第5話 皇宮の実態
―――
「え?ここが私の部屋……?」
通された部屋の入り口で思わず立ち止まってしまう。オートンを振り返ると無言で頷いている。ケリーも少々戸惑っているようで荷物を部屋の片隅に置きながら、まじまじと部屋の中を眺めていた。
皇宮で、しかも皇太子妃になる者の部屋なのだからそれはそれは煌びやかで派手な部屋を想像した私は悪くないと思う。しかし目の前の部屋はどうだろう。はっきり言って公爵邸でのエルサの部屋より劣っている。整理整頓されているが装飾品は少なく、ベッドも天蓋付きではない。窓にかかっているカーテンも趣味が悪いし収納も少ないので、持ってきた荷物が全部入るかどうか怪しいものだ。
私はケリーと顔を見合わせ、オートンに気づかれないように溜め息を吐いた。
「オートン?この部屋が私の部屋で合ってるのよね?」
「左様でございます。」
「……そう、わかったわ。ケリー。荷物を解くから手伝ってちょうだい。」
「かしこまりました。」
若干呆けていたケリーだったが、流石長年仕えていた侍女だ。すぐに気持ちを切り替えて荷物を部屋の中心に持って行った。
「それでは夕食の準備が出来次第呼びに参りますので、私はここで失礼します。」
オートンが恭しくお辞儀をして出て行く。彼の後ろ姿が廊下の角を曲がって見えなくなったのを見計らって、私は体から力を抜いた。
「ここが皇太子妃の部屋?何か思ってたのと違う。」
「えぇ、何というか……質素ですね。」
ケリーが言葉を選んでそう言う。それに苦笑しながら窓に近づいて行くと、またしても予想外の事が起きた。
「……埃が溜まってる。」
「えぇっ!?」
これにはケリーも驚いて慌てて近づいてくる。窓の桟に少なからず溜まっている埃を見ると眉間に皺を寄せた。
「……このような部屋を未来の皇后様に宛がうなんて!ちょっとオートン様に物申してきます!」
「わーー!いいって!何か事情があるのかも知れないし。婚約とか結婚とかしたら違う部屋にグレードアップするのかも知れないし。」
今にも部屋を出て行こうとするケリーを止める。ケリーは私の剣幕に渋々といった感じでその場に留まった。
「それにしてもこの有り様は……ここの侍女の教育はどうなっているのでしょうか、まったく……」
「まぁまぁ……他の目につく所はちゃんと綺麗になってるんだし。私達で掃除すればいいでしょ。」
「いいえ、いけません。私がしますのでお嬢様はまずお風呂にお入り下さい。あ!もしかして浴室も掃除していないなんて事は……見てきます!」
ぴゅう~!と音がつきそうな勢いでケリーが風呂場に走って行く。私は苦笑しながら取り敢えずベッドに座った。埃が舞う、なんて事はなかったから一安心。
「ケリーじゃないけど、これがホントに皇太子と結婚する人の部屋かしら。執事のオートンの態度もちょっと気になるし。何かあるわね……」
顎に手を当てて考えているとケリーが戻ってきた。
「浴室は綺麗でした。」
「良かった。じゃあ、お言葉に甘えて入ろうかな。」
「はい。どうぞ、洗面用具とタオルです。」
何処から出したのかさっと渡してくる。仕事が早い。
「ざっと見たところ、窓の桟の他に部屋の四隅も少々汚れているようです。私は掃除しておりますので、何かありましたらお呼び下さい。」
「わかった。」
ケリーに見送られながら風呂場に入る。そこでまたしても絶句した。公爵家の風呂場の半分くらいしか広さがない。ホントにここ、皇宮?と疑ってしまうのも無理はない。
(う~ん……これはいよいよ何かあるわね。もしかしたら皇帝はブルデン公爵家との婚約自体、良く思ってないのかも。)
悶々としながらお風呂に入ってさっぱりとした顔で出て行くと、ケリーはいなかった。その代わりさっきとは比べ物にならないくらい部屋がピカピカになっていて、流石と口の中で呟く。
「さて、と。暇だな~……皇宮の中とか庭とか自由に歩き回っていいかな。いいよね、皇太子妃になるんだから。うん、行こう。」
髪を乾かして暇になった私は、独り言を言いながら部屋を出る。それでもそーっと入り口から顔を覗かせて誰もいないのを確かめてから廊下に出た。
「外観は立派だったけどこうして見ると中は質素っていうか地味だよな~。イメージしてたのと全然違う。」
きょろきょろと辺りを見回しながら呟く。
皇宮の中といったら、柱や壁に彫刻が彫ってあったりそこかしこに花が花瓶に生けてあったり天井が吹き抜けだったり螺旋階段があったり、っていう(勝手かも知れないけど)イメージだったけどここはそんな事は一切なく、普通のなんて事ない廊下と壁と天井だ。むしろ公爵家の方が華美で高級感溢れる家だったのに、ここが本当に一国の皇宮なのかと今日何度目かわからない疑問が頭を掠める。
「庭はどうなってるのかな。」
公爵家の庭はチラッとしか見れなかったけどそれはそれは色とりどりの花が咲き誇っていた。まさか皇宮の庭が荒れ放題の草むらだとは思いたくないが、ここまできたらとことん疑ってしまうのはしょうがない事だと思う。
私は勘を働かせながら廊下を進み、ついに庭に出た。
「わぁ~!!」
庭に出るとそこは満面の薔薇が咲いていた。流石に庭だけは皇宮を訪れる客達も見る可能性がある為か、手は一切抜いていないようだった。
「凄い。ちゃんと刺も抜いてある。庭師の教育はなってるって訳ね。」
薔薇の花に顔を近づけて言うと香りがふわっと鼻をくすぐって、ここに来てから初めて気分が上がった。
「これはこれは、誰かと思ったらエルサお嬢様じゃないか。」
その時、何処かから声がしてハッと振り向く。そこには古臭い服を身に纏った男の人が立ってニヤニヤとこっちを見ていた。
「だ、誰!?」
「俺の顔を知らないとは……あぁ、失礼。記憶がないんだったな。まぁでも、記憶があってもこうして顔を合わせた事は一度もないのだから知らない事に変わりはないけどな。」
そう言って近づいてくる。私は思わず後ずさった。
(誰?庭師の人?何か、服汚れてるし……)
「俺はあんたの顔、嫌でも覚えてたぜ。10年も前から毎日のように写真を見せられてきたんだからさ。」
「写真?10年前?」
「ここは俺のテリトリーだからあまり立ち入って欲しくはないんだが、あんたなら仕方ないか。好き勝手する代わりに手に入れたんだからな。」
「はぁ?」
「じゃあ、また後で。」
その男の人はウインクをすると、踵を返して皇宮(何かめんどくさくなったから城でいっか)に向かって歩いて行った。後に残された私は何が何だかわからなくて呆然とする。
(何、あの人……)
顔はイケメンだったけどボロボロの服を着てしかもあの馴れ馴れしい態度。向こうばっかり私の事を知ってるっていうアピールもうざいし、最後のウインクには鳥肌が立った。
(やっぱり、婚約断ればよかったかも……)
今更ながら後悔する私だった……
.
転生したら傾いた帝国の皇后になっちゃいました 琳 @horirincomic
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生したら傾いた帝国の皇后になっちゃいましたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます