言葉だけではなく行動で示す男

 さて、初っ端から主人公アレンくんの重大フラグをへし折ってしまったが、これで挫ける俺ではない。

 まだ軌道修正は可能なはず。

 多分、おそらく、メイビー。

 だから俺は隠れてイリーナの悪評を減らそうと考えていた。


 最終的にアレンが悪評を叩き潰したことになれば問題ない。

 アレンとイリーナが協力体制になればいいだけなので、彼女が闇落ちする必要はないだろう。

 まあここで俺がやったことになってしまうと、俺は死亡ルート確定なんだが。


 そんなヘマをする俺ではない(フラグ)。


 しかしイリーナに対する劣等感や妬みというのは奥深く、根強い。

 これを変えるのはなかなか難しいのだ。

 ゲーム内でもアレンは最後までこの問題は解決できなかった。


 だが成し遂げてみせる。

 推しのためなら何だってできるのがオタクというものだろう。


 俺は『魔法学』の授業を聞き流しながらノートに必死に作戦を書き上げていた。


 俺の考えた作戦はこうだ。


 まず、イリーナが本当は悪いやつじゃないんじゃないか……みたいな噂を流す。

 しかしこれだけだと間違いなくまだ弱い。

 彼女の悪評を覆すほどのインパクトはない。


 そこで、一つ芝居を打って彼女の努力が学園中に知れ渡るようにする。

 これはを使えば、簡単に成し遂げられるだろう。

 あれはゲームをやっていた当時の俺でもドン引きするレベルの努力量が窺い知れるものだったからな。


 ここまでくれば後一押しなはず。

 後は俺が悪役となり、イリーナはそれを打ち倒す正義で努力のヒーローだと演出すればバッチグーだ。

 運がいいことに俺は悪名高きサボり魔だからな。

 この俺の悪評をうまく利用できれば、イリーナの悪いイメージを完全に払拭できるだろう。


 彼女の悪評がここまで広まってしまったのは、イリーナ自身のプライドの高さとコミュニケーションの少なさゆえだ。


 つまりプライドが高いせいで周囲に努力を見せられず。

 他者とのコミュニケーションが少ないせいで、気取ってると思われる。


 そりゃあ、悪名が広まっても仕方がない気もするよな。

 しかし逆に考えれば、少しきっかけを与えればその悪評も覆せるのだ。


 そんなふうにプライドが高くて努力家なので、前世でもファンが多かったし。

 ちな、俺もそのうちの一人だ。


 さて、作戦が決まったことだし、一休みするとしますか。

 運がいいことに、俺は先生からも呆れられているのか、寝てても文句を言われないからな。



+++



 その日の昼休みから早速作戦開始だ。


 まずやることはイリーナが悪いやつじゃないみたいな噂を流すことだが、これまた難しい。

 何せ俺には友達がいないからな。

 噂を流そうにもそれを聞いてくれる相手がいないんじゃあ意味がない。


 ということで——。


「おっじゃましま〜す!」


 俺は生徒会室の扉を思い切り開いていた。

 ここには間違いなくがいる。

 彼女なら簡単に噂を流し、それを定着させることが可能だろう。


 中に入るとジト目で俺のことを見てくる少女が一人。

 公式設定資料集に書かれていたのは、そんなジト目で見てくるその少女こそがルイの妹であり生徒会広報のレイラ・フォン・アームストロング。

 俺と同じ赤髪を持ち、肩のあたりで切り揃え、凛とした剣士のような佇まいをする本作ののうちの一人。


 彼女もまた、将来的に闇落ちするのだが、まあまだ先なので後回しにするつもりだ。

 そのエピソードでは俺ことルイの唯一の見せ場がある。

 うん、その時はしっかりと目立たせて貰おう。

 何せゲーム内唯一の見せ場であり、その後すぐに必要ないと判断されたのか呆気なくスライムに殺されてしまうのだから。


「どうしたの、お兄」


 呆れたような視線を向けてくるレイラ。

 やっぱり我が妹もまた美人だなぁ。

 昨日、領地の屋敷にいなかったのは、おそらく生徒会の雑務があったから先に王都に来ていたのだろう。

 ……うん、兄と一緒に登校したくないからって一足先に行ったとかじゃないよね?


「ふっ……兄が妹の頑張っているところを見にくるのに理由なんているか?」

「お兄、なんか今日は一段と気持ち悪いよ」


 ドン引きされた。

 悲しい。


 とまあ、そんな茶番をしている場合じゃない。


「レイラよ。イリーナ・フォン・ルーカリアという少女を知っているか?」

「……うん、一応知ってるけど」


 俺が尋ねるとレイラは微妙な表情で頷いた。

 レイラはただの噂で人を評価するような人間ではないはずなので、おそらく悪評について快く思っていないのだろう。

 だからこその、この微妙な顔なのだ。


 俺はピシッと佇まいを整えて、机でモソモソと弁当を食べているレイラの前に立つ。


「……な、なに?」


 彼女は俺の行動に困惑しているようだ。

 しかし俺は構わず思い切りダイビング土下座をした。


「お願いだ、レイラ! 俺の手伝いをしてくれ!」

「え、ええ!? どうしたの、お兄!?  変なものでも食べた!?」


 俺の言葉にレイラの驚きの声が響き渡る。

 俺は平伏して地面に頭を擦り付けながら彼女にお願いを続ける。


「もちろん俺がレイラにとって目の上のたんこぶ、鬱陶しい存在になっていることは分かっている。でもどうしてもこれは頼みたいことなんだ」


 俺が言うとレイラは気まずそうに視線を逸らした。

 俺の言っていることが正しいと暗に示しているようだった。


 そう——レイラは将来的に生徒会長を狙っている。

 しかしその兄がこんな体たらくでサボり魔だと認知されれば、間違いなく会長決定戦の投票で足枷になる。

 だからこそ、レイラは常に俺のことを遠ざけていたし、極力学校では関わらない話さないようにしていた。


 まだ俺とレイラが双子の兄妹であることは周囲に知られていない。

 俺たちはまだ一年生だからな、うまく隠し通してきていた。


 だが俺の手伝いをしてしまえば、一緒にいることも多くなるし、そのことがバレる危険性があった。

 つまり彼女が俺の手伝いをするのは、彼女の夢を壊してしまうことになる可能性がある。

 その点に関しても、俺は何とかする見通しを立てていたが、まあそれは置いておいて、今は彼女とちゃんと向き合う必要がある。


「……お兄、何を手伝って欲しいの?」


 やっぱりレイラは人ができている。

 ここで何も聞かずに突っぱねることはせず、ちゃんと内容を聞こうとしてくる。

 俺なんかにはもったいない妹である。


「イリーナの悪評を払拭したいんだ。作戦は考えてある。レイラにはイリーナがなんじゃないか、みたいな噂を流して欲しい」


 言うとレイラは目を瞠った。

 それから一瞬、目を伏せるが、すぐに俺の瞳を真っ直ぐ見つめてきた。


「本気なの?」

「ああ、マジだ」


 短く答えて力強く頷く。


「そう……。お兄が他人のために頑張ろうと思うなんて何年ぶりかな?」

「さあ、数えてないから分からないな」


 実際は知らないってのが正解だけど。

 とりあえず忘れたことにしておこう。


「その相手が私じゃないのがちょっと不服だけど……」

「え? なんて?」

「ううん、何でもない。——分かった。手伝うよ。でも、お兄の覚悟はちゃんと見せてもらうから」


 レイラは頷いて言った。

 その視線は俺の目をしっかりと捉えている。

 俺も視線を外さないようにちゃんと見返した。


「ありがとう。助かる」

「……別に。お兄のためじゃなくて、イリーナさんのためだから。私だって彼女の悪評には少し同情していたところだったし」


 何故か急に視線を逸らして我が妹は言った。

 まあ、俺のためじゃないことなんてよく分かっている。

 何せ俺は足枷のサボり魔なのだからな。


「とと、一つ言い忘れてたわ」

「なに?」

「いや、イリーナの悪評がもし払拭されても、俺の名前は絶対に出さないで欲しい」


 レイラは再び俺を見た。

 その表情は驚きに満ちている。


「……何で? それじゃあお兄が頑張る意味なくない?」

「意味はあるさ。女の子が悲しそうな表情をしていて、辛い思いをしているなら、手を差し伸べるのが男ってもんだろ。例え自分が報われないとしてもな」


 まあ俺がやったとバレれば間違いなく俺の死亡フラグが立つ。

 それだけは何としてでも避けたいからな。

 泣く泣くだが、本当に残念で仕方がないが、俺はこの舞台に立つべき人間ではないのだ。


 しかしレイラは何故か泣きそうな表情に無理やり笑みを貼り付けると、こう言った。


「やっぱりお兄はお兄なんだね。何だか安心したよ」


 ……ん? どう言う意味だ?

 よく分からん。

 俺が不思議そうに首を傾げていると、レイラは一人で完結したように頷いて小さく呟いた。


「やっぱりその相手が私じゃないのは少し悲しいけど……でも、お兄は覚悟を決めてる。昔のお兄を見てるみたいで、懐かしいような嬉しいような、でもやっぱり悲しいような……そんな気持ちになっちゃうな……。本当にお兄は罪深いんだから」


 何を言っているのかは分からなかったが、まあいいか。

 俺は彼女に背中を向けると、部屋を出ながら言った。


「それじゃあ、レイラ。頼み事を聞いてくれて、ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」


 その口調はどこか晴れやかで、かつ何故か哀愁に満ちているのだった。

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