作戦を第二フェーズに移行します

 レイラに噂を広めて貰えるように頼み込んでから一週間、かなりの速度で噂は広まっていっている。

 その証拠に、俺の近くの席でコソコソと話し合ってる女子生徒たちはこんな噂話をしていた。


「ねえねえ、あの噂って知ってる?」

「噂? どんなの?」

「ええとね、実はイリーナさんって夜遅くまで自習していたり、朝早くに木剣を素振りしてたりするって話」

「なにそれ〜。そんなん本人が広めてるだけでしょ」

「意外とそうでもなくてね、複数人の生徒が見たって言ってるのよ」

「ん〜、信じられないけどなぁ。だってあんな才能があって立場もある人がそんな努力する?」

「まあ確かに……。でもみんな言ってるけどなぁ……」


 あちこちでこんな会話が聞けるようになっていたが、どうやらそれを聞いた相手は二パターンに分けられるらしい。


 一つは『そうかもしれない』と噂の方に流される人。

 この人たちは基本、イリーナに対して深い嫉妬心を持ってない人たちだったりする。

 意外と大多数の反応はこういう人で、ほとんどが噂に流されていただけみたいだ。


 そしてもう一つは『そんなことないでしょ』と否定する人。

 こっち側は、大小あるが、もともとイリーナに暗い感情を持っていて、悪印象を変えるのが難しい方だな。

 しかしこっち側の暗い感情を変えない限り、悪評が絶えることはないだろう。


 ——というのは全部レイラによる分析だがな。


 彼女は自分の信用できる知人に一つずつ噂を流して貰い、『複数人が言ってるのだから本当だろう』作戦を行っているらしい。

 流石はレイラだ。

 ゲーム内でもその才能が遺憾無く発揮されていたし。

 これほど頼もしい味方はいないだろう。


 ちなみにアレンくんはちゃんとイリーナとバッタリ出会い、それなりの交流が始まっているみたいだ。

 これが運命の強制力ってやつなのだろうか?

 だがイリーナの反応をチラリと見た感じ、何やらアレンくんは嫌われているっぽいけど。


 ざまぁと思う反面、このままじゃあ死亡フラグ的にマズイ気もするので、後でメスを入れる必要がありそうだ。

 まあ夏休み明け初日に俺がイリーナと話してしまったせいで、アレンくんは仲良くなる機会を失ったわけだからな。

 俺にも少しは責任があるわけだし、ちょっとくらい手を貸してもいいだろうと思う。


 しかし、それはイリーナの悪評を取っ払ってからでも問題ない。

 まずは作戦を第二ステージに進めるのが先決だな。


 と言うわけで、昼休み、俺は再び生徒会室を訪れていた。

 訪れたんだが——。


「ふむ、これがレイラの兄様ですか。ふむふむ、なるほどです。よく見てみると、レイラに似て意外と凛とした顔立ちをしています。だけど髪の毛がボサボサすぎて清潔感が少々足りていないですね。肉体の方はそこそこ鍛えられていますが、まだまだ筋肉量も足りていないようです。しかし、余分な脂肪は少ない……ですか。なるほどです」


 何が、なるほどなのかはさっぱり理解できないが、俺の身体を死んだ目で隅々まで舐め回すように見てきた相手は、生徒会長であり本作のヒロインの一人である、フィリーネ・フォン・リューカリオンである。


 彼女は桃色の髪をツインテールにしているロリっ子で、今すぐにでも魔法少女にでも変身できそうな容姿をしているが、基本的にその瞳に光はなく、どこぞの宇宙生物に精神攻撃をされてしまったみたいな少女だった。


 これでも俺の先輩なんだよな。

 うん、俺の先輩……なんだよな……?


 俺が彼女のロリ体型に首を傾げていると、彼女は一歩後ろに下がって、ツインテールを持ち上げながらキャピッとウィンクした。


「お兄ちゃん♪ 今日もお仕事お疲れ様! これからお風呂にする? ご飯にする? それとも、わ・た・し?」

「…………」


 絶句した。

 いや、こんな子だってのは分かっていたが。

 それでも直接見ると破壊力がやばい。

 色々な意味で。


 死んだ目をしながらも、男ウケしそうなポーズをし、男ウケだけを狙ったような猫撫で声でそんなことを言うのだ。

 何故こんな子が生徒会長なんだよと疑問を訴えたくなるが、もちろんその理由も俺は知っている。


 彼女はかなり仕事ができる上に、とんでもない大勢力のファンクラブを抱えているので、組織票で生徒会長になってしまったわけだ。


 ……ほんとにさぁ、この学園、ロリコン多すぎませんかね。

 まだ高校生と同じくらいの年齢なのにみんな性癖歪みすぎだろ。

 お兄さん、君たちの将来が心配です。


 ちなみに物語後半で、彼女は生徒会長になったことを不服だったと語っていた。

 立候補も担ぎ上げられて渋々って感じだからな。

 これはフィリーネが可哀想と言うべきか、ファンクラブの人たちが可哀想と言うべきか、迷いどころである。


 それに、彼女もまた本作のヒロインであり、もちろん深い闇を抱えている。

 だからこそ、目が死んでるんだが。

 まあ彼女もアレンくんが救ってくれるはずだが、その手伝いくらいはするつもりである。

 万が一にも失敗されたら、死亡フラグ的にもオタク的にも溜まったもんじゃないしな。


 そんなことを考えていると、反応がない俺にフィリーネは追撃をかましてきた。


「お兄ちゃん♪ 今日もお仕事お疲れ様! これからお風呂に——」

「ちょいちょいちょい! 二度も言わなくていいから! こっちまで恥ずかしくなる!」

「え〜、意外と好評なんですよ、これ。教師までみんなメロメロです」


 ……ロリコン学園め。

 てか教師はメロメロにしちゃダメだろ。


「というより、お仕事お疲れ様って何だよ。俺は仕事をした覚えはないんだが」

「あ、これからの話ですよ。死にたいと思えるほどの仕事を貴方に託すので、お疲れ様と先に言っただけです」

「……え? 死にたいと思えるほどの仕事? なに、俺は一体今から何をやらされるの?」

「あ、冗談ですので、お気になさらず」

「その死んだ目で冗談を言われると、冗談だと思えないからやめて欲しい……」


 がっくしと俺は肩を落とした。

 何だかドッと疲れが来る。

 ゲーム内では可愛いな〜としか思っていなかったけど、実際に直撃を食うとなかなか厳しいな、これ。


「てか、すいません。ついタメ口を効いてました。フィリーネ先輩、ですもんね」

「私、フィリーネ♪ お兄ちゃん♪ 今日もお仕事——」

「——分かりました! 分かりましたから! もう二度と敬語は使いませんから、それはもうやめてください!」

「お兄ちゃん♪ 今日も——」

「だぁ! 分かったってば! もう敬語は使わない! これでいいんだろ!」


 俺がそう叫ぶと、フィリーネは満足そうに頷いた。

 本当に疲れる……。

 とりあえず今は彼女に構っている暇はないので、俺は話を切り上げて要件をさっさと伝えた。


「でだ。ええと、レイラを知らないか? ちょっと話したいことがあるんだよ。……って、あれ。そういえば何でフィリーネはレイラと俺が兄妹だって知ってるんだ?」

「乙女には乙女の秘密というものがあります。そこに探りを入れる人はメッ、ですよ」

「そ、そうか……。まあ今は尋ねないでおくよ。それで、レイラの居場所なんだけど——」

「それならそこにいますよ、ほら」


 そう言って指さしたのは生徒会室の脇にある扉。

 おそらく備品入れの倉庫の入り口とかなのだろうけど……微かに開いていて誰かが覗いているのが分かった。

 ピシッと俺の体が固まる。

 い、一体いつから見られていた……?


 その扉はそおっと開き、我が妹、レイラが顔を出す。

 彼女の表情はドン引きしていて、恐る恐ると言った感じで声を出した。


「ええと、お兄。もし性欲が溜まってるなら私が相手するよ? ほら、変に歪んじゃって、お兄が犯罪に走るところは見たくないし……それに、私がお兄ちゃんって呼ばないのが悪いんだもんね」


 それは是非とも色々とお願いしたいところだが、そんなことを言えば間違いなく余計にドン引きされるので俺は首を横に振った。


「いや……勘違いしないで欲しいんだけど、俺は別にフィリーネにお兄ちゃんと呼ぶことを強要したりしてないからな。この人が勝手にやったことだから」

「……本当?」


 そう尋ねるレイラの視線はフィリーネに向けられた。

 ……俺、信用なさすぎませんかね。

 レイラの問いに、フィリーネは申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい。ルイお兄ちゃんはレイラよりも私の方がいいって言ってくれてたの……。でもお兄ちゃんはとっても恥ずかしがり屋さんみたいで……」

「…………は?」


 あ、いかんいかん。

 素で変な声が出ちゃった。

 レイラはヨヨヨと悲しそうに崩れ落ちそうにしていたので、俺はため息をつきながら二人の頭にチョップをかました。


「いい加減、俺で遊ぶのはやめろ。本当に心臓に悪いんだから」

「は〜い。ごめんね、お兄」

「はい、ごめんなさいです。ルイさん」


 二人ともしょんぼりしたように謝る。

 はあ……本当に疲れた。

 もう一度ため息をつきそうなのを我慢して、俺は話を元に戻す。


「それで、レイラ。あの話をしたいんだが、二人きりに慣れる場所ってあるか?」

「二人きり!? お兄、そんなに私を求めて——っ!?」


 もう一度チョップをかます。

 今度はちょっと強めだ。

 レイラは涙目になって頭を押さえるが、何とか謝って話を続けた。


「ごめんごめん、もうしないから。……ともかく、フィリーネ先輩は私たちの協力者だよ。噂を広めてくれた一人だから」

「……そうか。分かった、それじゃあ三人で話すか」


 普通なら無理にでもレイラと二人で話すべきなんだろうけど、俺はフィリーネの口が固いことを知っているからな。

 別に大丈夫だろうと判断したわけだ。

 彼女なら俺が首謀者だと言わないはずだし、何より有能な協力者が増えるのは心強い。


「一通りはレイラから聞いているので、説明は不要ですよ」

「それなら早速本題に入るか。——とりあえず、そろそろ噂が広まってきたっぽいから、作戦の第二フェーズに入ろうと思う」


 フィリーネの言葉に頷くと、俺は話を進めた。

 そんな俺の言葉に、レイラはこう聞いてくる。


「第二フェーズって、イリーナさんの努力の結晶を不慮の事故と見せかけて、周囲に認知させる、ってことでいいんだよね?」

「ああ。それで大体合ってるぞ。しかし……イリーナはとんでもないぞぉ。彼女の努力量は俺でもドン引きするくらいには過剰だ」

「……お兄なら一日勉強しただけで、ドン引きしてきそうだけど」

「ま、まあ、それは否定できないな。だが、これはみんなも驚くと思う。間違いなくな」


 確かにいつも寝てばかりいるルイだったら、普通に頑張ってる程度でもドン引きしそうだ。

 しかし中身は元社畜の俺。

 そんな俺でもヤバいと思うほどの努力量なのだから、感覚は間違っていないはず……多分。


「でも、イリーナさんはそれを隠したいと思ってるんじゃないの?」

「確かに思ってるだろうな」

「じゃあ他の人に見せちゃ駄目じゃない?」

「いんや、大丈夫だ。イリーナはただプライドの高さゆえに、努力は他人に見せるものじゃないって何となく思ってるだけだからな」


 物語後半の独白で、イリーナは自分の努力を他人に見せるかどうか葛藤していたと言っていた。

 つまり、見せるべきではないと思っていながらも、見せた方がいいとも思っていたわけだ。

 最初は抵抗感があるかもしれないが、努力量を表に出し、それによって周囲から認められていけば考え方も変わると思う。


「まあお兄が大丈夫って言うなら大丈夫かな」


 レイラは俺の言葉に納得したように頷いて言った。

 そんな彼女をフィリーネは、ほんの少しの憧れの視線で見つめながら呟いた。


「レイラとルイさんには信頼関係があるのですね」


 その言葉を聞いたレイラは微妙な表情をする。


「ん〜、信頼はあるっちゃあるけど……でもお兄の普段の行動を許してるわけじゃないからね」

「そうなのですか? 確かに最近、レイラは私によくルイさんの愚痴を言いますが、意外と楽しそうにしていますよ?」

「……うっ! そ、そんなことない! ないったらない!」


 顔を真っ赤にして首をブンブン横に振るレイラ。

 なんかよく分からないけど、可愛い。

 うちの妹が可愛すぎる件。

 ……まあ、最終的には俺じゃなくて主人公くんがレイラを救うんだけどな。

 今だけ彼女の可愛さを兄として独占しておこう。


「まあともかくです。第二フェーズについては分かりました。道筋はちゃんと決まっているのですよね?」

「ああ、もちろん。そこら辺はバッチリだぜ」

「……うぅ。なんか凄く自然に流された。それはそれで悔しい」


 なんか一人項垂れている人がいるが、気にせずフィリーネは言った。


「しかし、生徒会室にきたということは何か相談があるということですよね?」


 流石は生徒会長である。

 よく分かっている。


 さて、それじゃあ気合を入れてまたお願いをするとするか。

 今回はなかなか過激なお願いになるだろうけど。

 もうこの際、恥も外聞も捨てた。

 そもそも俺は最後には悪役としてイリーナに倒されるのだからな。

 ちょっとくらいの恥や外聞なんてクソ喰らえだ。


 俺はゆっくりと息を吸ってから、思い切り頭を下げるのだった。


「まあ、そんなところだ。と言うわけで……、お願いします! 俺に女子寮へ入れる許可をください!」

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