ラブコメの炸裂、無能モブに大ダメージ

 ニート謹慎生活を満喫していたら美少女が押しかけてきた件。

 しかもネグリジェとかいうエチチで扇情的な格好で。


 これ、なんてラブコメですか?

 というよりR18の同人誌か何かですか?


 美少女——イリーナは窓から侵入してきたので、現在、開いた窓を背に立ち俺と向き合っている。

 そのせいで晩夏の生温かい微風を受け髪の毛やネグリジェがヒラヒラと靡き、月明かりが後光として差しているのでその表情はしっかりと見えない。


 幻想的なシチュエーションに俺は危うく自分が主人公だと勘違いするところだった。

 危ない危ない、俺はただの無能モブだ。

 そのことを忘れて調子に乗ったら間違いなくスライムに殺される。

 ヒロインたちの笑顔を見る前に死んだら、俺は悪霊として主人公くんを呪いにいくだろう。

 あ、もちろん主人公を呪うのはただの逆恨みな。


「ね、ねえ。どうかしら?」


 緊張で上擦った声が聞こえてくる。

 え、なに、どうって、どういうこと?

 もしかしてこの俺童貞に現状の感想を求めてる?


 マジかよ、まるで恋人同士みたいじゃないか!

 嬉しい、嬉しいけど!

 そんな俺にゃ主人公みたいな気の利いた言葉なんて思いつかないぜ、ベイビー!


 よく見ると、スラリとした白い手足は月明かりで輝き、薄い服を着ているせいでほんの少し膨らんだ胸が余計に強調されている。


「意外と胸があるんですね〜」


 ハッ!?

 しまった!

 思わず心の声が!


 底冷えするような視線を感じ、俺は思わず身震いをする。

 月明かりの影で表情が見えなくて助かったぜ。

 これでイリーナの顔がハッキリと見えていたら俺は間違いなく変な趣味に目覚めていた。


「……ルイがエッチなのは分かっていたけど、いきなりそんなことを言われるとは思ってもいなかったわ」


 分かっていたんかい!

 ……まあ、心当たりはあるが。

 ありすぎるくらいだが。

 下着泥棒をしようとしたり、その下着について色々と言ったり。

 うん、言い逃れはできませんね。


「す、すまん。ついうっかり心の声が漏れたというか……」

「まあいいわ。今日はそのために来たんだから」


 ……ん? そのため?

 どのためなんでしょうか?


 俺がイリーナの言葉に首を傾げていると、彼女はカツカツと俺の方に向かってくる。

 俺はそのまま壁際まで追い詰められ、イリーナに壁ドンされるような形に。


 壁ドンって男の子でも、ときめけるものなんですね……。


 そんな明後日の方向に思考を巡らせていると、イリーナは何故か俺の衣服に手をかけながら話し始める。


「私はルイにとても大きなものを貰ったわ。それこそ生半可な気持ちでは返し切れないほどのものを貰った。その代わり、貴方は色々なものを失ったでしょう? これじゃあ不平等だわ。私ばかり貰って、貴方は自分を犠牲にして。不平等はいけないことよ。だから私は貴方に返し切れないほどの恩を、少しずつでも返さないといけないと思うの」


 イリーナはそんなことを言いながら、俺のパジャマのシャツのボタンを外していった。

 ああっ! 俺の上半身がイリーナに見られてしまう!

 恥ずかしいっ!

 ボタンを全て外し終わると、彼女は俺の上半身を見て、ハッと息を呑んだ。


「……意外と鍛えているのね」


 言った後、イリーナは恐る恐る俺の大胸筋を触る。

 俺の体温よりも彼女の指先は少し冷たく、ひんやりとした感覚が伝わってくる。

 しかもその指先は少し震えているようだった。


 もちろん、俺の脳内は絶賛混乱中だ。

 なにこれ? ラブコメ始まるの?

 というより、やっぱりR18の同人誌だよね、これ。


 それからイリーナは自分のネグリジェに手をかけようとして、ようやく脳みそが再起動する。


「ちょいちょいちょい! 待ちたまえ、迷える少女よ!」

「……なにかしら?」

「恩を返すとか、返さないとか、確かにイリーナは義理堅い人間だってのは分かったけどさ、俺にとってはそんなものどうでもいいんだよ」


 俺が言うと、イリーナは手をかけていたネグリジェから手を外し、俯いて黙ってしまった。

 やっぱり色々と無理してたみたいだ。

 イリーナみたいな純情清純ガールにお姉さんキャラのようなリード力はないのだろう。


 そんな少し震えている彼女に、俺は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。


「俺はさ、イリーナが幸せで笑顔でいてくれればそれでいいんだ。俺はイリーナの曇りない笑顔が見たかっただけなんだよ」


 その言葉にイリーナは混乱しているみたいだった。


「なんで、笑顔が見たいって……それだけで自分を犠牲にできるものなの……?」

「ああ、当たり前だろ? だって好きな人推しヒロインのためなんだから。そのためだったら俺はなんだってできるね」


 すると何故か戸惑うような声が聞こえてきた。


「……好き、好きって本当?」

「ああ、もちろん。俺にとってイリーナは好きな人推しヒロインだぞ、とびっきりのな」


 ドヤ顔で俺は言った。

 そんな俺の言葉を聞いたイリーナはフラフラと後ずさると、恥ずかしそうに前髪をいじりながらも可愛らしく睨みつけてくる。


「バカっ、そんなこと、簡単に言わないで」


 ……ん?

 あれ?

 また俺、なにかミスったカンジ?


 突然の罵倒に俺が困惑していると、イリーナは照れたように視線を逸らしてポツリと小声で呟く。


「でも……その気持ちがもし、本当なら……後でもう一度聞かせて」


 そう言った後、イリーナは窓から飛び降りて消えていってしまった。


 あれぇ?

 なんで告白みたいな感じになってるんだ……?


 そう思いながら俺は自分のセリフを思い返していく。


 …………。

 …………。

 はい、これは完全に告白です、ありがとうございます。


 やっちまったぁ!

 確かにイリーナのことは好きだけど!

 もちろん大好きだけど!


 あんな感じで告白するつもりはなかったし、そもそも俺はモブとして徹するつもりだったのに!


 まずぅい!

 これではイリーナと主人公くんが手を組んで邪神に立ち向かうメインストーリーが破綻する!

 それに、俺にはまだ救わなきゃいけないヒロインがたくさんいるからな!

 イリーナと付き合った後に彼女たちを救い出すとなれば、間違いなく浮気になってしまう!


 でもやっぱりイリーナと付き合いたいとか思ってしまう!

 付き合ってみたいとか思ってしまう!

 一緒に弁当を食べさせ合ったり、休日に制服デートとかしてみたい!

 うん、もし付き合えるなら、ぜひとも付き合いたいな!


 でもでも、助けなきゃいけないヒロインたちもたくさんいるしぃ……。

 というか、まだ付き合えるとも決まったわけじゃない。


 そんなふうに葛藤しまくって、その晩は悶々として寝られないのだった。

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