最弱モブのモブらしい呆気ない散り際

 俺はイリーナとステージの中央まで歩きながら、彼女にこう耳元で囁かれた。


「貴方の覚悟は無駄にしないから。手加減はしないつもりよ」


 驚いてイリーナの方を見ると、彼女はまた優しく微笑んだ。

 何でこんな表情を向けられているのか分からん。

 ただどこかで計画がミスったみたいだった。

 どこでミスったのかは分からないが、イリーナを救うのは主人公アレンでなければならない。

 主人公とヒロインたちが協力しないと邪神を倒せず、この世界自体がバッドエンドを迎える可能性が高い。

 俺自身の生死はこの際どうでもいいが、ヒロインたちが巻き添えを喰らい死んでしまうのは嫌だった。


 ……まあ、なるようになるか。


 考えて考えて、考えるのを放棄した。

 こうなっては仕方がない。

 とりあえず今はイリーナの悪評を払拭するのが先だ。


 学園の決闘場の観客席は満席で、みんな俺の悪口を言い、イリーナのことを応援している。

 これはしっかり俺の思惑通りだし、ちゃんと計画通りに作戦が進んでいることを示していた。


『サボり魔のクソ野郎! さっさとイリーナさんに成敗されちまえ!』

『人の努力を笑うような奴はボコボコにされるのがお似合いなんだよ!』


 そんな野次が大量に飛んできている。


 お前たちの手のひらグルグルだな!

 まるで電動ドリルかよ!


 というより、お前たち有象無象が何を言っても俺には効かねぇ!


 ふははっ、俺はお前らでも知らない、イリーナの下着の色を知ってるんだからな!

 そんなくだらない戯言なんて効くわけがないんですよ~だ!


 俺はイリーナの下着を思い出しながら決闘場の中央で向かい合うと、彼女は何故か冷たい視線を送ってきた。


「何だか覚悟とか関係なしに全力で叩き潰したほうがいい気がしてきたわ」

「な、何故だ……何故俺がイリーナのタンスに仕舞ってあった大量の下着を思い出しているのがバレた……」

「やっぱり全力で潰しに行ったほうがいいみたいね。……死なないでね?」


 ぎゃぁあ!

 完全に激おこモードですよ!

 激おこぷんぷん丸(死語)ですよ!


 ほの暗く笑いながら木剣の切先を向けてくるイリーナに俺は思わず身震いした。

 まあ全部俺の自業自得なんですけどね。

 でも結果的にやる気を出してくれたので、良しとしますか。


 手加減はしないと言いつつも、どこか叩き潰しきれない雰囲気が漂ってたしな。

 それが今では完全に気百倍モードだ。

 徹底的に叩き潰す、謝ってきても媚びてきても絶対に叩き潰すって気概を感じるね。


 そんな向かい合った俺たちの元にスラリとした一人の女性が近づいてくる。

 ちなみに胸はない。

 サラサラとした金髪を短く切り揃え、どこか気の強そうな顔立ちをしている美人だ。


 彼女はハイエルフの一人であり、この学園の学園長。

 セレニエル・リリアンダその人である。

 すでに数百年は生きてるとか生きていないとか言われていたりする。

 ちなみに正式な年齢は公式設定資料集にも載っていなかった。


「それではこれより、ルイ・フォン・アームストロングとイリーナ・フォン・ルーカリアの決闘を始める!」


 セレニエル学園長が右手を上げてそう宣言すると同時に、観客たちはわっと盛り上がった。

 ゴォンっと鐘の音が響き渡り、とうとう決闘が始まったことが知らされる。


 と言っても、俺は悪役らしく華々しく散るだけなんだが。

 観客のみんなに聞こえるような大声で、俺はイリーナを煽り散らかす。


「へいへ〜い、姉さんってば、ちょっと頑張りすぎじゃなぁい? そんな肩肘張って頑張って、死に物狂いで努力しちゃってさぁ、マジばっかみたぁい! へへへっ、これで俺に負けたらお終いだなぁ!」


 なんかちょっとギャルっぽくなったがご愛嬌。

 これで愚直にイリーナがキレ散らかしてくれればいいんだけど……。


 ——はい、無理みたいでした。

 イリーナは軽く頷きながら『うんうん、貴方のことは全て理解してるからね。無理してるんだよね、分かってるよ』みたいな生温かい視線を送ってきている。


 何その視線!

 メチャクチャむず痒いんですけど!

 もちろん俺はヒロインたちと激甘なイチャイチャラブコメを送りたいと思ってたけどさ!

 でも今求めてるのはそうじゃないんだよ!

 もっと冷徹で見下すような蔑みの視線の方がいいんだって!


 しかしイリーナを怒らせるのはなかなか難しそうだ。

 とりあえず様子見で攻撃してみるか。


「いくぞ、イリーナ! 努力ってもんを俺に見せてみろよ!」


 そう言って俺は地面を蹴り上げ、イリーナに接近する。

 もちろん激遅だ。

 スライムにすら殺される最弱モブを舐めてもらっては困る。

 前世の俺より筋力体力ともに無いのではないだろうか。


『ぷぷっ! 何あの遅さ! マジ滑稽なんですけど!』

『あれで努力ってもんを見せてみろ、だってよ! 馬鹿すぎだろ!』


 観客たちはいい感じに印象操作できている。

 あとはイリーナが本気を出してくれれば問題ないんだがな……。


「うらぁあああああ!」


 俺は叫びながら木剣をイリーナに振るった。

 もちろん簡単に避けられる。

 しかし俺はオーバーリアクションを取ることにした。


「なっ、なに!? 俺の攻撃を避けただと!」


 はい、観客大爆笑。

 今の俺なら全米も笑いの渦に巻き込めるに違いない。

 もしかして俺にはエンターテイナーの素質があるのではないだろうか?


 そんなことを思っていたら、イリーナが俺の悪評に耐え切れなくなったのか、周りを睨みつけながら叫び出そうとしていた。


 心優しくプライドが高いイリーナのことだ。

 自分を救ってくれた俺のことを悪く言われるのが耐えられないのだろう。

 しかし、このままじゃあ俺の計画が全て破綻する。

 イリーナが俺のことを庇ってしまえば、完全に彼女の悪評を打ち消すことが難しくなる。


 怠惰な俺を庇った優しい人という見方もできるが、逆に俺を叩き潰せなかった臆病な奴とも思われかねない。

 やっぱり完全にイリーナの悪評を消すには、彼女にこの場で俺を叩き潰してもらわないといけないだろう。


 というわけで——。


「なあ、イリーナ。そういえば白いパンツが多かったけど、あれってシミにならないのか?」


 そう耳元で囁いてみた。

 もちろん周囲には聞こえないように調整してある。

 その効果は絶大だったみたいで、彼女は耳まで顔を真っ赤に染めると射殺さんと睨みつけてくる。


「……ねえ、貴方にデリカシーってないのかしら?」

「ん〜、いや、ちょっとシミになってるのがあったから、気になっただけだって」

「…………ッ!」


 もちろんシミになっていた下着なんてない。

 というより、そこまでしっかり見ていない。

 だってあの時の俺は、予習復習ノートを探すので手一杯だったからな。


 だがイリーナは涙目になりながら木剣をフルスイング。

 今なら間違いなく彼女はホームラン王になれるはずだ。


 俺は呆気なく体をくの字に折り曲げながら吹き飛ばされ、決闘場の壁に叩きつけられて気を失うのだった。



+++



 それから三日後、俺はようやく意識を取り戻し、学園長室に呼び出されていた。


「はあ……このままだと退学になるけど、どうするんだ、ルイ」


 頭を抱えながらセレニエル学園長はため息をついた。

 彼女は学園長でありハイエルフでありながら、本作のヒロインの一人である。

 ファンタジー系のゲームでヒロインの一人がエルフ……まあ当然だな。


 しかしあろうことか、この本作最大のモブ、ルイくんとの繋がりがあるみたいだった。

 このルイ、意外とコネクションが幅広くて驚いてしまいますよ。

 案外このゲームの根幹を担っているのがこのルイで、彼が死ぬことによって何かしらのターニングポイントになっていた、という可能性が浮上してきている。


 だとすると、このただのモブを登場させていた理由も分かるし、途中で退場したのも筋が通る。

 まだ仮説も仮設だが、案外ありえない話ではなさそうだ。


 その話はさておき、俺とこのセレニエルとの繋がりが何故あるのかは分からない。

 分からないが、使えるものは使わせてもらう。

 俺にはこの学園に救いたいヒロインたちがまだまだたくさんいるからな。

 もちろん、目の前のこの俺を睨みつけてきているエルフさんもそのうちの一人だ。


 というわけで、俺は土下座をし、この学園にいられるようにお願いしてみる。


「お願いします、学園長サマ! 俺はまだ退学したくありません! 退学だけはご勘弁を〜!」


 何だか最近、土下座ばかりしてるような……。

 まあいいか。

 それでヒロインが救えるなら安いもんだ。


 俺が頭を下げていると、セレニエルの二度目のため息が降ってきた。


「はあ……もちろん反省するなら退学は取り消せる。……が、いいのか? 退学の方が絶対に楽だぞ?」


 その言葉に俺は頭をあげて彼女に尋ねる。


「楽というのは、どうしてでしょうか?」

「……分からんのか。お前がこのまま学園に通い続けるということは、ずっと馬鹿にされ虐められながら暮らしていくことになるかもしれないんだぞ」


 ああ、そんなことか。

 俺は不敵な笑みを浮かべると堂々と言った。


「俺は有象無象が何を言っても問題ありません。守りたい人が守られればそれでいいのです」


 俺の言葉を聞いたセレニエルはハッと目を見開いた。

 それからしばらく俺の真意を探ろうとジッと見つめてきたが、諦めたように三度目のため息をついた。


「……分かった。お前がそう言うなら私は協力しよう。何せレンの息子だしな」


 レン。

 俺の父の名前だ。


 ふむ、なるほど。

 彼女は俺との繋がりというよりかは、父との繋がりみたいだな。


「しかしちゃんと懲罰は与えなければならん。周囲の人間が決闘だけだと納得しないだろうからな」

「そりゃそうでしょうね」


 セレニエルの言葉に俺も頷く。

 もちろん、あれだけで許されるとは到底思ってもいない。

 というわけで、俺は一週間の謹慎を喰らうことになった。


「一時はどうなるかと思ったが……。レン、お前の息子はお前に似たように成長していってるぞ」



+++



 ニート生活万歳。

 やっぱり働かないって最高だな。

 俺、一生謹慎生活でもいいかも。


 そんなふうに寮での謹慎生活を満喫していたところ——。


「……ねえ、ルイ。いるかしら?」


 深夜二時。

 何故か隠れるようにして今回の主役イリーナさんが俺の部屋に潜り込んでくるのだった。


 だから、どうしてこうなった?

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