どこでフラグを立ててしまったんだ

 いやぁ、ついにやってしまったよ。

 俺はイリーナの恥部(予習復習ノート)を小馬鹿にしながら晒し回った。

 それにより、俺は今までよりも、より周囲から侮蔑の視線を向けられるようになった。

 しかしこれでいいのだ。

 全て作戦通りで、順調に物語が進んでいる。


 と言うわけで、言いふらしたその日の放課後、俺は再び生徒会室に訪れていた。


「おっじゃましま〜す!」


 すると中にはいつも通りレイラがいて、何だか哀愁漂う感じで窓から外を眺めていた。

 どうやらチルしすぎて俺が入ってきたことにも気がついていないみたいだ。

 しかし美少女が憂いながら窓の外を眺める。

 最高に映えるシチュエーションだ。

 写真に収めてSNSに投稿し、いいねをたくさん稼ぎたくなるくらいにはいい光景だった。


 しかし、これはチャンスなのでは?

 いつも凛としていて涼しげな表情のレイラを、驚かせるチャンスなのでは?


 そのことに気がついてしまった俺は、コッソリとレイラに近づいて——。


「わっ!」


 肩に手を乗せて耳元でそう叫んだ。

 するとレイラは、


「ぎゃぁああああ!」


 物凄い悲鳴を上げた。

 女の子が上げていいような悲鳴ではない。

 しまった、やりすぎたみたいだ。


 すぐに俺に気がつくと、彼女は呆れたような視線を向けてくる。


「お兄……驚かすなら先に驚かすって言っておいてよね」

「それじゃあ驚かす意味ないだろ……」


 しかし、驚かすって事前に言っておけば驚かせても構わないのか。

 それもそれで、よく分からん感性である。


「てか、お兄……大丈夫なの?」


 心配そうな色を瞳に湛えると、彼女は言った。

 それは俺が受けている侮蔑の視線に関することだろう。


「ふっ……我が妹よ。こういう状況のことを何て言うのか、知っているか?」

「……なに? 分からないよ」

「ふふふっ、そうだろうそうだろう。仕方がない、この優しい兄が教えてあげよう。この状況はな……なんか裏で学校を操ってる黒幕みたいでカッコいいヤツ、って言うんだよ!」


 俺が力説をすると、再びレイラは呆れたような表情を見せた。

 しかもさっきより酷い。


「お兄……心配して損した。損害賠償を請求する。さっさとそのタマ寄越しやがれ」

「なんか女の子がしちゃいけない表情をしてるよ、マイシスター!? その表情はマフィア映画に出てくるドンくらいしかしちゃいけないって習わなかったの!?」


 もう完全にヘマした手下の足切りをするマフィアのドンみたいな表情だった。

 ありゃあ、簡単に人を殺せる顔ですぜ……。


「……お兄、無理してない?」


 今度は何だか可哀想な子を見る目で見つめてくるマイシスター。

 しかしその瞳の奥には心配そうな感情が見え隠れしていたので、俺は思わず視線を逸らすとポツリと言った。


オタクってのはな、女の子ヒロインの笑顔を守るために無理をするものなんだ」


 ハッピーエンドを見るために高難易度のエロゲを徹夜で十周したりとかな。

 バッドエンドを迎えた鬼畜アニメに納得できず、独学で同人誌を描いてみたりな。


 男にはやらねばならない時があるのだ。

 そして、今がまさしくその時だった。


「なんかお兄がカッコよさげでダサいこと言ってる」

「ダサいかな!? 結構、カッコいいことを言ったつもりなんだけどな!?」

「その、俺今カッコいいこと言ってます、みたいな雰囲気がもうダメ」

「あっ、はい。すいません」


 妹にしっかりとしたダメ出しを喰らう兄。

 何と情けないことか。

 とと、かなり話が逸れてしまった。

 俺は真剣な表情になると、レイラに要件を伝える。


「それでだな、生徒会に発表してもらいたい文章があるんだ」

「……どれ?」


 俺の言葉に首を傾げるレイラ。

 そんな彼女に俺は一枚の紙を渡した。

 ここには俺がイリーナの部屋に侵入したことや、それに対する懲罰のことが書いてあった。


 それを読んだレイラは、俺の目を真剣な瞳で見つめてきた。


「本気なんだね、お兄は」

「ああ、だから言ってるだろ。女の子ヒロインの笑顔のためなら、多少の無理はするつもりだって」


 頷いて言うと、何故か一瞬悲しそうな表情をレイラはするが、すぐに覚悟の籠った目で見てきて言った。


「分かった。お兄がそこまで本気なら、私ももう迷ったりしない。だから本気で救ってきてあげて。もし失敗でもしたら私が許さないから」

「……おう」


 そんな彼女の真剣な言葉に、俺は短く頷いて答えた。


 さて——そろそろ最終決戦が始まるな。

 しかしもう盤上は十分すぎるほどに整えられている。

 これで俺は全生徒から嫌われ、そしてイリーナ本人からも嫌われ、そんなイリーナをアレンくんが慰める。

 最高のセッティングじゃないか。

 もしかしたら俺は合コンの才能とかもあるのかもなとか、そんな馬鹿げたことを考えるのだった。



+++



 そうしてやってきた最終決戦、当日。

 決闘場を取り囲む観客たちはみんなイリーナを応援していて、俺に対して汚い言葉を投げかけている。

 その様子を控室から盗み見てほくそ笑む。


 ここまでは予定通り。

 そう——ここまでは予定通り


 何故か最後の最後で俺の計画が狂ってしまったのだ。

 どこで間違えたのかは分からない。

 もしかしたら、彼女の性格を履き違えていたのかもしれない。


「今は二人きりだから、ルイにはちゃんと伝えておくわ。……私のために頑張ってくれて、本当にありがとう」


 にっこりと微笑んで彼女は言った。


 ……ホワイ!?

 どうしてこうなった!


 何故、敵対するはずのイリーナが俺に微笑みかけ、あまつさえ感謝の言葉を伝えてきてるんだ!?

 俺の計画通りなら、ここで『貴方には絶対に負けないから。私に喧嘩を売ったことを後悔するのね』とか侮蔑混じりに言われるつもりだったのに!


 どこで計画が狂ったんだ……全く。

 これはハプニングでもあったが、俺はイリーナの下着を盗もうとしていたんだぞ。

 正確には違うのだが、少なくとも彼女の目にはそう映っていたはずだ。

 ちゃんとその時は侮蔑の視線をこれでもかと浴びせられていたのだから。


「ええと……イリーナよ。俺は君に酷いことをしたんだぞ? 下着も盗んだし、ノートも馬鹿にしたんだぞ?」


 とりあえずジャブで様子見してみる。

 しかしイリーナは俺の言葉に全て分かっているみたいな表情をすると、頷きながら言った。


「ねえ、ルイ。貴方がもし全世界を敵に回すようなことになっても、私だけはずっと貴方の味方でいるから。それだけは忘れないで」


 なんですか、なんなんですかこの熱い告白は!?

 もうこれあれだよね、絶対、俺のこと好きだよね!?

 いつの間にフラグを立ててしまったんだ!?


 しかもあろうことか、イリーナは優しげな表情で俺に近づくと、俺の頭をその少し膨らんでいる胸で包み込んだ。


「よしよし。今だけは私に甘えて、弱音を吐き出してもいいのよ?」


 ぎゃぁあ! 絶対どこかでミスっただろこれ!

 恥ずい、恥ずすぎるってばよ!


 ぐぁああああ! やっぱり俺には主人公なんて無理!

 毎日こんなことされたら俺の心臓が持たん!

 この汚れ切った心が、綺麗に浄化されてしまう!


 俺は悶えながらも、強く言い返すこともできず、ただ試合が始まるまでずっと抱きしめられ頭を撫でられ続けるのだった。


 ……本当に、どうしてこうなった。

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