、イリーナは小さく笑い謝るように言った。


「ふふ、ごめんなさい。必死にデートに誘おうとしているルイが可愛かったからつい、ね」

「ううっ……どうせ俺はかっこよくデートに誘えない男ですよ〜」


 俺が不貞腐れていると、彼女は急に俺の横に来て、頭に手を乗せ優しく撫で始める。

 その突然の行動に俺の心臓は思い切り跳ね、顔が熱くなってくるのを感じた。


「でもそんな等身大のルイもとても魅力的だと思うわ。思わず撫でてしまいたくなるくらいね」


 嬉しいけど、なんか悔しい。

 でも対抗策なんて思いつかないので、俺は諦めて素直にデートに誘うことにした。


 イリーナの撫でている手を優しく払うと、俺は真剣な目で彼女を見つめ口を開く。


「イリーナ。俺とデートをしよう。俺は君ともっと恋人のようなことをしたいからさ」


 本当はもっとスマートに誘う予定だったんだけどな。

 結局、俺には愚直に気持ちを伝えるしかできないらしい。

 他人のことならうまく立ち回れるが、自分のこととなるとどうしても不器用になる。

 これは人間の真理ってやつだろう。


 しかし——。


「えっ……ああ、うん、そうね。わたっ、私もルイとこ、恋人みたいなことをしたいと思ってたし……」


 何故かイリーナは動揺したように目を泳がせながら、震える声で言った。

 しかも照れているのか耳まで真っ赤になっている。

 ど、どういうことだ……。

 彼女の反応がよく分からず、俺は首を傾げていると、イリーナはモゴモゴと聞こえないくらいの声量で呟いた。


「もう、いきなり真剣な表情で直接そんなことを言われたら……流石に意識しちゃうじゃない……」

「え? なんて?」

「いいえ、なんでもないわ。それより、デートよね。もちろんいいわ。楽しみにしとく」


 イリーナはにっこりと微笑んで頷いた。


 う〜、ひゃっほう!

 なんかよく分からないけど、デートに行けることになったぜ!

 終わりよければ全てよしだ!

 スマートに誘えなかったけど、そんなのデートで取り返せばいいだけだしな!

 兎にも角にも、メチャクチャ楽しみすぎる!


 というわけで、俺はイリーナをデートに誘うことに成功し、放課後のボランティア活動もいつもの二倍以上捗ったとさ。

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